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東京大学教授 吉村 忍氏、東京都 環境局 千葉 稔子氏インタビュー(後編) ―進化と生き残りのための多様性

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――10月にはCOP10も開催され、「生物多様性」も今後の環境対応における大きな要素になっていくと思います。まちにおいては、たとえば樹木は、元々はランドスケープの問題として取り扱われていました。それがヒートアイランド対策として緑地が整備されるようになり、そこが気持ちがよいという理由から人が集まってコミュニティ形成の機能を持つようになりました。それがこの先、生物多様性の問題解決へとつながっていくのではないでしょうか。

吉村:  これまでに、「目的がたくさんある」ということと「結果と原因がつながらない」という2つの課題について話しましたが、生物多様性に関しては、「生物の進化メカニズム」という観点から考えていく必要があります。
日本学術会議シンポジウム 巨大複雑系社会経済システムとその価値創成力を考える

生物はこれまで大きな環境の変化に耐えて生き残ってきました。進化の基本的なメカニズムは、環境に一番適した種は残り適さない種はどんどんいなくなっていくというものですが、環境が変化してしまうと、今まで最適だったものが最適ではなくなってしまいます。ですから環境の変化に柔軟に適応できないと、そのときに絶滅が起きます。

しかし、生物は不思議なシステムを持っており、現在ある環境に最適な生物だけを残すのではなく、それほど適していないものでも残しておきます。そうすると、環境が変化したときに、それまでの環境にあまり適応していなかったものの中から新しい環境に最適なものが出てきて、進化が起こります。そのため、多様な状態を保っておくことが非常に重要なわけです。

つまり、多様な状態というのは新しいものを生み出す原動力にもなり、評価関数が変わってしまった時にシステムが生き残るための機能でもあるということです。それによって生物は今まで生き残ってきたんです。

それを、人間は、自分たちの種に役立つか役立たないかという評価基準で生物の選別を始めてしまいました。そうすると、環境が変化したときに下手すると何者も生き残れなくなってしまうのです。多様な生物を残しておくということは、倫理的な側面もありますが、人間が生物の一種として地球環境の中で生き残るためにも重要なわけです。

このような多様性のことを"頑健性"といいます。生物に限らず、どのような環境の変化が起きるかわからないから、色々な状況に対応できるようできるだけ多様な状態を保っておかなければならない、その多様性の指標です。しかし国の政策は、競争させて価値のあるものだけを残そうというやり方が主流です。こうして頑健性が失われると、次の世代で大きな問題が起きる可能性があります。

千葉:  とても印象深いお話ですね。多様性が新しいものを生み出す原動力になるというお話には、なるほどと思いました。

吉村:  生物進化論では"適者生存"が注目されますが、もっと重要なのは多様な状態を生み出すメカニズムと、それをある割合で保っているということ。多様な状況を維持するということに意識して配慮しておかなければならないのです。

――そういった多様性をまちで実現していくためには、多様性を多様性として評価できる仕組みも必要だと思いますが、まちは何を実行していけばいいのでしょう?

吉村:  CO2削減は明確な目標とされていますが、他の評価項目については人によって見方が違います。多様な人たちが集まってインタラクションを起こす場をつくることが重要になってくると思います。今回の"健康になるオフィス ワーキンググループ"も「議論をした」というインタラクションが一番の成果ではないでしょうか。

――オフィス環境についても、設備などのハード面とあわせて、コミュニケーションなどのソフト面を整備すると相乗効果を発揮するというシミュレーション結果が出ています。その「あわせる」部分をきちんと評価して指標化しようという話は、ワーキンググループ内でも出ていましたね。

千葉:  行政としてはCO2削減や省エネという問題が、様々な変数とどのように「関連しあうのか」のか、う」というところ興味があります。事業者が強調したいポイントと行政の政策的目的とが「関連しあう」接点をどうお互い見つけだしていくかが重要だと考えています。

吉村:  CO2削減対策のいい事例があったとしたら、それ一つを示して「目指しなさい」というのではなく、事例を複数示して、効率に多少の差はあっても、それぞれのグループがそれぞれの目標を目指すという道筋が見えるといいかもしれませんね。

――多様性という意味では、今回のワーキンググループには、様々な業界から参加者が集まり、多様なメンバーとともに議論を重ねてきました。普段はまったく交流がないだろう業界の方々同士が協力してサービスモデルを生み出し、まちへの提案を作成する中で「みんなで健康を見つめるまち」の可能性が見えてきました。日々問題が変化していく中で、このような多様性をもった連携が大きなムーブメントとなり、まちの推進力になっていくのかもしれません。
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千葉:  二年ほど前に、健康オフィス研究会の取り組みについてお聞きしましたが、様々な業種の方もいらっしゃいますし、健康とオフィスがどのようにつながるかも、当初は想像がつきませんでした。

――集まった人もテーマの要素も多様なので、話もついつい広がってしまいますしね。しかし、次第に「知的生産性を上げる」「心が健やかになる」という点に話が集約されていき、「それを促進するのがコミュニケーションだ」「オンオフの切り替えが必要だ」などといった、設計変数と目的関数の関係が視覚化されていく過程には新鮮な感動を覚えました。線形ではないけれど、確実に結論に導かれていくのがすごかったですね。

吉村:  この過程で重要なのはインタラクションです。工学分野の設計は数学的な方法で具体化するので、過程が省略され、「これが最適だからこれを採用しなさい」となってしまう。しかし、実践の場では数学的に定式化できない諸々の要求の中から答えを選ばなければならないので、それは通じません。

今回のワーキンググループでは、参加者に対してアンケートをおこなって、それを分析し、結果を見せました。すると、そこから議論が生まれて様々な意見が出てきます。今度はその意見を要素にして分析をおこない、それをもとに議論をする、ということを繰り返すと、参加者の頭の中で要素の構造がだんだん明確になってくる。このインタラクションの過程が実は一番重要なのです。

人間が絡んでいる問題というのは、誰にも正解がわからないんですよ。わからないからこそ従来はそれを整理し形にするデザイナーが活躍していたわけですが、要素が増えていくうちに、デザイナー一人による問題の整理だけではなく、みんなが「そうかな」と思うものが徐々に出来上がってくるという合意形成のプロセスが重要になってきたわけです。n-DESIGNは、要素を可視化してみんなが要素の優先順位を試行錯誤できるような場をつくる機能をもっています。

――可視化すると、どこから手を付ければいいかということが、より決めやすくなりますね。

千葉:  関係者が多くなればなるほど、合意形成のプロセスはより困難になり、かつ、重要になっていきますよね。"健康"と"オフィス"という一見つながらない要素同士をつなげられるのが可視化の力ですね。

吉村:  評価軸も意思決定も、これまでは理論的なアプローチが難しい分野でした。だからこそ、方法をあらかじめ決めておくのではなくて、ステークホルダーとインタラクティブに情報をやりとりしながら合意形成していくことが重要なのだと思います。合意できない部分があったとしても、何が合意できないかがクリアになっていれば、「それはとりあえず置いておく」という選択肢も出てくる。そうすれば、「話にならない」と決裂して終わってしまうこともありません。

――そのようなインタラクティブな合意形成がビジネスにもなるという話も出ましたね。また、このような考え方が頭に入っていると、クライアントとのコミュニケーションも変わるのではないでしょうか。「こういうものがあります」という一方的なセールスではなくて、クライアントと徐々に合意を形成していくセールスです。たとえばオフィス什器メーカーであれば、それが結果的にオフィスの質を向上させることにもつながる。

千葉:  道筋は一つではないんですよね。可視化によってその一つではない道筋が把握しやすくなると考えます。このような考え方を踏まえて、セールスコミュニケーションや商品がどのように変わったかを、ワーキンググループの次のステップで見てみたいですね。

――大丸有CSRレポート2010のステークホルダーズ・ミーティングでは、千葉さんに「議論の場をつくりましょう」という宿題をいただきました。それがこのワーキンググループで実現できて、その先にステークホルダーとの合意形成が見えてきたところで、今回は、「その議論を経てステークホルダーたちがどのようなビジネスを生み出したかをレビューしなさい」という宿題をいただきました

千葉:  恐縮です(笑)。プロジェクトのその後については大変興味があります。また、ぜひ皆様のお取り組みを今後も応援させていただきたいと思っています。