松岡正剛氏が大胆にプロデュースし、書店のあり方の可能性を広げたとして、各種メディアから注目を集める丸善本店 松丸本舗と、サステナビリティを考えるまちメディア丸の内地球環境新聞のコラボレーションでお届けする【丸善松丸本舗BookNavi】。毎月、その季節にピッタリの本をご紹介しています。
11月のテーマは、ずばり「旅」。読書自体が心の旅ではありますが、行楽シーズンということもあり、旅をした気分になる、または旅のきっかけになるような本をご紹介いただきました。
今回お話を伺ったのは、この方々。
・松丸本舗ブックショップ・エディター 山口桃志さん(以下 山口)
・松丸本舗マーチャンダイザー 山田憂子さん(以下 山田)
ご紹介いただいたのはこちらの8冊です。
平尾:今回も丸の内地球環境新聞編集部の平尾・池田の2名でお話を伺います。世の中行楽シーズンではありますが、読者の方の中には、忙しく働いていて旅に出る時間が無い、と言う方もいらっしゃると思いますので、今日は「旅」をテーマにご紹介いただければと思います。まずは山田さん、よろしくお願いします。
山田:私は、いわゆるガイド本や紀行文ではないのですが、具体的な場所ではなく、記憶の中に深く分け入るような本を選びました。こちらの著者は日本人のご夫婦で、装丁やブックデザインもされている方なのですが、この本もカラーで手づくりのオブジェなどが載っていて、見た目にも楽しめる本になっています。
内容は、一冊の事典をめぐる物語になっていまして、今私たちが住んでいる世界とは違う、ある別の世界の都市や人々などを記したものなんです。その事典が、人間の想像力が創り上げたものなのか、それとも過去に実在したものなのか、読者が彷徨いながら読んでいくような本です。
池田:例えばどのようなものが載っているんですか?
山田:項目ごとにストーリーが展開する構成になっているのですが、例えば、この中に「地図と楽譜」という項目があります。私たち人間は普通に「この世界に地図はないの?」と尋ねてしまうんですが、この世界には存在しないし、世界は線で区切ったりして表現できるものとは考えられていない、ということが書かれているんです。
普段私たちは誰かが創り上げたものの中で、ごく当たり前に暮らしていますが、それだけでは見えない世界がある、ということを教えてくれる本です。一つひとつ空想を働かせながら読むのが良いと思います。そして、最後にこの世界の種明かしがあるのですが、それは読んでからのお楽しみということで(笑)。
平尾:種明かし、気になりますね。自分が持っている価値観とか既存の考え方について、一つひとつ、「あれ?」と考えさせてくれて、違う世界に旅している気分になれそうです。
山田:こちらは1冊目と世界観が似ているので、続けてご紹介したいと思った小説です。
博物館技師の男が、ある老婆から「博物館をつくってほしい」と依頼を受けるんですが、その博物館が、亡くなった方々の生きた証として、形見を盗んできて永遠に収蔵するというものだった、という話です。
小川さんの作品というのは、世界からこぼれ落ちてしまいそうなものだったり、失われていってしまう世界を一つひとつ拾い上げて、物語に紡ぎ出していくというような作品が多いのですが、この本はそれがよく表れています。形見の物語がたくさん出てくるのですが、それぞれの物語を旅しているという気分にもなるかな、と。
平尾:その人の人生に入っちゃう、みたいな気分になるんでしょうか。
山田:そうですね。長い小説なんですが、入り込むと帰って来れなくなりそうな(笑)。主人公の男性も老婆の世界観にのめり込んで行ってしまうんですが、帰るところが無くなりそうな物語ですね。
山田:これは、日常的な風景を空間と捉えて思索していくような本で、ページをめくっていくと、最初にこのような枠に区切られた一つの空間があって、実は目次が一番最後にあるんです。
平尾:この左のページは目次ではないんですか?
山田:そうなんです。あえて目次を最初に置かないことによって、ページをめくるたびに空間が広がっていく、という感覚を味わうように意図されているんだと思います。
まず「ページ」があって、「寝室」から広がっていって、「集合住宅」、そして最後は「世界」まで、どんどん広がって旅をしているような気分になります。この、最初に「ページ」が登場するところが面白いところで、真っ白なところに何か書き記すことによって上下や表裏、といったものが生まれて、そこに空間が広がって行く、ということが書かれているんです。
平尾:このページの中にも空間があって、でもまたここから広がって行ったものが戻って来るというか、循環している感じでしょうか。
山口:そうですね、ある意味これが世界への入口とも出口とも捉えられるような。最初は二次元なんだけど、読んでいくと三次元へのコネクトする何かみたいにも思えるし、目次を最後に置いたことも確信犯のようにも思えるし、そういう意味では、最後に種明かしをする『すぐそこの遠い場所』に似ている部分もあるのかもしれませんね。
平尾:山田さんがご紹介くださった三冊には、すごく共通したものがありますね。
山田:普段意識することの無いような話題がいろいろな観点から書かれているので、こういう本を読むことで自分の中に新しい視点とか世界とかが生まれるし、それが読書のいいところかな、と思って選びました。すぐに「何かが得られる」とか結果を求めるのではなくて、世の中の見方が変わるような、いろいろな本を読んでみるのも良いのではないかと思います。
平尾:ではここからは、山口さん、ご紹介いただけますか?
山口:私はまず、こちらのベストセラーから。読んで字のごとく、ふたりで仏を見に行った記録です。みうらさんは昔から仏像がお好きな方なんですが、宗教として拝むものではなくて、ウルトラマンとか、ロックミュージシャンとか、いわゆるカッコいいものとして見ているんです。対するいとうさんは、仏像には興味が無い、現代人の感覚に近い門外漢。仏教らしさというようなのは何となく分かるけれど、自分は好きでもなくその世界に入り込まないから、近いところにいる異邦人的な感覚なんですよ。そのふたりのまったく違う視点が仏像で交差していて、そこがとても面白いんです。
平尾:仏像がロックミュージシャンですか!確かに、仏像が建てられた時代にはカッコいい人の姿だったりしたんでしょうね。
山口:そうそう、金ぴかだったりするじゃないですか。それこそ、ジュリアナのお立ち台にいたような(笑)。アートでもあり、宗教の対象でもあるんですが、ふたりの視点が違うので、仏像一つとってもいろいろな見方ができるんだな、と、楽しみながら読むことができると思います。
書き方も漫才のような感じで哲学っぽくなくて、でも読んでいくと無常感みたいなものも感じられるような、奥の深さもある。仏像を見たことが無い人も想像しやすいし、地図も書いてあるので、実際にこの本を持って見に行かれるのも面白いと思います。
あとは仏像が生きてきた時間旅行というか、仏像に限らず建物もそうなんですが、建てられてから今まで、その物たちは時間を生きている訳じゃないですか。そこにあるストーリーを想像してその時間に入って行くのも、ひとつの旅行だと思います。
山口:次は「時間旅行」の続きで一気に江戸時代に飛びまして、杉浦日向子さんの名作です。これは、絵師である葛飾北斎と、その娘のお栄、弟子の3人の物語を描いたものなんですが、30話がそれぞれ読み切りになっているので読み易いんですよ。短編小説のように読みながら、北斎の人間性とか江戸の人の暮らしや息づかいが感じられて、まるでその時代に行って見て来たような感覚になるんです。
平尾、池田:へぇ〜!
山口:著者の杉浦さんのすごいところは、もちろんその時代を生きたわけではないのに、まるで見たままを書いているような公平性が感じられるところです。自分の意見を言うのではなくて、「どう思う?」と投げかけてくるようで、どの話もちょっと余韻があって考えさせれるんです。漫画なので読み易くて、上下巻あっても一日で読めちゃいますし、江戸時代にトリップしたような体験が楽しめると思います。
山口:またこれは全然違うもので、写真集です。インターチェンジではなく「ジャンクション」なので、高速に乗って分かれ道になっている、あの場所です。「工場萌え」ならぬ、「ジャンクション萌え」といった様相で(笑)。
池田:面白いですね、思わず食いついちゃいました!
山口:ここに載っているものって、その目的地に行くまでのプロセスなんですよ。ここが終着点じゃないけど、でも、ここを通らなくてはどこにも行けないんです。その視点がすごく面白いな、と思って。しかも、高速というある程度クローズな場所に昇らないと体験できないのがジャンクションですよね。それをわざわざこの方は外側の景色と共に撮影していて、時間帯によって変わる見え方とか、下からとか、角度を変えて撮っていたり......。
平尾:モデルコースも載っているんですね。
山口:そうなんです。これで実際にジャンクション巡りができるので、ひとつの旅と捉えることもできるし、逆にこれを見て「どこに行こうかな」と空想の羽を広げるトリガーになるんじゃないでしょうか。あとは単純に建物の写真集として見ても、面白いです。車に乗っていてもなかなか気付かないし、普段写真に撮らないものなので。
山口:こちらは、著者の方がフランスに留学していた時に、郊外にアパートを借りて暮らしていて、その時の思い出のエッセーと小説の中間みたいな本です。短編のエッセーみたいなものなので物語のような展開にはならないんですが、見落としてしまった路地で見つけた雑草みたいな感じで、いわゆるマイノリティの生活をしていて出会った人々とか、それらを短い小説のように綴っているような本です。
池田:タイトルが面白いですが、何を意味しているんでしょうか?
山口:『おぱらぱん』というのは「以前」と言う意味なんですが、この発音はいわゆるフランス語の「中国人読み」で、フランス人が発音するとそうはならないそうです。タイトルになった理由は何も書かれていないのですが、響きだけで読者に何かを想像させるような、そんな意図もあるのかもしれませんね。
平尾:留学をしていらっしゃったんですね。
山口:そうそう、だから観光で行ったのでは絶対見えなくて、暮らしていたから出会える人々の空気が感じられて、しかも全く嘘ではなく一定の物語として成立していて。言葉もきれいなので、読んでいて「すっ」と入ってくるような感じがあります。
山田:実は先ほどの『沈黙博物館』の解説は、この堀江さんが書かれているんですよ。
平尾:へぇ、そんなつながりもあるんですね。山口:では最後にこちら。旅といえば......。
平尾、池田:「食」ですね!
山口:そうです。これは食べ物を巡る本なんですが、「このお店の○○がおいしい」というだけではなくて、食べ物はメタファーとして存在しているんですよ。ですので、もちろん美味しそうに描かれているんですが、オチがあると言うか、「食べようとしたら消えてしまった」というように、食をメタファーとして人間模様を描いているような感じなんです。
あと、この方はいろいろな本を読んでいらっしゃる方なので、「あの小説の○○のような」と、引用するような書き方をしているんですよね。だから例えば違う小説に興味を持ったらそこに飛んで行くような扉がある本なので、そういう意味でも面白いかな、と思いました。
平尾:今回ご紹介いただいた本は短編としても読めるものが多いですね。ふと異世界に行けて、またふと戻って来られるような......。
池田:旅と言ってもひとつの視点だけじゃないんだな、と思いました。
山口:いわゆる旅のガイド本では松丸本舗らしくないかな、と思いましたので、ここから広がるようなものであれば、と思って選びました。この本の中で旅をしてもらうと共に、旅のきっかけづくりになるといいですね。
平尾:何か新しいものを得て戻って来られたら、旅に行ったような気分になるんでしょうね。
山口:そうですね。何かの発見があったりとか、何かの出会いがあったりとか。名所巡りばかりになってしまいがちなのですが、旅って本当はそうではなくて、ちょっと路地に入った場所とか、おばあちゃんのひと言が印象に残ったりとか。
平尾:どん欲になり過ぎて、帰って来たら、どっと疲れちゃうこともありますよね(笑)。
山口:そうそう、だから逆に家で本を読んだ方がゆっくり旅ができるかもしれない。リアルなものを見に行く旅と読書、その両方ができると、また違う見方ができて世界が広がって行くのかな、と思います。
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