地球温暖化の進行を止めるためにCO2などの温室効果ガスの削減が求められている。ところが日本でのオフィスなどが含まれる業務用民生のCO2排出量は1990年と比べると2007年(確定値)で43.8%も増えた。同期間の産業部門(マイナス2.3%)と比べると明らかに多い。IT環境の整備で、電力を使う機会が増えたためだろう。
創造性や効率性を確保しながら、温室効果ガスを減らすなどエコに配慮するにはどうすればよいのか。今回の特集では「働き方とオフィスの姿」をテーマに考えてみたい。ヒントを探るために、先進的な働き方を実践する企業を訪ねた。
ひとつはオフィス家具・文房具メーカーのコクヨだ。同社は「エコライブオフィス」という最先端の機器を使ったオフィスを作り、空調、照明、電力使用を抑えることで、CO2の排出を43.6%(改装前比)も減らした。もうひとつは損害保険大手の日本興亜損害保険だ。全社で2012年にCO2を20%減(06年比)で減らす取り組みを進めている。人々の意識を変えるさまざまな工夫によって、グループで約9,500人が働く巨大組織がCO2削減に動いた。
設備などの「ハード」に工夫を凝らすコクヨ、働く人の意識を変える「ソフト」で工夫を凝らす日本興亜損保という両社の姿を通じて、「グリーンワークスタイル」を探ってみよう。
前回の「コクヨ」に引き続いて、今回は、日本興亜損保に話を伺った。
* 前回記事:
実践する企業の現場1・コクヨ 「働きたくなるエコ」を実現―空間デザインで省CO2実現
加藤紋(かとう・あや) 日本興亜損害保険株式会社 本店営業第二部 第三課
小林啓太(こばやし・けいた) 日本興亜損害保険株式会社 本店営業第二部 第二課
阪中昌司(さかなか・まさし) 日本興亜損害保険株式会社 本店営業第二部 副部長
嶋田行輝(しまだ・ゆきてる) 日本興亜損害保険株式会社 経営企画部 マネージャー
冨田亜紀子(とみた・あきこ) 日本興亜損害保険株式会社 経営企画部 環境・CSR担当
「ごみの分別ができている」「コピーの量が減った」「社員が有給休暇を取得した」。日本興亜損保では20項目が並ぶエコチェックシートを、各部署の「エコチェッカー」と呼ばれる担当者が毎月記入する。本店営業2部の社員である加藤紋さん(写真中央)はこのエコチェッカーだ。
「定着」「一部定着」などとする3段階の評価を「正直に申告しています」という。 エコチェッカーは同社の約700の拠点にいて、活動の推進役になっている。環境についての社内ルールが実施されているかを見守り、守らない人には注意を喚起する。会社側は指定しなかったが、各所属長の判断でこの役割はほとんどが女性になった。その方が環境への配慮や気配りが行き届き、注意しても「かどが立たない」ためだろう。この活動は08年9月に始まったが、加藤さんによれば「今ではたいていの人がルールを自発的に守ってくれます」という。
働き方も変わった。「営業では自動車ではなく、電車を使うようになりました。冷暖房の温度調整で、夏と冬に少し厳しくなることぐらいが問題ですね」。同部で営業を担当する小林啓太さんは振り返った。
4IN1印刷(1枚の紙にパソコン画面を4つ分印刷すること)や、両面印刷を使うなどの工夫で紙の使用を減らした。また顧客や代理店への訪問についても効率的に動くことで、エネルギーを無駄に使わないことを考えるようになった。「資料が減って気分がいいです。エコへの配慮は仕事でそれほど負担にはなってはいません」。
同社では各部門の組織評価で「環境への対応」が組み込まれている。この部の副部長である阪中昌司さんは、最初にそれを聞いたときに、「一体何をすればよいのか」と戸惑った。
阪中さんらは部内で進めていたコストの見直しや仕事の効率化を、CO2削減の行動に結びつけた。その結果、コストとCO2が共に減った。「効率的な活動を部員一人ひとりが心がけてくれました。この取り組みが社内に定着しつつあります」と、阪中さんはみている。
同社では、会社側の発信する環境をめぐる情報や連絡を社内のメールマガジンとして発信し、エコチェッカーが各部門のミーティングで紹介して共有する。それと同時に現場からも提案も行われる。日本企業の得意とするQC(品質管理)活動の「カイゼン」がここで行われている。
北海道のある支店から航空便を減らす取り組みが紹介された。保険では書面のやり取りが必要だが、事務手続きが遅れると、期日に間に合わせるために東京の担当部署に向けて航空宅配便を使う。そうするとCO2の排出が増え経費もかさむ。この支店では代理店や顧客に事情を説明して早めに事務手続きを進めることを推奨して航空便を減らした。
ほほえましさを感じるアイデアもある。ノートパソコンを使う場合に折りたたむと、ディスプレーが消えて省エネになる。会社は情報管理の目的もあってフタ閉めを勧めているが、忘れてしまう人がいる。埼玉県のある営業部では、気付いた人がフタを閉めその際に「閉めてください」と男女がお辞儀する絵の描かれた「フタシメ君」というカードを置くことにした。直接注意すると部内の人間関係が気まずくなる可能性があるが、このカードのために関係も円滑にしながら省電力に結びつけた。
一連の活動は同社が2008年の夏に行った「カーボンニュートラル宣言」を達成するために行われている。会社の活動から排出されるCO2をゼロにする。そのために12年度までに06年度比でCO2を15%減らし、残りは排出権を調達する計画を立てた。想定以上にCO2が減ったために、2009年秋には削減幅を20%に上方修正した。「社員の期待以上の頑張りに、旗振り役の私たちも驚きと喜びを感じています」と同社経営企画部の嶋田行輝さんは振り返る。
小さな取り組みの積み重ねを軽視してはいけない。CO2を20%削減すると、同社は年間で30億円の経費が削減されると見込んでいる。同社は経常収益9,091億円、純利益99億円(08年度)という巨大損保だが、30億円の削減は経営に与えるインパクトも大きい。
保険会社は生産設備を持たず、CO2をそれほど排出しない。しかし日本興亜損保はその削減に、なぜ熱心に取り組むのだろうか。「業界の置かれた状況と、社会貢献を考えたことが取り組みのきっかけです」と、経営企画部の嶋田さんは説明した。
CO2の排出増加を一因とする温暖化の進行によって、異常気象の増加が懸念されている。自然災害の増加は保険会社の支払いが増えることになるため、それを止める活動が必要になる。
さらに同社は社会に貢献することを企業の目標にかかげ、自社のビジネスを通じて環境保全に力を入れることを表明している。その一環として、同社は2008年に「エコ・ファースト企業」に認定された。この制度は企業が環境大臣に自らの環境保全に関する取り組みを約束してそれを実行する制度だ。この中で同社は社業を通じたCO2など温室効果ガス削減を約束しており、その具体化に取り組んでいる。
温暖化問題への対応では、金融・保険業ではヨーロッパの企業の先進的な活動が目覚ましい。同社は人を派遣して事例を調べ、自社でできることを考えた。ヨーロッパでは「カーボンニュートラル宣言」をする会社が増えている。そこで同社もカーボンニュートラルを実行することにした。「みせかけやごまかしをなくし、やるからには徹底してやろうというと、部内で考えました」と、嶋田さんは振り返る。
そのために会社の設備を更新した。各拠点でWEB会議システムを導入し、社員が出張をしなくても仕事が進むようにした。また自社の保有ビルには省エネ設備を設置した。さらに2008年に東京・日本橋に竣工した本社ビルでは、[[屋上緑化]]や、中央部を吹き抜けにして自然換気を行うなど、エネルギーを節約する工夫を凝らした。しかし「働く人の行動がなければ、CO2は大きく減らせません」(嶋田さん)。そこで社員が動く仕組み作りを行った。
企業がCO2などの温室効果ガスの排出量を計測する場合に、統一した基準は日本でも世界でもない。大規模ビルや工場などでのエネルギー使用と、それに伴う温室効果ガスの発生について、日本では省エネ法が規制している。たいていの企業は、このエネルギー使用量を自社の排出分として公表している。環境省はカーボンオフセットなどの算定方法を公表しており、排出を考える対象範囲(バウンダリ)について「できるだけ広く取ることが望ましい」としている。しかし企業活動全般を算定する基準は存在しない。
そこで同社は自社で基準を独自に作り出して、CO2の排出を計るという、国内の企業では類例の少ない取り組みを行った。「見せかけをなくし徹底的に削減しよう、そしてCO2の見える化が行動の前に必要と考えたためです」(嶋田さん)。
オフィスでのエネルギー使用以外に、自社の営業活動に伴う社員の移動、印刷物、廃棄物など対象を広げた。(図表)出張の航空機、鉄道、社有車、宅配便の利用などを調べ、排出量を推計し、社内で議論を重ねた。そして環境省などとも協議した。社員一人ひとりの動きを追ってCO2の排出量を調べていては、大変な手間がかかる。そのためにサンプルを抽出して交通費からエネルギーの使用量とCO2排出量を算出する方法を編み出した。
その結果、オフィスでのエネルギーを使ったことによるCO2の排出量は半分ほどにすぎなかった。06年度で営業活動にともなう移動が全排出量の16%、紙や印刷が13%もあったのだ。こうした分野での削減行動も呼び掛けた。すると全体では08年度で11.1%も減った。オフィスは同13.6%減った。他の分野でも、営業活動にともなう移動が10%減、紙・印刷が16.9%減となった。広い範囲で無駄をなくすことが、CO2の排出とコストをともに下げる結果につながった。
日本興亜損保のCO2排出総量合計 2006年度 5万2355トン
08年度削減率実績 11.1%減(06年度総量比)
▼オフィス(06年度 総排出量割合:約51%)
対象 : 電力、ガス、灯油、水道などの光熱費
削減量: 2008年度実績 13.6%減 2012年度目標 23%減
※ 実績及び目標数値に関しては、06年度排出量比
▼営業・出張・赴任(06年度 総排出量割合:15%)
対象 : 社有車や事業活動に使った乗り物の使用によるCO2の排出
削減量: 10.0%減(08年度実績) 23%減(12年度目標)
▼紙・印刷 (06年度 総排出量割合:13%)
対象 : 使用した紙が原料から紙になるまで、そして印刷でかかった排出
削減量: 16.9%減(08年度実績) 30%減(12年度目標)
▼物流 (06年度 総排出量割合:11%)
対象 : 顧客への保険証書発送の郵便・宅配便の利用による排出
削減量: 5.6%増(08年度実績) 7%増(12年度目標)
▼廃棄物 (06年度 総排出量割合:6%)
対象 : 事業にともなう産業廃棄物や一般廃棄物の焼却による排出
削減量: 12.3%減(08年度実績) 15%減(12年度目標)
▼通勤 (06年度 総排出量割合:3%)
対象 : 社員の毎日の通勤に伴う交通利用による排出
削減量: 1.1%増(08年度実績) 4%減(12年度目標)<
▼社外利用 (06年度 総排出量割合:1%)
対象 : 社外に設置されたサーバー、株主総会など社業にかかわるイベントの参加者の移動による排出
削減量: 5.9%減(08年度実績) 11%減(12年度目標)
出典:CO2排出量算定基準にかかる日本興亜損保資料をもとに作成
「カーボンニュートラル」が提案された時に、社内には反対意見もあったという。環境保全について異論があったわけではなく、コストの面からの疑問だ。最終的には排出権を買ってオフセットをする計画だが「そのためにはコストがかかる」「国内では先例のない取組みで大丈夫なのか」という懸念もあった。これらはどの会社でも出てくる意見かもしれない。提案した経営企画部はコスト削減効果を強調して社内での議論を繰り返し、最終的には経営トップの「やってみよう」という決断でカーボンニュートラル宣言が実行された。
08年7月から始まった取り組みは1年半以上経ち、社内に定着しつつある。「社員へのアンケートでは、92%の人が『宣言』の前と比べて環境意識が高まったと答えています。『有給を取りやすくなった』『エコチェックは負担ではない』と肯定的な意見が多いです」と同社経営企画部の冨田亜紀子さんは説明する。
「環境意識の高まりの中で、環境に役立ちたいと、社員の多くは考えていたようです。私たちの経験から考えてみると、適切に仕組みを作れば、どんな会社でも働く人はエコ活動に動きだすと思います」と嶋田さんは分析する。
日本興亜損保は自社のビジネス、そしてステークホルダーとの協力でエコ活動を社会に広げることを検討している。自動車保険にカーボンオフセットを取り入れた。顧客が保険の約款をウェブ上で確認すれば、紙を使わず省資源になる。それを選んだ契約1件につき50円を同社が負担することでオフセットを行う。また自動車事故の発生後の修理で、廃棄物の少ないリサイクル部品を活用した修理を選択した場合にも同額のオフセットを行う。その件数は08年9月の開始から09年9月までで18万件を超えた。この1月からは火災保険の一部でエコアクションポイントを進呈する仕組みもスタートさせている。
また自動車の発進のアクセルを緩やかにするなど、ガソリンを必要以上に使わない「エコ安全ドライブ」の普及に力を入れている。契約企業などに呼び掛け、6か月間の使用状況を競う「エコ安全ドライブコンテスト」を行っている。
日本では企業の環境保護活動への頑張りが、ビジネス上の成果としてなかなか現れない。「当社の環境活動に注目して、保険が選ばれるという状況ではありません。ですが営業成績のためにエコ活動をやっているわけではないので、切り離して考えています」(本社営業2部の阪中さん)という。
しかし自社のエコ活動が将来的には利益にも、社会貢献にもつながると同社は考えている。「CO2の大幅削減は社会の変革をもたらします。そこにはリスクが生まれるわけで、それを支えることが保険会社の役割です。そこで『見せかけのエコ活動をしている』と当社が批判されてはいけません。CO2の削減と環境負荷の少ないグリーンな働き方は、自社の利益にもつながっていくでしょう」と経営企画部の嶋田さんは期待する。
同社の取り組みは、なぜ成果をあげているのだろうか。CO2の削減だけを社員に命じるのではなく、複数の意味付けを行ったことが一因だろう。命令だけでは、人が動くとは限らない。組織の姿、そして働く人々の意識の変化が、CO2の上乗せ削減に必要になる。
同社は自らのCO2排出量の見える化を行った上で「20%のCO2削減をすれば30億円の経費が減らせる」と社内を説得した。また無駄を省くことは、効率化やワークライフバランス(仕事と生活のバランスを取る働き方)にもつながる。削減活動に複数の意味をもたせたために、社員が削減することに意義を見つけたのだろう。しかも「負担を感じない」と現場の人が思う形でCO2削減活動が定着するように、「エコチェッカー」など人間関係に役立つ仕組みも作った。動機づけと工夫が相互に影響した。
日本興亜損保の取り組みから、やがて来る「グリーンワークスタイル」の実現には、人々の心を動かす取り組みが必要になることが分かる。この働き方は工夫次第では、「負担」に注目する後ろ向きの取り組みとはならないだろう。効率性やコスト減、そしてビジネスの利益と結びつく前向きの姿となりそうだ。
* 前回記事:
実践する企業の現場1・コクヨ 「働きたくなるエコ」を実現―空間デザインで省CO2実現
取材協力:日本興亜損害保険株式会社
皆さんは、自分の吐き出すCO2がどれくらいになるか知っていますか。日本人が呼吸で吐き出すCO2は年間130キロ程度だそうです。09年にCO2の排出権価格は1トン当たり15ユーロ前後で推移していたことから考えると、私たちの吐く息は年約280円分の負担を地球に与えます。息がお金で換算されると不思議な感じを抱くかもしれませんが、別の視点からこの物事を考える情報になりませんか。努力を始めても続かないのが人間の性分です。「お金への換算」とCO2削減を結びつけ、働く人の「環境を守りたい」という心に訴えた日本興亜損保の工夫は組織を動かしました。「環境を守る」という善意は物事を動かす前提になります。それが人間の利益に結びつくと、より効果を発揮します。この事実を、この取材で改めて認識しました。