海外で漆器が「japan」の名で呼ばれるようになったのは、戦国時代も終盤の16世紀後半、多くのヨーロッパ人が日本の漆器を大量に自国へ持ち帰ったことがきっかけだと言われています。天文12年(1543年)の鉄砲伝来、天文18年(1549年)のキリスト教伝来に見られるように、大航海時代の波に乗って、西洋人が命を賭けて海へ繰り出した時代でした。
漆の木は、日本をはじめ、中国、朝鮮半島、タイ、ビルマ(ミャンマー)、ベトナムなど、東アジア全域に自生しています。それらの国々では、漆工芸が各々の文化の中で育まれてきました。中でも、日本の漆工芸の歴史は長く、北海道の縄文期の遺跡・垣ノ島B遺跡から、9000年前のものと見られる漆器が見つかっています。これは世界でも最古の漆出土品で、日本の漆工芸起源説の根拠となっています。
また、日本の漆工芸は、他国にはない独特の文化・技術を誇っています。それが、漆塗りに、金粉・銀粉などの金属粉を蒔いて装飾を施した「蒔絵」の工芸品です。正倉院御物の金銀鈿荘唐太刀(きんぎんでんかざりのからたち)の刀の鞘に施された蒔絵が現存する最古のものとされ、少なくとも1200年は受け継がれてきた技法と言われています。
漆の艶めきと金属粉の輝きが織り成す蒔絵の品は、漆文化圏の外にいた西洋人を大いに魅了したに相違ありません。当時日本を訪れていた西洋の商人は、こぞって蒔絵を所望し、蒔絵師にさまざまな工芸品の作成を依頼したということです。
去る5月11日(火)、「京・みやびサロン in 丸の内」と題して、京都の歴史・文化を楽しく学ぶ講座がスタートしました。第1回の講師は、蒔絵師の下出祐太郎氏です。氏は、京都で三代続く蒔絵師として活躍されていますが、「京都で三代言うたらまだまだ新米です」と、ご謙遜の中にも京都の長い歴史が偲ばれる一幕も。
氏は、皇室祭祀に使う神祗調度蒔絵や第61回伊勢神宮式年遷宮御神宝蒔絵、国立京都迎賓館の会談室「水の間」の漆調度品をはじめ、数々の品を手掛けられています。こうしたご経験を踏まえて氏が強調されたのは、長い時間絶えることなく続いたものづくりのあり方と、それを支えた使い手の文化でした。
伝統工芸は、地域の自然環境の中で生まれてきたものです。自然から収奪することなく、自然とうまく付き合いながらものづくりを続けてきたからこそ、蒔絵は1200年、漆は9000年という長い歴史を刻むことができました。
また、伝統工芸の担い手たちは、100年、200年というスパンでものの寿命を考えて、長年の使用に耐えられるように、見えないところまで手を尽くすことを美学としてきました。使い手は、一つのものを使い続けることで、ものを大切に扱う心が育まれ、つくり手は、補修を通じて技術を次代に残し、次なる人を育てていく。日本の伝統工芸には、こうした知恵の結晶があったということです。
美しい日本の伝統工芸に触れながら、ものとの関わり方を改めて考える。そのきっかけとして、アナタも生活に漆を取り入れてみてはいかが?
「京・みやびサロン in 丸の内」第2回は、江戸時代より続く、歴史ある京和傘の老舗「日吉屋」の五代目当主、西堀耕太郎氏を講師に迎え、「伝統は革新の連続」をテーマに、7月13日(火)に行われます。詳細、お問い合わせは、NPO法人 大丸有エリアマネジメント協会へ!