私たち大丸有について

大丸有のまちづくりの歴史

室町時代~江戸時代

1653 年(承応2年)江戸城周辺図1653 年(承応2年)江戸城周辺図

1457 太田道灌により江戸城完成
1590 徳川家康、江戸城入城
1636 江戸城外郭(ほぼ現在の千代田区境)完成

日比谷入江に臨む静かな漁村だったこの地は、約400年前の江戸開幕を契機に、パリやロンドンをもしのぐ世界最大規模の人口と経済活動を集積した都市に生まれ変わりました。人工と自然が調和した見事な水網都市として、環境共生型都市のひとつのモデルを構築したといえます。

明治~大正

1909 年(明治42年)ごろの馬場先通り「一丁倫敦」 1909 年(明治42年)ごろの馬場先通り「一丁倫敦」

1924 年( 昭和 2 年)ごろの東駅周辺 1924 年( 昭和 2 年)ごろの東駅周辺

1868 明治天皇即位。翌年、江戸城を皇居とする
1889 東京市区改正委員会の計画公布により、丸の内の商業地利用の基本方針
1890 明治政府が三菱社に丸の内一帯を払い下げる
1894 日本初の近代的オフィスビルである三菱一号館完成
1914 東京駅営業開始
1923 丸ノ内ビルヂング完成。関東大震災

明治維新を機に、大名屋敷街だった大丸有は官庁街や兵営街へ転用されました。その後、東京市により丸の内を商業地として利用する基本方針が示され、日本の文明開化を牽引する近代的なオフィス街に変貌しました。赤煉瓦建築が建ち並ぶその姿は「一丁(いっちょう)倫ロンドン敦*」と呼ばれました。
* 一丁は約100m

昭和~平成

1992 年(平成4年)の大丸有。中央の旧都庁跡地が東京国際フォーラムに 1992 年(平成4年)の大丸有。中央の旧都庁跡地が東京国際フォーラムに

現在の大丸有(2006 年撮影)現在の大丸有(2006 年撮影)

1959 三菱地所が「丸の内総合改造計画」策定
1976 地域冷暖房供給開始
1988 「大手町・丸の内・有楽町地区再開発計画推進協議会」発足
1996 「大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり懇談会」発足
1997 千代田区が景観まちづくり条令を公布
東京都が都市景観条例を公布。東京国際フォーラム完成
1999 東京ミレナリオ、カウパレードなどイベント展開
2000 「大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり懇談会」が「大手町・丸の内・有楽町地区まちづくりガイドライン」を発表
2003 丸の内シャトル運行、打ち水プロジェクトなど環境保全活動展開

その後、赤煉瓦街から近代的ビルへの建替えが進み、日本のビジネスセンターとして戦前・戦後の高度経済成長を支えていくことになります。この間、地元地権 者や行政を中心として大丸有のまちづくりの議論が進む過程で、市民も巻き込んだ大丸有コミュニティが形成されていきました。


  • 前のページへ
  • 表紙へ
  • 次のページへ

このページのトップへ

ecozzeriaのTwitter(新しいウィンドウが開きます) 【新着ニュース】 現代の"美人のまち"大丸有で美人画を観賞しよう! 出光美術館「日本美術のヴィーナス」展 http://bit.ly/bJ2FXX