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【丸善松丸本舗BookNavi】11月号「生物多様性」

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松岡正剛氏が大胆にプロデュースし、書店のあり方の可能性を広げたとして、各種メディアから注目を集める丸善本店 松丸本舗と、サステナビリティを考えるまちメディア丸の内地球環境新聞がコラボレーション。その季節にピッタリの本をナビします。

BoolNAVI11月号のテーマは"生物多様性"
名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催され、"生物多様性"という言葉をよく耳にした10月。しかし、「漢字が5文字も並ぶとなんだか小難しい印象......」などと敬遠している方も多いのでは?

そこで、今回は"生物多様性"をテーマに、4冊の本をご紹介いただきました。"生物多様性"って、そんなに難しい話じゃないんです。

今回お話を伺ったのは、この方々。
・松丸本舗ブックショップ・エディター 大野 哲子さん(以下 大野
・松丸本舗スタッフ 上野 憂子さん(以下 上野

このシリーズは、丸の内地球環境新聞デスクの「アクビ」こと永野(以下 アクビ)がお届けします!

○ 11月のオススメ本

『生物の世界』 今西 錦司 (著) /講談社文庫
『みつばちマーヤの冒険 (小学館児童出版文化賞受賞作家シリーズ) 』 ワルデマル ボンゼルス (著), 熊田 千佳慕 (絵) /小学館
『熊田千佳慕の言葉―私は虫である』 熊田 千佳慕 (著)/求龍堂
『世界を、こんなふうに見てごらん』 日高 敏隆 (著)/集英社
『発光都市TOKYO』 野口 克也 (著)/三才ブックス
『粘菌 その驚くべき知性』 中垣 俊之 (著) /PHP研究所
『キノコの魅力と不思議 見た目の特徴・発生時期・場所から 食感・毒の有無・中毒症状まで』 小宮山 勝司 (著)/ソフトバンククリエイティブ サイエンス・アイ新書
『えほん もやしもん 「きんのオリゼー」 いただきます』 いしかわ まさゆき (著) /講談社

世界の見方 ~大きな視点、小さな視点~

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COP10のクロージングセレモニーの様子
Creative Commons: Some Rights Reserved.
Photo by COP10 Japan

アクビ: 今回は初の女性だけでお届けするBookNavi女子会ということで、どんなガールズトークが繰り広げられるかを楽しみにしてきました。"生物多様性"という難しそうなテーマですが、上野さんがお持ちの本は、可愛らしい表紙が並んでいますね

上野: 時期柄、生物多様性に関する書籍はたくさん出てきているのですが、あからさまにそういった本を紹介してもどうかと思って、こんな本を持ってきました

まずは、『生物の世界』。京都大学の生態学者で、日本の霊長類研究の創始者として知られる今西 錦司さんの著作です。生物の本なのですが哲学的で、少し難しいです(笑)

アクビ: 哲学的な生物学って、たとえばどのような話なのでしょう?

大野: たとえば、今西さんが提唱する"棲み分け理論"。世界は弱肉強食の自然淘汰だけで成り立っているのではなく、そこには運もあるし、争わなくてもいいのであれば争わないでみんな共存できるというものです

上野: 今西さんは、哲学と生物学をつなげた人といいますか。もともと科学や生物学は哲学から派生したものですが、それを改めてつなげて論じた方ですね。序文で、この本は「独特な文化論」であるとも書かれています。あからさまな生物学ではなく、生物に関する思想の話です

大野: それが"哲学"なんですよね。目次を見てください。生物学の本の目次には見えませんよ (笑)

アクビ: (目次を見ながら)「相似と相違」「構造について」「環境について」「社会について」「歴史について」......。 たしかに(笑)

大野: 生物そのものではなくて、生物とその周りにあるものの全体像を大きな視点で見わたしていることがわかります。今西さんは、日本を代表する哲学者の西田 幾多郎さんの"全体論"などに強く影響を受けた方です

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上野: この今西さんは、実は昆虫少年だったんです。これから紹介する3冊のイラストは、どれも昆虫画家の熊田千佳慕さんによるものです。すごく繊細で細密な絵ですよね

アクビ: (表紙の絵を見ながら)うわぁ。綺麗ですね!細かい!この方の絵は、みなさんもどこかで目にしたことがあるのではないでしょうか

大野: 熊田さんの『みつばちマーヤの冒険』は有名ですよね。絵から小さいものに対する愛が感じられます。単にリアルな絵ではなくて、可愛らしいさがあります

上野: 昆虫たちと同じ目線で、地面に這いつくばって描いているんです。『熊田千佳慕の言葉―私は虫である』は、熊田さんが過去に残した言葉の語録集です。たとえば私が好きな言葉は「自然は美しいから美しいのではなく、愛するからこそ美しいのだ」。いいですよね~

大野: 見る人の視線が入らないと、美しさは成り立たないんですね

上野: 作画を同時平行させることなく、一枚ずつ長い時間をかけて描き続けた熊田さんは、生涯貧窮な生活をおくったのだそうです。この本の中にもある熊田さんの写真の表情からも、やさしいお人柄が伝わってきます。熊田さんの本名は"五郎"なんですが、千人の佳人から慕われる人になりたいという意味がこめられているそうですよ

アクビ: 富や効率性よりも、一枚一枚に真剣に向き合うことを大切にされていたんですね。写真の熊田さんは、おじいさんなのに目が子どもみたいにピカピカしていて、こういってはなんですが、なんとも可愛らしい方ですね!胸がキュンとします

上野: すごく素敵ですよね。虫と共に生きてきた方です。みなさんも、身の周りに広がっている自然を知ったり、子どものころに感じた自然に対する純粋な驚きを思い出しながら世界を見てみると、生物多様性が身近な問題と感じられやすいのではないでしょうか。危機感に追い立てられるように本を読んでもあまり面白くないですから

ということで、次に生物学者の日高 敏隆さんの『世界を、こんなふうに見てごらん』という本をご紹介します。日高さんも昆虫少年だったんです。自分が少年時代に感じた「なぜ?」を集めて、その気持ちに応えるように書かれています

アクビ: 目次にある「いろんな生き方があっていい」というフレーズはまさに"多様性"ですし、「じかにずっと見続ける」というフレーズも、先ほどの熊田さんの身近なものへの愛やそれと向き合う姿勢に通じていますね

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松丸本舗スタッフ 上野さん

上野: 人間と昆虫を区別するのではなく、同じように世界を構成するものとして対等に付き合っているんです

大野: 成長して背が高くなると、地面のものって見えなくなってくるんですよね。小さな子どもたちは下ばかり見ています。成長すると、それまで見えていたものが、物理的に遠くなって見えなくなってしまう。這いつくばれば見えますが、大人は恥ずかしくてそんなことができません。先ほどの熊田さんは普通に這いつくばって、猫と仲良くなったりされていましたが

上野: 『世界を、こんなふうに見てごらん』読みやすくわかりやすいですし、中のデザインもとても可愛らしい本です。生物学がテーマですが、人生の教訓になるような言葉が並んでいます。単に仕事としてではなく、自分の人生として生物を見続けてきた人だからこその言葉です

アクビ: 先ほどの「美しいと思うからこそ美しい」という言葉もそうですが、"見方"なんですよね。見方ひとつで世界の広がりや美しさ、面白さは変わります。私たちは、いつの間にか自分で世界を狭める見方を選んでいるのかもしれません......

"まち"という生き物

大野: 私が選んだ本では、ここまでの昆虫の目線を一気に空に引き上げますよ。『発光都市TOKYO』は航空写真家の野口 克也さんの写真集です。『江ノ電ミニチュア散歩』など、実際の風景をミニチュアのように撮影した写真でも有名な方ですね

『発光都市TOKYO』は、発光する夜の東京を撮った写真集です。写真を見てみると、東京がひとつの生き物のように感じられます。高速道路を照らす赤いテールランプの筋が血管に血が流れているように見えます

アクビ: 本当に脈が通った生き物のようですね。夜になると浮き上がってくる東京の姿......。都市をひとつの生き物ととらえて、それとの共存について考えるという視点はとても面白いですね

大野: この東京という都市を粘菌が覆ったら?ということで、次に紹介する『粘菌 その驚くべき知性』は粘菌に関する本です。地図上で東京の位置にえさを置き、海や山の高低のある部分に粘菌の嫌う強い光を当てて、そこから粘菌の動きを調べる実験について書かれている箇所があるのですが、粘菌の動きがJRの路線図にかなり似ている結果が出たそうです

人間が知能を集結させてつくられた東京のネットワークは、脳のない粘菌がつくったネットワークと結果的に似通っていたんです

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アクビ: 興味深いですね!でも、粘菌って...... つまりは何ですか?

大野: 粘菌は、不思議な生物で、動物でも植物でも菌類でもないんですよ。単細胞生物ですが多核生物で、通常1つだけの細胞核を増やすことができます。そのため巨大化することができるんです。人間のように、光を感じたり、味覚があったり、匂いに反応したり、触るとよけたり、食べ物の好みまであるんですよ。海外でいろんな味のオートミールを買ってきて与えたところ、オーガニックのものが一番好きだったそうです

アクビ: グルメですね!

大野: 彼らは"ほどほど"が好きなんです。しょっぱすぎるのも甘すぎるのも嫌い。油分も嫌い。その上、納豆が好きらしいです

アクビ: ヘルシーですね!

上野: 納豆は共食いなんじゃないかと思っちゃいますが(笑)

大野: 弱った粘菌をゴミ箱に入れると、ゴミ箱の生ごみを気にいってかえって増えてしまったり。毎日同じ場所でオートミールばかりでは飽きてしまうので、自由に動いて好きなものを食べたいという気分のようなものまであるみたいです

アクビ: 脳はないのに知性や気持ちがあると!

大野: 脳のような集中コントロール機関はありませんが、分散した全体の総和として意思で、一番効率よくえさをとれる経路をつくるんです。これを利用してカーナビにしたり、迷路を解かせてみたりした実験も収められています。迷路の実験では、壁を乗り越えるズルをしたそうです。たしかに元気があるなら壁を乗り越えるのが一番効率的ですよね(笑)

アクビ: 私は『風の谷のナウシカ』を愛読しているのですが、あの話の中でも巨大化した粘菌が人を襲うシーンがありました。実際にありえない話ではないんですね!こういう驚きは生き物へ尊重の気持ちをもたらしますね

上野: いろんな生物がいるからこそ、私たちは生きていけるんですよね

粘菌とキノコに学ぶ"ほどほど感"

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松丸本舗ブックショップ・エディター 大野さん

アクビ: そして、そちらにまだ菌の本が見えていますが・・・・・・?

大野: 『キノコの魅力と不思議 見た目の特徴・発生時期・場所から 食感・毒の有無・中毒症状まで』
私、キノコ好きなんです(笑)。大きいキノコ、小さいキノコ、毒を持っているキノコ、食べられるキノコ、まさに多様性ですね。エリンコなんてかわいいですよ。オニススベなんて人の顔くらいあって・・・・・・

上野・アクビ: マニアック!(笑)

大野: 粘菌の動きを人間が計算しようとすると膨大すぎて計算が終わらないそうです。でも、実験をすると、粘菌は全体の7~8割の中で最適解を出してきます。誤差を認めることで、状況にあわせた今一番の解が導かれるんですね。今の世の中を見ていても、「これじゃなきゃいけない」という"絶対解"を求めることが多様性をなくしているわけで、「これでもいいよね」という"可能解"でないと多様性は許容できません

アクビ: その姿勢を粘菌やキノコに学ぶと

大野: もうひとつ、目に見えないけれどいたるところにいるものの本を紹介しましょうか。アニメなどにもなって有名になった、『もやしもん』の『えほん もやしもん 「きんのオリゼー」 いただきます』です

納豆やチーズなどあらゆる発酵食品は、菌を利用してできています。菌との共生ですよね。目には見えないけれど、私たちがこれだけ多様な食べ物を楽しめるのは、様々な菌のおかげなんですよね

上野: 多様性が多様性をつくっているんですね

大野: たとえば、民家に蜂の巣ができると危ないからといって処分されてしまいますが、ミツバチがいなくなると植物が実を結びません

アクビ: 一見危ないものでも、もともとあるはずのものを完全に排除してしまうと後々どこかでひずみが生まれてしまうんですね。菌についても、殺菌をしすぎると人間の免疫力を弱めるなどといわれていますし

大野: バランスですよね。腸内細菌も善玉菌・悪玉菌がいるのはご存知だと思いますが、実はそんな特徴を持っているのはごく一部なんです。そのほかの多くが"日和見菌"で、それらが体調などによってどちらかの属性を帯びて作用するわけです。人間にもいい人・悪い人はいますし、日和見菌的な普通の人たちがたくさんいるから社会は成り立っていますよね。そう考えると、人間も菌も一緒です

アクビ: たしかに、まちを生き物と考えると、自分は粘菌くらいの大きさになりますね。家を建てたらキノコくらいでしょうか

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上野: 私たちもひとつの生き物の中で生かされている菌なんだと考えると、いろんなものが親しみやすく身近に感じられますね

大野: 視点を大きくも小さくも切り替えて見方の多様性をもつと、あらゆるものが多様に見えてきますよ。世の中には未来を悪い方向に考えがちな風潮がありますが、多様な見方を持てばそうとはいえないものもたくさんあるのではないでしょうか

アクビ: 発光(はっこう)都市から始まって、菌の発酵(はっこう)につながるなんて、お見事です!

熊田 千佳慕さんの可愛いイラストから始まりましたが、登場するのは昆虫、粘菌、キノコ、菌と、あまり可愛らしくないガールズトークになってしまうところが、さすが松丸本舗です(笑)。しかし、内容はとても女性らしい優しさに溢れた話だったように思います

ニュースで見かける"生物多様性"や"COP10"などという言葉は難しく感じますが、まずは自分の身の回りの生物を改めて観察することからはじめてみては?もう少し深く考えたくなったら、松丸本舗のブックショップ・エディターさんにご相談を。きっと、少し変わった面白い本を紹介してくれますよ!

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