2012年度、5年目を迎える地球大学アドバンス、今年度は「食」の問題に焦点を当て、丸の内「食の大学」として展開していきます。第1回は「ソーシャルキャピタル(社会資本)としてのスローフード」と題し、イタリアのスローフード協会本部で長く活躍された石田雅芳氏と日本のスローな食と農のリーダー的存在である大地を守る会の戎谷徹也氏をお招きして5月28日に開催しました。
今年度はこれまでのレクチャー形式に加えてさまざまな趣向をこらして参加者がより積極的に関われるようにしていく予定です。第1回の今回は、レクチャーのあと、ワールドカフェの協力のもとスローフードに関して参加者間で意見交換を行いました。
今年度は食におもいきりフォーカスを当てて1年間やろうと考えています。私たちの食のあり方が地球のサステナビリティに影響していることすでに認識されていることで、例えばアマゾンでは毎年京都盆地くらいの面積の森が消失しているわけですが、その主な原因が牧場や農場の開発という私達の食生活に関わるものなのです。水の問題にしても淡水の7割が農業に利用されていて、つまり都市に生活するわれわれの食生活が地球環境のサステナビリティを脅かしているというわけです。
別の観点から言うとファストフードが健康障害を若い人達の間にまで広げ、同時にアメリカの農業の保証金制作がアフリカなどの貧困を助長するなどグローバル経済の縮図が食の世界にも見えます。そのようなことはこれまでも取り上げてきましたが、それを総括的に丸の内を中心に私たちの生活を組み替えていくアクションのヒントとして具体的に提示していこうということです。
今回はその最初として、20年前から地球規模で発信を行なってきたスローフード運動を食に庵する運動の原点と考えて、長く国際部長をされてきた石田雅芳さんに学びながら考えて行こうというものです。スローフードというのは関係のリデザインの実践だといいます。そしてその関係というのは生産者との関係、国際的な関係、食と私たちの生活との関係といったものです。その関係をリデザインすることで私達の生活が再生されるようなインパクトを与えることができるかもしれないのです。
イタリアで創設されたスローフード協会はヨーロッパの共通農業政策(CAP)の2014年の改変にコンサルタントとして関わることになりました。先日、審査員として国際的なバラの品評会ローマショーに行ってきたんですが、現代のバラというのはほとんど香りがしないなか、あえて「匂いバラ」のカテゴリーが今年から設けられました。匂いがしないというのは色や形を追求して品種改良がなされる中で最初に忘れられるのが香りだからです。その品種改良の結果バラの大量生産というのはとんでもないレベルに達していて、それを作っているコロンビアやエクアドルの労働者は奴隷状態で働かされているんです。バラは食べ物ではないですが、農作物という点でスローフードとも共通するものがあります。
スローフード協会は数年前に「おいしい、きれい、ただしい」というモットーを掲げました。会員数は世界で10万人ほどと多くはありませんが、他の人には育てられない羊を育てていたり、世界の生物多様性のヒーローたちによって構成されている具体的なネットワークなのです。日本の会員は1600人でほぼすべての都道府県にいます。
そしてスローフード協会がやっているのは、食べ物を守るということ。食べ物を守るといっても政府が言うように世界の市場から守るというのではなく、地域に根ざした具体的な食べ物を守るんです。例えば、イタリアの小さな村で赤牛の乳から作られる「モンテボリチーズ」というチーズがあります。ダ・ヴィンチが晩餐会の準備をした時にそのメニューの中に載っていたというくらい古いチーズ、それが90年代の中頃に絶滅してしまいました。そこでスローフード協会がアプローチして現地で3年くらいかけてリサーチをしたら、レシピを知っているというおばあちゃんが見つかった。でもそれだけではだめで、もう数頭しか残っていないその土地の赤牛も守らなきゃいけないわけです。それで赤牛を増やすと同時におばあちゃんのレシピを大学で数値化して、それでようやくチーズが作れるようになる。できたら今度はその村のお年寄りに食べてもらって、みんなが納得するまで何度も作りなおす。そうしてようやく「モンテボリチーズ」が復活するわけです。
どうしてそこまでこだわるかというと、イタリア人は「おいしさ」という味覚的価値を非常に尊重しているからです。美味しくて正しいものを食べる権利があるというところからスローフード協会はスタートしているんです。それは「世界を守る」という漠然とした環境運動が多い中で共感を集め、あっという間に世界運動になりました。
それから20年余りがたったいまスローフード協会が力を注いでいるのは次の2つです。1つは食科学大学。これは理系の人達が作り上げてきた食のアカデミックな世界に伝統の食の知をすりあわせてようというもの。個別の事象について研究するのではなくもっと大きな網をかけて、食の歴史や倫理・哲学、味覚教育など調理以外のあらゆることを身に着けて食のコーディネータとなる人材を育成しています。もう一つは「テッラ・マードレ」の開催。これは世界中から5000人もの生産者を集めて開催するお祭りで、ひとつの食品を育んでいる「食コミュニティ」の代表を集めて、より大きな世界の食コミュニティを創りあげていこうというものです。今年から誰でも参加でき、生産者は産品を売ることもできるようになったので、さらにコミュニティの幅が広がるはずです。
大地を守る会は1975年設立で、首都圏を中心に安全で美味しい食材の宅配を行い、約10万人の会員がいます。3年前からインターネットでの販売も開始して、卸しもずっと展開してきました。始めたきっかけは農薬による生産者の健康障害や「何が入っているかわからない」という消費者の不安で、「有機農業の生産者を買い支える仕組みを作っていこう」ということで始めました。
今年の3月から「大丸有つながる食プロジェクト」ということで、全国260グループの契約農家の食材を大丸有エリアのレストランで使ってもらうという実験を行なっています。農家に認定基準を設けて、その基準を満たした食材を使っているレストランにも認定証をあげるというものです。将来的にはレストランが素材の物語を伝えることができるようなものになり、食べる人がその料理の向こうにある環境とつながっているということを実感できるようにしたいと思っています。そして、それによって大丸有というエリア全体の価値も上げていきたいと思っています。
今回はここからスローフードについて参加者が話し合うワールドカフェ形式にワークショップが行われました。参加者は3人から5人の組みに分かれ、まず「スローフードの話を聞いて何を感じましたか」という話題で、次にグループのメンバーを変えて「スローフードを阻害するものは何でしょうか」という話題で、そして最初のグループに戻って「これからスローフードをどう実践しますか」という話題で約20分ずつ話し合いを行いました。そして、最後には各グループそれを短いキャッチフレーズにまとめて発表しました。
8つのグループが発表したキャッチフレーズは「自分で作って、自分で食べる、おいしさを知ることから始める。」「地元のもの、お母さんのもの、子供によって大人は変わる」「fastとslowのGAPを意識しよう」「大企業が変われ!意識ある人=コーディネーター」「日本のもの、地産地消、知産知消」「一人一人がお気に入りの『食』を見つけて応援団長になる」「知識を見える化」「出島」というものでした。それぞれに特色があるものでしたが、最後の「出島」というのは「スローな生産者と消費者の間に大きな川が流れている。そこに出島を作ってやっていこう」というもの。このように自らがコーディネーターは仲介者となって運動を進めようというという意欲が見られるものが多くありました。
この発表について戎谷氏は「知るということについてぜひとも本当のコストというのを考えて欲しい。田んぼで米を作り続けることで抑えられるコストがあり、他にも食べののの価格にはさまざまなからくりがある。それを知ればまっとうな値段が見えてきて、その値段を保証すれば環境は守れるのです」と感想を述べました。石田氏は「共通概念として都会と農業世界との乖離というものを感じました。昔は乖離がなかったはずで、それはいまも一部には残っている、そこに思いを馳せるべきだったと反省しました。一番重要なのは食べ物を愛し、きちんとした環境で作られるように仕向けることではないでしょうか」と言いました。
竹村氏はこれを受けて「スローフードにはゆっくり楽しむ、生産者がスローに育てる、生態系のリズムを乱さないという3つの次元があると思います。それを実践することで環境負荷のような見えないコストが見えてきて、真の価格.comのようなものができるんじゃないか、丸の内で食の共同調達みたいなことをやるうちにそれが丸の内全体に空気のように生まれてくるんじゃないかと期待しています」と締めくくりました。