2012年度、5年目を迎えた地球大学アドバンス、今年度は「食」の問題に焦点を当て、丸の内「食の大学」として展開しています。第5回となる今回は「未来を食い尽さない「地球食」デザイン ― 世界の海洋の現状と水産資源保全への取り組み」と題し、サステナブルな漁業と水産資源保全に取り組む味の素株式会社環境・安全部兼CSR部専任部長の杉本信幸氏、WWFジャパン・水産プロジェクトリーダーの山内愛子氏、MSC日本事務所・漁業認証担当マネージャーの大元鈴子氏をお招きして1月21日に開催しました。
今年度はこれまでのレクチャー形式に加えて、ワールドカフェの協力の下、参加者がワークショップを行う参加型の地球大学です。今回も「都市における食と農」をテーマに参加者も議論を交わしました。
日比谷という地名は昔この辺りが入江になっていて、海苔の養殖につかう「ヒビ」がたくさん立っていたことからついたそうで、今でも夏には時に潮風を感じることがあります。また、日本食といえば寿司というように世界にはローフード、魚というイメージで広がっています。しかし、20世紀に私たちは海に背を向けた都市を作り、魚もファストフィッシュの状態で食べるようになり、島国の日本というリアリティがなくなってきています。
それと同時に、海の状況というのも20世紀半ばと比べて、人口の急増、新興国の経済発展の中でのヘルシーブームの影響で魚の消費量が猛然と増えてきています。それ以前の「人間がいくら魚を獲っても地球の無限の海にはどうってことない」という感覚が通用しない状況というのが十数年前から起こってきているのです。
問題は地球の生態系がどうなっているかよりも、われわれとその生態系との回路が繋がっていないことではないでしょうか。我々が魚食文化の民族の国として、どうやってもう一回海の生態系との回路を繋ぎ直すか、それを今日は皆さんと考えて行きたいと思っています。
WWFは1986年にWorld Wildlife FundからWorld Wide Fund for Natureと名称を変更し、野生動物だけではなくより広い範囲を対象とするようになりました。海の生き物もその一つで、海ということを考えると、魚というのは私たちの暮らしと海を近づけるのに非常に言い役割を果たしてくれます。
今日はまず、マグロを抜いて日本人が一番好きな魚になっている鮭について。みなさんが寿司屋で食べるサーモンはほとんどが養殖で、さらにそのほとんどが実はチリから来ています。30年くらいまえにもともと南半球にいなかったサケをパタゴニアに持ってきて養殖を始めましたが、湖にいけすを浮かべて稚魚を生育するやり方を取ったため湖でサケが繁殖してしまったので、WWFとしてはやめるよう勧告し、現在は改善されてきています。
これは養殖の話ですが、魚全体に関して言うと、私たちが食べている魚は、2007年のデータで、28%が乱獲・枯渇・枯渇から回復中に含まれる魚種で、残りの72%のうち半分はギリギリまでとられていて拡大の余地がないものです。このように魚が減っている原因は大きく4つあります。1つは過剰漁獲、獲りすぎということです。次に混獲と海上投機、これは例えばマグロ漁の時に海鳥やサメも取れてしまい、それを海上に捨ててきてしまうというものですが、日本ではこの割合が世界の半分ほどと低く、この部分では日本は世界に貢献できる可能性があります。3つ目は生態系や生息域へのダメージ、漁法の問題などで魚が育つ環境が損なわれてしまう問題で、この解決には漁具の開発などが必要です。4つ目は違法・無報告・無規制漁業、これは規制の網を逃れる漁業で、このために決まりを作ってもなかなかその効果が出ないということがあります。
これらの問題を解決するために大事なのは多様な関係者との対話です。みなさんには日常食べる魚がどういう位置づけにあるのかということや、持続可能な漁業で獲られたものなのかというようなことを普段の生活の中で意識していただけたらと思います。
味の素は「いのちのために働く」を理念とし、事業活動の究極的な目標として次の3つを上げて来ました。それは地球持続性、食資源の確保、健康な生活です。グループの活動は健やかな地球環境と平和で豊かな人々の暮らしに基づいているので、生物資源の責任ある調達は非常に重要な問題です。今日はその生態系の保全と生態系サービスの持続可能な利用の例としてカツオについての取り組みを紹介します。
わが社の主力商品の一つのほんだしはカツオが原料ですが、鰹節を買って加工しています。しかし、サプライチェーンの最上流まで遡ってやって行かないと事業の持続可能性を維持できないので、政府も含めて一緒に調査などをはじめました。
まず中西部太平洋のカツオ資源の状況から説明すると、幸いなことに今のところ過剰漁獲ではありません。ただ、漁獲量が急激に増加していて、特に高緯度海域での資源収縮に懸念があります。かつおのような回遊魚は誰の魚でもないので資源管理が難しく、科学的根拠をもとにルールを作るしかありません。資源が安全なうちにずっと安全でいられるルールを作って守っていくことが大切で、それを世界に先駆けてやりたいと思って2009年に調査を始めたのです。
2009年からは奄美大島で一本釣りしたカツオにタグをつけて放流し、回収した場所と次期を分析してきました。今年からはさらに一匹ごとに場所や水深のデータが取れる記録型のタグも使うようになり、国際会議にデータも提供できるようになりました。これを見ると一匹一匹動きが違うことがわかるので、どうしてそうなのかをこれから解析して、学術的な研究とともに漁業にも役立てていこうと計画しているところです。
私が勤めているMSC日本事務所は水産物に貼られるエコラベルを運営しているNPOで、日本名では海洋管理協議会と言います。1997年に設立されたロンドンに本部を持つ独立した国際NPOで、エコラベルと漁業認証と流通加工認証を業務としています。
MSCの使命は持続可能な漁業を認識し推薦するとともに、水産物購入に際しての選択に影響をもたらし、水産物市場を持続可能なものへと転換することで、世界の海洋環境の保全に貢献することです。エコラベルの貼ってある商品は持続可能な漁業によって獲られた魚ということを意味するので、この商品を買ってもらうことが環境を保全することに直接つながります。意識を持った消費者にとっては商品を選ぶ助けになり、それで選ばれれば生産者にとってはやる気を起こさせるものになるのです。
具体的には2種類のエコラベルあります。1つは漁業認証で、1つはトレーサビリティーのチェックです。漁業認証は漁業(漁協など)が持続可能なやり方で魚を獲っていることを認定するもので、専門家が時間をかけて評価します。トレーサビリティはCoC認証と呼ばれ、その商品が持続可能な漁業まで遡れることを保証するものです。生産から販売までのサプライチェーンのすべての企業が認証を取得する必要があります。日本ではイオンなどが認証を取得しMSC認証製品を販売していますし、アメリカではウォールマートが100%MSCの製品に転換、ヨーロッパ17カ国のマクドナルドでMSC認証のフィレオフィッシュが販売されています。
MSC認証を導入することで海鳥の混獲が減少したり、違法操業が閉めだされたり、高齢化で途絶えそうだった漁業が復活したりという具体的な効果もすでに上がってきています。加えて小学校や動物園で持続可能な漁業について教えるプログラムを行うなどすることで、生産者と消費者がともに水産資源の未来を考えることに繋がるのではないかと思っています。
竹村: 1回も魚を産まずに獲られる魚が多いと聞きますが、何歳くらいのライフステージのものを食べていくべきかという魚のライフステージ管理という考え方はどのくらいあるものなのでしょうか?
山内: マグロの場合、蓄養という技術が確立したことで小さいマグロが獲られ、生態系のバランスが崩れてしまいました。カツオは1年で子どもを産むということですが、メバチマグロの子どもを混獲してしまい、それが問題になっています。親を確保しながら取っていくというのがいま技術的に求められているのだと思います。
竹村: エコロジカルフットプリントという話で、シャケは森に帰って死ぬことで森を育てているというデータもあるようにこの問題は海だけでは完結しないものもあると思いますが、WWFの中で共同で問題に取り組むことなどはあるのでしょうか。
山内: おっしゃるとおりで、生活排水が海を汚すということもあるように、海の魚だけ見ていても全体は見えて来ません。WWFの中ではなるべく森のグループとは話すようにしていますが、一緒にやるというよりは、それぞれがやるべきことを粛々とやることで結果につながると思っています。
竹村: 今日の杉本さんの話で、いままではグローバル企業と環境が二項対立構造で語られていたのがここ数年で変わってきているということを改めて感じました。地球の環境に果たす企業の役割が大きくなってきていると思いますが、その辺りはいかがでしょう。
杉本: 一般化しているとはいえないですが、その流れははっきりしています。以前は国がすべての単位になっていましたが、今はビジネスのほうが大きい。国がやるべきだといっているだけでは先に進まないので、できるところが連携して物を動かしていくということが大切です。世界のリーダー的な企業はそういうことに気づいているし、企業のほうがしがらみがなくて要の役割を果たせたりするということもあります。
竹村: エコラベルについては、プライシングなどで生産者も消費者も得する仕組みを作ることと、スマートフォンを使うなどして可視性を高めていく事が必要ではないかと思うのですが、その辺りはいかがでしょう。
大元: 消費者は値段を気にして1パックあたりいくらあがってるのかと聞かれますが、はっきりと示すのは難しいです。ただ、持続可能な供給によって需要と供給が安定し、市場価格に左右されない安定した価格が実現したという事例はあります。スマートフォンを使うなどの方法については、いまはまず知ってもらうことがなによりも重要で、かごに入れるまでの数秒間でどうやったら選んでもらえるか、そのことにまず取り組んでいきたい。その上でできることならやって行きたいと思います。
竹村: ここまでのお話で材料は出揃ったと思うので、そろそろみなさんでこれからの漁業について意見交換していただきたいと思います。
今年度はワールドカフェ形式にワークショップを行い、参加者の理解をより深める試みを行なっています。今回も参加者が4人くらいの組に分かれ、まず「漁業、魚食文化についてゲストのお話を聞き、現状の課題をどう感じましたか」という話題で、次にグループのメンバーを変えて「持続可能な漁業に向けて、暮らしや仕事を通じて私たちができることは何ですか」という話題で約20分ずつ話し合いを行い、最後に各グループが「これからの漁業」をテーマに短いキャッチフレーズにまとめて発表しました。
今回も「リアルスタディを取り入れる」「食べる人も魚を育てている」「質LOVE:とる人も食べる人も強い思いを持とう」「ちゃんと見せようトレーサビリティ」「みんなで参加漁獲高」などのキャッチフレーズが発表されました。今回は「漁業の全体像がわからない」という意見が出るなど竹村氏の言うとおり「漁業」と私達のつながりが失われていることを実感した方も多かったようです。その上で当事者意識を持つにはどうしたらいいのか、それを改めて考える方が多かったようです。
発表を受けて山内氏は「取っ掛かりは美味しいということでもいいので、今日をきっかけにずっと関心を持ち続けていただければ」と発言、杉本氏も「実際に調査した人間も感激して帰ってきて意識が変わるので、実際に学ぶというのは大事」という一方で「わからない」という意見については「わかってからじゃないと動けないの?という疑問もあります。まずやってみるというのも大事なのではないか」とも述べました。大元氏は「MSCの商品を見つけたら『これ探してたんです』と魚屋さんに言うというような小さいことを個人的にはやっています。個人としてできることと組織としてできることを継続的ん異考えて行きたい」と発言しました。
竹村氏は「率直にわかりにくいというコメントも大事だと思うけれど、杉本さんの活動なんかによってこれだけ大きな海の成り立ちの一片が見えるようになって来ました。しかしまだ海の全体像が実感値として生まれ始めた段階なので、今からそこに経済やソーシャルウェアを使って新しい関係を作っていくことが必要です。