シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

ドングリと食いしん坊のクマ

酷暑だった夏がようやく終わりを告げ、秋風が気持ちよく感じられる季節になりました。これからは日一日と秋が深まっていきますね。雑木林や公園を散策すると、赤や黄色に紅葉した木々が目に留まることでしょう。ちょっと足元に視線を落としてみると・・
そこにドングリが落ちてはいませんか?地面にコロコロと転がるドングリも、また秋の風物詩ですね。

ドングリは森の動物にとってのご馳走

このドングリ、ブナ科の木の実の総称です。ブナ科の樹木には、ナラ、カシ、シイなどお馴染みの木がたくさんあります。「ドングリの背比べ」とは言いますが、樹種によってドングリにも違いがちゃんとあるんですよ。ちなみに、国内には20種類くらいのドングリがあるそうです。

実はこのドングリ、森の動物たちとっては、またとない秋のご馳走なんです。リスやネズミが冬に向けて、せっせとドングリを貯め込むことを、ご存知の方も多いでしょう。 森の動物にとって、ドングリはカロリーが高く、簡単に手に入れることができる食物です。鈴なりに実をつけるドングリ、地面に大量に落ちているドングリは、一ヶ所で大量のカロリーを得ることができるまさに「棚から牡丹餅」のようなご馳走なのです。

ドングリとクマの意外な?関係

さて、森で一番の食いしん坊といえば・・そう、クマですね。巨漢のクマは、体が大きい分、より多くのカロリーを必要とします。特に秋は、冬眠時に備えて、脂肪をたっぷりと蓄えなければなりません。モリモリとドングリなどを食べて、体重をおよそ1.5倍にも増やします。

ところが、自然の摂理とは時に厳しいもの。

ドングリも毎年毎年、たくさんの実を付けるわけではありません。良く実が成る豊作の年と、実りが悪い凶作の年があり、それが地域で同調することが知られています(そのパターンは、同じブナ科であっても樹種によって違うようです)。

クマがお目当てにしているドングリは、地域によって異なりますが、ブナ、ミズナラ、コナラなどのドングリが代表的です。そして地理や気象などの条件によって、これら異なる種類のドングリ凶作が重なることがあり、そうなってしまうと、クマはクマって(困って)しまうのです。

つまり、いくら待てども「棚から牡丹餅」が落ちてこないのです・・ そうなると、クマは通常より広い範囲を動き回って、懸命に食物を探します。もともとクマは大きな行動圏を持ちますが、それがより大きくなるわけです。

その結果・・ 問題になってしまうのが、人とのトラブル。特に、2000年代になると、多くのクマが人里へと出没する「大量出没」と呼ばれる現象が、たびたび起こるようになり、クマによる農業被害や人身被害が問題になっています。

クマが街に出るのは、ドングリがないから?

ところで、「山中にドングリがないので、クマが山から里へ下りてくる」というニュースを一度ならずとも、耳にしたことがあるのではないでしょうか?
今までお話してきたように、それも原因の一つではあります。ところが、実際は さまざまな原因が複雑に絡み合って、クマは街へ出てくると考えられています。ドングリは、太古の昔から豊作と凶作のパターンを繰り返しています。しかし、クマの大量出没が問題になったのは2000年代になってから。ドングリの不作だけでは、説明がつきませんよね。 では他にどんな原因があるのでしょうか?私たちが今、最も考えるべき問題は「人とクマの距離が縮まっている」ということでしょう。

クマと人との距離が縮まった理由

クマが棲む山と人が住む里の間には農山村があり、「人とクマ」を隔てる緩衝地帯となっていました。 農山村に住んでいる人々は、田畑を耕し、里山を利用してきました。そして田畑に近づく、クマをはじめとする野生動物を、自分の生活を守るため積極的に追い払ったり、捕獲したりしていたのです。

このように人々が活発に活動している場所に、もともと警戒心が強いクマは、めったに近づくことがなかったと考えられます。つまり、「人が暮らす里」と「クマが暮らす山」の中間に位置する農山村が、両者を隔てる役割を自然と担っていたのですね。

ところが近年、過疎化や高齢化が進み、農山村に人手がなくなった結果、手入れされずに荒れ果てた田畑や里山が急速に増えています。すると今まで警戒して近づかなかったクマが、平気で近づくようになり、さらにはそこがクマの生息地にまでなってきているのです。

つまり、農山村が荒廃した結果、そこが緩衝帯としての機能を果たさなくなりました。すると、人とクマの距離が縮まり、ちょっとしたきっかけでクマと人とのトラブルが起こるようになったのです。

これはもう、今の日本が抱える社会的な問題ともいえそうです。今後、ますます少子高齢化が進み、どんどん過疎化が進んでいく日本。クマをはじめとする野生動物とのトラブルは間違いなく、広範囲に及び、件数も増加するでしょう。

どうしたら「人と野生動物の適切な距離を保つことができるか」、を真剣に考えていかなければなりませんね。

那須 嘉明
那須 嘉明(なす よしあき)

WWFジャパン 自然保護室 優先種担当
大学で森林生態学を学ぶ。造園土木会社を経て、青年海外協力隊で森林経営隊員としてフィリピンに派遣。帰国後は、フィリピンでの経験をもとに、大学院にて森林経済・社会学を学ぶ。
2002年より、WWFジャパンに森林担当として勤務。国内での森林認証制度の普及に取り組む。
2012年より現職。日本のクマプロジェクトを立ちあげ、その運営に携わっている。

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