オフィスにおける省エネやCO2削減対策は、企業が環境経営を進める上でまず取り組むべき課題といえよう。省エネ法改正や東京都の環境確保条例改正による事業部門への規制強化がこの流れに拍車をかけている。
一方で働きやすいオフィス空間を実現することで、生産性の向上やコスト削減につなげることも、省エネと並ぶ重要なテーマだ。
こうした時代の要請に応えるべく、大丸有でもビルの省エネ化や快適性の向上が進んでいる。エリアの環境向上にかかわる企業が、エリア外でも先進事例をつくりだしていた。その先端を追った。
NEC玉川事業場内のNEC玉川ソリューションセンター(左)と、NEC玉川ルネッサンスシティ(右)
川崎市中原区の日本電気(NEC)玉川事業場にある「NEC玉川ソリューションセンター」は、地上12階建てで延べ床面積は約4万8,500平方メートル。ソフトウェア開発などに携わる約3,000人の従業員が働いている。ごく普通の中層ビルに見えるこのセンターこそ、NECが持つ環境とICT技術のすべてを詰め込んだ巨大なショーケースなのだ。1936年に創業を開始した玉川事業場にはかつてノコギリ屋根の工場が建ち並び、同社の製造拠点として「第2の創業の地」とも呼ばれた。その後、工場の国内外への移転などに伴いICTや環境技術の研究開発基地へと姿を変え、2000年に地上26階建てのサウスタワーが、2005年には同じく37階建てのノースタワーが完成。そして2010年5月、総工費約140億円をかけたNEC玉川ソリューションセンターが竣工した。
玉川ソリューションセンターを建設した目的について、NEC企業ソリューソン事業本部・主席事業主幹の松村光隆さんは次のように話す。
「これまでも東京・芝の本社ビルやここ玉川のルネッサンスシティなどで環境に配慮したオフィスビルを建設してきました。このセンターでは今まで培ってきた技術とノウハウのすべてを集約するとともに、『オフィスまるごとエコ』のモデルとしてビル本体の環境配慮と従業員のマインド変革によるワークスタイルの革新を同時に目指しています」。
こうした理念に基づき、同センターではCO2の排出量を従来オフィス比で半減、年間で3,132t削減するという目標を掲げており、そのためには設備とICT両面での対策が欠かせない。その運用によって得られたソリューション(解答)を社会へ提案するのが、同センターの使命だ。
同センターの1階エントランスに入ると、すぐに大型の液晶パネルが目に飛び込んでくる。同社が力を入れるICT活用による省エネ対策の一つ「[[エネルギーの見える化]]システム」だ。各階や部門別のエネルギー使用量を、そのフロアだけでなく部屋ごとに表示して「見える化」を実現している。
さらに、個人のPCへエネルギー使用状況の情報提供や、1台1台のPCが消費する電力が一目でわかる仕組みの導入により、従業員の環境意識を高め省エネの推進につなげる狙いがある。 また、空調や照明、電力設備などビル全体のエネルギー消費を最適にするビル管理システムを導入している。
このほかにも、サーバーの統合による消費電力の削減や、2台目の個人用ディスプレイ配置によるペーパーレス化、テレビ・ウェブ会議の導入、テレワークによる人の移動削減など、オフィスのあらゆる場面でICTを活用した省エネを実践している。
一方、設備面での対策を見ると、ロビーや通路、エレベーターホールなどの共用部では自然採光を取り入れて電力消費を抑えるとともに、光源にLEDや細身の冷陰極管(CCFL)を用いた照明や、1台で2台分の明るさが確保できる高効率反射板照明などの先端技術がふんだんに採用されている。
また、会議室では昼光センサーと太陽の角度に応じて自動で可変するブラインドによって、照明エネルギーの節約を図っている。
6〜2階のオフィスフロアの照明は、省エネグリッドシステム天井を採用することで、1本のランプで執務に必要な照度を確保でき、メンテナンスもしやすい。開放的なオフィスを見渡すと、人の数に対してコピー複合機の数がやや少ない。実はこれも省エネ対策だ。「ワンフロアあたりの台数を減らして従業員によるペーパー資料の電子化を促すのが狙いです」(松村さん)。
空調についても、自然換気システムやLow-eガラス、日射遮蔽PCリブなどを採用し、エネルギーを極力使用しないための工夫を凝らしている。さらにビルの外回りには屋上・壁面緑化を施し、植栽ゾーンにあるコンクリート製のフェンスはビル風を防ぐようにデザインする気の配りようだ。
同センターをはじめとするNECの環境への取り組みは、サウスタワー2階にあるショールーム「ecoたま」で知ることができ、見学も受け付けている。
ビル風を防ぐようにデザインされた外回りのフェンス(左)、ショールーム「ecoたま」では、玉川事業場をはじめNECの環境への取り組みを知ることができる(右)
NECが玉川事業場を環境ソリューションの拠点に進化させた背景の一つに、企業に一層の省エネ対策を求める規制強化の波がある。2008年5月に改正された省エネ法により、企業全体の年間エネルギー使用量が原油に換算して1,500klを超える場合には、特定事業者として省エネに関する中長期計画を立て、実績を国へ定期的に報告することが義務づけられた。全体の1割程度しか対象ではなかったオフィスなどの業務部門に省エネ規制の網をかけ、カバー率を約50%にまで広げることが目的だ。
企業としては、従来は工場やオフィス単位で管理していればよかったが、改正後は本社や工場、支店、営業所、店舗などでの使用量をすべて合算して国へ届け出なくてはならなくなった。しかも、「エネルギー原単位で毎年1%削減する」という努力目標が課されることに変わりはない。さらに、省エネへの取り組み状況を「見える化」して比較できるベンチマーク指標の導入や、特定建築物の対象拡大も行われた。
このため、一定規模以上の事業場を構える企業はこれまで以上に省エネに力を入れることはもちろん、オフィスごとのエネルギー使用状況を把握して管理しなくてはならなくなった。
一方、オフィスが集中する東京都では、2010年4月からさらなる規制が導入された。都が2008年6月に改正した環境確保条例が施行され、前年度のエネルギー使用量が3年度連続して原油換算で1,500kl以上の「特定地球温暖化対策事業所」に、CO2の排出削減が義務づけられたのだ。オフィスビルを対象とした総量削減義務の導入は世界で初めて。削減できない場合には他の事業所の超過削減分や中小事業素による任意の削減分などを購入したり、グリーン電力証書を購入したりしてまかなう排出量取引とセットになっている点で国の先を行く。履行しない企業に対しては、知事による措置命令や罰則もある厳しい制度だ。
相次ぐ規制強化の動きにいち早く対応したのがビル業界だ。全国19地方にあるビル協会の連合体で、約1,350の会員を擁する(社)日本ビルヂング協会連合会は、2008年6月に「ビルエネルギー運用管理ガイドライン」を制定した。
同ガイドラインは、ビルオーナーやテナントなどが取り組むべきCO2削減と省エネ対策について、無駄とエネルギーロスの排除など5つのポイントを示している。その上で、設備機器の運用改善やその改修・更新、設備システムの変更や建物更新時の導入技術の3段階で合わせて100の対策メニューを提案する意欲的な内容だ。省エネ効果や費用改修年数を4段階のマークで表しており、ガイドラインどおりに実施すればCO2を35%近く削減することも可能だ。
同連合会常務理事の岡本圭司さんは、ガイドライン制定までの経緯を次のように振り返る。「2005年2月の京都議定書発効を受けて、国は地球温暖化防止のためのCO2削減と省エネ対策を強化する方針を打ち出しました。一方、オフィスビルでは1990年から2007年にかけて延べ床面積が49%増加したのに対し、エネルギー消費原単位* は15%削減しました。産業構造が知識集約型へと変化し、複写機やサーバーなどの増加に伴い電気使用量が増えたことなどを考えれば決して低い数字ではありませんが、エネルギー消費量では27%増加したためさらなる省エネ努力が求められることは不可避でした。このため2007年に地球温暖化対策研究会を設置して、会員企業による自主的な取り組みを促す具体策をまとめたのです」。
* エネルギー消費原単位:生産1単位当たりに必要なエネルギー消費量
もともとビル業界にとって、環境や省エネへの取り組みは基本的な業務の一部。大手各社からなる研究会のメンバーがノウハウを持ち寄って、本格的なガイドラインを作成することができた。しかし、同連合会がガイドラインに掲載された対策メニューの会員による実施率を調査したところ、運用改善の64%に対し改修・更新などは33%止まりだった。今後、こうした結果をもとにさらなる改善を求めていく予定だ。
また、2010年8月にはこれまでの取り組みを踏まえた「オフィスビル分野における低炭素社会実行計画」を策定。オフィス空間における省CO2型ライフスタイルの普及や、[[ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)]]の可能性の追及などを柱とする基本方針を掲げるとともに、2020年までの対策の実施目標や重点実施項目などを示した。
新たな規制に対応して、ビル管理の分野でも新サービスが次々に登場している。ビル設備の保守管理や昇降機大手の三菱電機ビルテクノサービスの「Facima(ファシーマ)BA-system」は、「ビルを、まるごと、心地よくする」をキーワードに、省エネからセキュリティーまでさまざまなビル設備の運転データを収集・分析し、最適な運用プランを提案するビル管理システムだ。
エネルギー使用実績をグラフで表示する「ファシーマレポート」による「見える化」や、空調機器の負荷平準化など10の提言を行っている。さらに、企業の改正省エネ法に基づく定期報告書の作成などを支援するサービスも用意している。
また、同じくビル設備の管理と昇降機事業を手がける日立製作所・都市開発システム社は2011年1月、クラウドを使って複数の拠点におけるエネルギーとセキュリティー、ビル設備をまとめて管理する、クラウド型ビルファシリティマネジメントソリューション「BIVALE(ビヴァーレ)」を発売した。専用サーバーが不要で、全拠点におけるエネルギー使用量を「見える化」して一元管理することはもちろん、テナント単位で照明や空調などを制御することもできる。
また、後からセキュリティーシステムを追加して統合管理することも可能だ。同社の担当者は、「2012年度にサービスと機器を合わせて35億円の売上高を目指しています」と抱負を語る。
一方、エコッツェリアでも採用している[[知的照明]]や[[輻射空調]]など、省エネに配慮しつつデスクまわりの環境を個別に調節できる「タスク&アンビエント環境技術」への関心が年々高まっている。このようなCO2削減と快適性を両立させた次世代型環境オフィスを2010年10月に完成させたのが清水建設だ。
本新聞のニュースでも紹介したとおり、同社は東京都江東区にある技術研究所の本館内に、スマートグリッドに対応した最先端のグリーンビルディングを建設した。エネルギー制御システムの「シミズ・スマートBEMS」により、一般のオフィスに比べてCO2排出量を60%削減できるという。
このオフィスでは個人単位で照明や空調を制御することができる。個人の作業範囲内のスペースで照明や空調を制御して、人がいない空間は照明を暗めにして室温を高めに設定する。「必要な人に対して、必要な時に、必要なところに、必要なエネルギーを必要なだけ供給でき、しかも快適性を追求できます」(同社広報部)。それを可能にしたのが、一人ひとりが持つ無線タグ。タグが発信する電波をもとに誰がどこにいるかを把握し、消費電力を必要最低限のレベルに制御しつつ、その人にとって最適な光や温度などの環境を必要最小限の空間内で創出する。同社ではこうした機能を併せ持つオフィス空間を「スマートワークプレース(R)」と名付け、商標を取得している。
タスク&アンビエントのような先端技術が実用段階に入った今、オフィス空間における省エネやCO2削減と快適性の両立は実現の一歩手前まできているように思える。しかし、省エネ対策一つとっても道のりは険しい。都市にあるビルの多くは他者に部屋を貸すテナントビルで、エネルギー使用量の約7割がテナント専有部で占められている。特に大手と違い資金力や組織力が乏しく、省エネを実践する専門の人材が不足しがちな床面積3,000 坪未満の中小ビルでは、テナントなどすべての施設利用者とオーナーとの協働が省エネ対策を進める鍵となる。
日本ビルヂング協会連合会の中小ビル経営者研究会は2010年6月、中小ビルの経営者ができる省エネ対策を報告書としてまとめた。東京協会の中小ビル経営者研究会では、2008年にも同様の調査結果を公表し、(社)日本不動産学会の業績賞を受けている。
東京と神奈川、大阪の協会が共同で行った今回の調査では、テナントの省エネ行動などの項目を追加して約300のテナントから回答を得た。その結果、75%のテナントがビルの省エネ対策に注目したり関心を示したりしていることがわかった。また、7割を超えるテナントは自らできる省エネ対策を推進していること、共用部で行う省エネ対策を6割以上のテナントが支持していることもわかった。
「これからの時代、省エネに無関心なビルはテナントニーズを満たさず競争力を失うことになるでしょう。テナントとの協働を進めるためには、省エネ法の対象であるかどうかにかかわらず、テナントが消費するエネルギー量を計測して把握し、報告する『見える化』を通じて、省エネ意識を持ってもらう努力が欠かせません。また、エネルギーを多く使用する空調の設定温度や湿度の緩和などはビル側が実施することもできますが、快適性が低下しては本末転倒ですので、事前にテナントの理解や協力を得ることが必要です」(日本ビルヂング協会連合会常務理事・岡本さん)。
テナントが自ら取り組むことのできる運用面での対策も多い。省エネ性能が高いOA機器の導入や休憩時間の消灯や空調停止、待機電力の削減などだ。同連合会ではテナントを対象にした「見える化」の一環として、日々のCO2排出量を書いた看板をエントランスに設置したり、テナント向けパンフレットを作成したりしてエネルギー消費量の報告と普及啓発に力を入れている。
ただし、中小ビルは規模が小さく、オフィスや工場の省エネを支援するESCO事業や、エネルギー設備全体の省エネ状況を監視・制御するBEMSなどの手法が成立しない場合が多いという問題がある。解決策として、複数のビルで消費されるエネルギーの量を面的に一元管理する地域エネルギーマネジメントシステム(AEMS)への期待が高まっている。
さらに、既存の中小ビルを[[ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)]]に変身させようという試みもある。ZEBとは、年間の一次エネルギー消費量が正味(ネット)でゼロになるか、それに限りなく近いビルのことだ。
東京ガスは2010年9月、横浜市にある同社の港北NT(ニュータウン)ビル、通称「アースポート」の改修を完了した。注目すべきは、再生可能エネルギーと都市ガスの融合・エネルギーの面的利用等により、アースポートを2030年までにZEBへと進化させることを目指している点だ。「アースポート単体での省エネ・省CO2を2013年度まで3年間にわたり実証したうえで、膨大なストックが存在する既存の中小ビルへの展開を検討します」(同社広報部)。独特なフォルムが目を引くアースポートは1996年に建てられた、4階建てのSRC/S/木造。経済産業省のZEBに関する報告書でも、3階建て程度までのビルがZEB向きと分析しているだけに、格好のモデルケースとなるだろう。
ICTや環境・エネルギー関連技術の発展により、オフィス空間における省エネと快適性の両立は可能になりつつある。しかし、テナントとの協働や中小ビル対策など課題は多い。さらなる普及を図るには、ビルオーナーやテナント、オフィスワーカーなどあらゆる関係者が、温暖化などの地球環境問題と社会とのつながりを実感し、主体的に取り組むことが必要だ。
まずは自分の周りのエネルギー使用量をチェックしたり、作業環境を改善したりするところから始めてみてはいかがだろうか。
東京ガス港北NT(ニュータウン)ビル(アースポート)の改修について
今回の取材を通じて、オフィスやビルの省エネ対策や、アメニティを向上させる技術の進歩を実感した。半面、取り組みが始まったばかりで導入後のオフィスワーカーや利用者の反応がなかなか見えない。従業員などの率直な意見を吸い上げて対策の改善に生かしていくことが今後の課題だろう。