シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

身近で様々な狩りを見せてくれる「業師」

クモという生きものは、都会から山中まで、陸上のありとあらゆる場所に生息し、世界で4万、日本で1500種以上います。地上では最も繁栄している肉食動物の一つと言っても良いでしょう。

多彩な技

地球上で最も種類の多い生物は『昆虫』であり、最も多様化した曲者集団であるとも言えますが、『クモ』はそれを捕らえる為に多様に進化して来た生物、地上で最も多様な曲者ハンター集団であるとも言えます。それゆえ、その狩りの能力は、他の生物には類を見ないほどバリエーションに富み、巧妙です。一部をご紹介しましょう。

クモの半分くらいの種は、獲物を捕らえる為に網を張りますが、それらの種は、糸を伝わる振動で詳細に物事を察知しています。ただ、目はあまりよく見えません。
「コガネグモ類」は、円網を張ります。網に獲物がかかると、素早くその位置に接近し、包帯のように真っ白に糸でグルグル巻きにして捕らえます。

「ヒメグモ類」の多くは、不規則網を張ります。地面等に接する部分にだけ粘着力が有り、歩行して来た虫などが触れると、その糸が虫の体に付着します。クモはその糸を伝って、更に獲物に糸を付着させ、何本も糸を追加して張力を高め、最終的にはクレーンのように引っ張り上げてしまいます。

「ハエトリグモ類」は、網を張らないクモの代表的な仲間です。クモの中でも群を抜いて発達した「視力」と「跳躍力」が、最大の武器となっています。動く獲物を目で追い、離れた間合いからジャンプして捕らえます。

「カニグモ類」は、花や葉などでじっと待ち伏せし、密を吸いに来たり、翅を休めに来た獲物が、目の前に来た瞬間に、発達した前脚で抱え込んで捕らえます。網を張らないクモの仲間でも、徘徊しまわるハエトリグモ類とは対照的ですね。

「ヤマシログモ類」は、牙の根元付近から粘液を発射する能力を持ち備えています。近くの獲物へ、口の方から粘液を吐きかけて、動きを封じて捕らえます。

「トタテグモ類」は、土の中に住んでいる原始的な仲間です。穴を掘って、糸で裏打ちして扉を造ります。その扉の前に虫が近づくと、いきなりビックリ箱のように蓋が開いてクモが飛び出して来ます。そして、そのまま穴の中に引き込んで捕食します。

「ハシリグモ類」は、水面に浮く事ができる、網の張らないクモの仲間です。アメンボのように水上を自在に走り回れるので、水辺に適応している種も多いです。大型種なので、水中のオタマや小型のカエル等も捕らえてしまう事があります。

「イセキグモ類」は、「投げ縄蜘蛛」としても知られています。夜行性で夜になると、粘球の付いた糸をぶら下げます。特定のガのフェロモンに似た物質を放っているので、♂のガが寄って来ます。すると投げ縄を振り回し、粘球をぶつけて捕らえます。

その他まだまだ有りますが、多種多様な捕食戦術は、見ていても感心することばかりで、切がありません。虫界の「忍者」あるいは「特殊工作員」と言った感じでしょうか。クモ観察の醍醐味の一つは、ここに有ると言っても良いかも知れません。

生態系の中間管理職

クモは、生態系においては『中間捕食者』の位置にあります。中間管理職みたいな存在で、昆虫類等を捕らえる事で、それら昆虫の爆発的な繁殖を抑えることに一役買っています。そして、このクモたち自身も食物連鎖の一員として、小鳥・トカゲ・カエルなどの恰好の餌となっています。この均衡が崩れる一例としては、農地に無差別に強い農薬を撒くと、害虫とされる草食昆虫等もクモも死にますが、後に、繁殖力で勝る草食昆虫の方が増え、かえって作物の被害が増えてしまった、という例も有るようです。 また、我々の家の中の生態系でも、ハエ・カ・ゴキブリなどの虫が出没しますが、それらを捕えているのもまたクモ達でしょう。

これまで、人から嫌われ、あまり注目されて来なかった「クモ」ですが、私たちの身近なところに生息し、生きもののつながりの重要な役目を負っています。意識してみれば、面白い生態に触れることができるので、是非、観察をしてみて下さい。

新井 浩司(あらい こうじ)

1971年東京都渋谷区生まれ。日本蜘蛛学会会員。
東京蜘蛛談話会員。
現在、研究団体やNPO等のイベント講師、環境アセスメント等の調査等も請け負っている。クモ生態動画映像集『Spider World』(自主制作)をはじめとした、クモの様々な生態映像の撮影、博物館等の企画展やTV、教育関係者等にも提供している。
最近の監修・写真提供は、NHKダーウィンが来た!DVDブック. 朝日新聞出版. 2011「一発必中ナゲナワグモ」。
日本蜘蛛学会

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