大丸有では、これまで、二つの観点からまちづくりを推進してきた。一つは、「既成の国際ビジネスセンターの再構築」である。すでに形成されている街の大規模なリノベーションといえば、19世紀に行われたパリ大改造が有名だが、そうした事例は世界でもきわめて珍しく、その実現のためには、各ステークホルダーの合意形成のしくみづくりが不可欠である。ゆえに大丸有地区では、官民の連携・協調のため、コミュニティ形成に力を注いできた。
もう一つは、「環境共生都市」としての都市再生だ。ステークホルダーの共通認識として「大丸有[[環境ビジョン]]」を作成するとともに、新丸の内ビル内に環境活動の場としてエコッツェリアを開設、2009年9月には、環境対応のトップランナー設備である丸の内パークビルがオープンした。交通ネットワークの充実など、エリア全体の利便性を高めることにも注力。さらに、これらのハード、ソフトの両方を使いこなすために、環境先進企業のクラスターを形成するなど、地権者だけでなく、テナントを巻き込んだ議論を重ねつつある。
一方で、大丸有の地区面積はわずか120ヘクタールにすぎない。今後、さらなる都市の低炭素化を目指すためには、地区レベルの取り組みだけでは不十分であり、都市構造そのものを改変していく必要があるのではないか――。そこで近年、都市再生の課題となってきているのが、都市のコンパクト化による低炭素型都市の実現である。スマートシュリンキング〈都市の縮退〉を実現するためには、地域連携による再生可能エネルギーの活用などエネルギーインフラの再構築や、グリーンモビリティのための充電インフラ網の形成など、交通インフラの再構築が不可欠だろう。
では今後、これらの施策を進めていくために、?誰が?何を?どう実現すればいいのか。低炭素型都市のガバナンスについて、野城智也氏(東京大学生産技術研究所所長)のナビゲートにより、元東京都副都知事の青山やすし氏(明治大学教授)に話を聞いた。
―「大丸有 環境ビジョン」の公表から2年が経過しました。いま、振り返ってみていかがですか?
環境ビジョンを公表したのは2007年5月ですが、「環境」を軸にまちづくりを考えたことで、世の中の動きよりも半歩ほど早いタイミングで動き出すことができ、非常によかったと感じています。環境問題というのは、各論だけで論じるだけでは不十分であり、いかにそれぞれのジグソーパズルを組み上げ、全体像を捉えるかということが重要です。ビジョンをつくることで、全体像を俯瞰できる視点をステークホルダーが共有できたことは、大変意義深いことと言えるでしょう。
環境問題を解決しようとすると、とかく各ピースが突っ走ってしまう傾向にあります。たとえば現在、CO2 削減を目的に、再生可能エネルギーを導入しようと[[太陽光発電]]がブームになっています。このこと自体は大変意義のあることであっても、従来の火力発電や原子力発電に比べるとはるかに変動が大きく、扱いにくいエネルギーをどうやって全体の電力系統に組み入れていくのか、さらにエネルギー需要全体にどう対応し、マネジメントしていくのか、というシステム全体を見渡す視点をもたず、ただ太陽光パネルの効率向上や普及に努力を払うだけでは、十分な効果が得られません。
政策面においても同様です。大丸有エリアでも、関連自治体は千代田区、東京都、国が絡んでいて、それぞれが環境問題に取り組んでいるわけですが、その取り組みがエリア全体としてトータルでどのように作用するのかを考える必要がある。また、大丸有にはさまざまな人が働き、訪れるわけですが、立場によって利害が対立する場合もあります。そこでは、「総論賛成、各論反対」といった、非生産的な争いが起こりかねない。その際、ビジョンという在るべき姿を共有し、つねにそこに照らし合わせ、立ち返ることができれば、軸がブレることはありません。それぞれの立場の違いから起こる議論も、ビジョンという夢の共有さえあれば、非生産的な争いではなく、街の多様性を創出する手がかりになるのではないでしょうか。
―洞爺湖サミットや京都議定書遵守の動きを背景に、環境問題への関心がいっそう高まっています。一方で、妄信的な各論の暴走を食い止めるには、どうしたらいいのでしょう?
そろそろ調整が必要な時期にきているのだと思います。ビジョンをつくったときには、まだ、環境に配慮したまちづくりが当たり前の時代ではありませんでしたが、現在では、企業にとっても役所にとっても環境対応は必須といえるくらい重要です。つまりこの2年で意識が大きく変わりました。意識の変革に当ビジョンが少なからず役割を果たしたと自負していますが、一方で、この2年間に各論の暴走に拍車がかかった側面もあるのかもしれません。個々の環境課題に対応することはとにかくいいことだという一面的な考え方ではなく、今一度ビジョンに立ち返り、ビジョンと各論を刷り合わせ、複眼的に、総合的に考え、調整する必要があると思います。
物事の動き方には、ジャズ型とシンフォニー型の二つがあります。ジャズ型というのは、指揮者はいないけれど、演奏を始めたらあうんの呼吸でノリを合わせるやり方。一方で、シンフォニー型は、指揮者(リーダー)の強力な牽引力のもとで動く方法です。理念を共有するということは、あうんの呼吸で皆が演奏するジャズ型を可能にする、ということ。大丸有の場合、ビジョンをつくる過程で、役所がコンダクターやコーディネイターを担うのではなく、[[ステークホルダー]]一同がラウンドテーブルについて、対等な立場でパートナーとして環境に関する物事を進めていくことが可能になりました。とかく役所が先導しがちな日本においては、珍しい形態のまちづくりだといえるでしょう。
さらに、ビジョンの策定委員会に、多くの企業から代表者が参加しているのも大丸有ならでは。なかでも、東京電力や東京ガスといった、エネルギー供給会社の人々に参加していただいたのは頼もしいですね。というのも、エネルギー系統全体から見れば、大丸有といえどもローカルで小さなエリアでしかありません。こうした小さなスケールのエリアにおけるエネルギー需給の最適化を検討できたのは、とても重要です。さらに今後、社会が産業経済から知識経済へ移行していくなかで、経済のドライバーを担う金融機関に積極的に関わっていただければ、より意義があるものになるはずです。従来、金融機関は新しい動きに対して保守的な傾向にありましたが、これからは、まちづくりのように、長期安定的な利回りも視野に入れて、投資選別を検討していってほしいと思います。
―今後、[[環境ビジョン]]をより浸透させ、新しい参加メンバーにも共有してもらうためには、何が必要でしょうか?
内容や表現をわかりやすく改変していくことが求められると思います。ビジョンがあるからといって、「ただ読んでください」では、浸透させることはできません。課題解決に向けた議論のなかで、ビジョンを積極的に使っていくことで初めて、理念を共有することが可能になる。たとえば、CO2削減という課題にしても、各ビルで最適化するよりも、街区で最適化していったほうが効果的な場合が多いのです。そこで活きてくるのがビジョンのロードマップで謳う、(1)「環境関連データのセンシング・蓄積・活用」であり、(2)「環境・エネルギーマネジメントシステムの構築」です。街区での環境センシングやエネルギーマネジメントをいかにコーディネートして、包括的に運用していったらいいのか、複数の課題をともに考えるためのツールとして、ビジョンを積極的に活用していくことが肝要でしょう。
―環境対策の包括的な取り組みが可能になると、具体的にどういった点が変わってくると思われますか?
従来、環境問題解決のために精神主義的に我慢を強いられてきたことも、快適に変えていくことができるでしょう。たとえばビル間での「熱融通」を含む街区単位での取り組みや排熱利用、モニタリングに基づいたきめ細かな制御を活用することにより、一律に冷房を28℃に設定して皆が暑い思いをしたり、照明を消して気持ちを暗くしたりすることなく、快適さを保ちながらCO2 を減らすことが可能になります。環境センサーを活用したモニタリングによって、何が科学的に効果的で、何が精神主義的な行動なのか、ということが明らかにすることができるのです。
たとえば、大丸有で行っている「[[打ち水プロジェクト]]」は、実際に気温を下げる効果はそれほど大きくないけれど、地域の意識を高めるうえでは重要な役割を果たしています。ところが、これが暴走して、つねにビルの壁面に水を流しておく、ということになると、かえってエネルギーを使いかねません。[[屋上緑化]]も、意識やアメニティを高めるという意味では非常に有意義ですが、残念ながら、屋根面積の少ない大丸有地区では、[[ヒートアイランド現象]]をすべて解消するほどまでには効果はない。当然、都心の大丸有地区にメガソーラー発電施設をつくるのも現実的ではありません。
むしろ例えば、大丸有地区と提携した地方の都市にメガソーラー施設をつくり、その電力をやり取りしたほうがいい。メガソーラー事業を証券化し、小口化商品化することで個人の出資者を募るなどして、大丸有コミュニティ全体として共同実施*1 するというのも一つの考え方です。大丸有の人たちがグリーン電力を買って、大丸有を支えている他の地域に貢献する――これは、ビジョンで掲げた、「他の地域に支えられていることへの、責任を果たすまち」を実現するものでもあります。
―エネルギー供給側の分散電源をうまくマネジメントし、需要側がそれを無駄なく使うことができれば、スマートグリッドが実現できますね。
ええ。ただし、再生可能エネルギーというのは変動が大きく、扱いにくいものですから、全体の系統に負荷をかけないように、できるだけ地場で消費するのが望ましいのです。先ほど申し上げた、地域間のエネルギーのやり取りは、むしろヴァーチャルでかまいません。
重要なのは、エネルギー需給を核にして、環境コミュニティを創出することにある。たとえば、提携地域の物品を大丸有で売るとか、[[丸の内朝大学]]の地方研修施設やグリーンツーリズムの場として交流を深めるなど、メガソーラー事業を通じて、エネルギー問題だけでなく、さまざまな取り組みへと拡げていくことができればと思います。
*1 共同実施
複数の国や地域が、技術や資金を持ち寄り、共同で事業に取り組み、全体として温室効果ガス削減に貢献すること。削減できた排出量を、それぞれの国や地域の削減分として再分配できる。
―今後さらに、持続可能な環境共生型のまちづくりの議論を活発にしていくためには、どのようなアイディアが考えられますか?
やはり情報発信が有効でしょう。この「丸の内地球環境新聞」も含め、さまざまなメディアを通じて議論を重ね、情報発信をしていけば、必ず応援団が出てくると信じています。
また、大丸有に隣接する地域を巻き込んでいくのも手でしょう。神田や銀座のように大手町とは空気の違う町に、大丸有エリア企業の社内ベンチャーのアンテナショップを置くとか、特区的な役割を担わせるなど。
というのは、大丸有のライバルは、ロンドンやニューヨーク、上海などの国際都市といえますが、それらの都市の魅力は、一言で言うならダイバーシティ=多様性にあるわけです。東京の多様性を支えているのは、大丸有であり、隣接する神田であり銀座であり、浅草であり、と考えると、むしろ大丸有だけに囲い込むことのほうがもったいない。多くの人に積極的に東京の多様な面を体験してもらい、結果的に大丸有のファンになってもらうのが理想的ではないでしょうか。効率的なオフィスをいくらつくったところで、インターナショナルスタンダードとしてのパフォーマンスは認められても、ダイバーシティなくして都市の魅力を創出することはできないと思います。
―隣接地域を巻き込むために、具体的にどのようなことができるでしょう?
第一に、交通システムの活用です。現在、大丸有地区を走っている丸の内シャトルを隣接地域まで走らせるとか、コミュニティサイクルの導入などが考えられるでしょう。
コミュニティサイクルについては、今年の10月から5カ所で乗り捨て可能なスポットを設け、運用が始まりますが、これなどは面白い試みですね。自転車で走ってみると、東京はじつに多様で魅力的なことがよくわかります。そもそも東京というのは、世界のメガシティの中では地下鉄網の発達により、交通に関してはもっとも環境効率のいい都市ですから、大丸有のような交通結節点となる都心地区には、さらにオフィスを集積させてもかまわない。むしろ、今後のコンパクトシティ化に対応するためにも都市機能をさらに集約させ、一方で公共交通機関をより充実させ、[[電気自動車]]の充電ポイント*2 を設けたり、オンデマンドバス*3 のシステムを整備したりするなどして、より効率的に移動できる多様な手段を設けることが望ましいと思います。
このように、今後は交通とエネルギーといった具合に、複合的な課題を一つのストーリーにまとめる必要が出てくる。だからこそ、全体のビジョンを共有することが不可欠なのです。もっとも現状では、ビジョンに従わなかったからといって規制を受けるわけではないのですが、今後は、ビジョンに従わないことが、メンバーシップから外れるなど、結果として社会的な制裁を受けることになるくらいに、ビジョンが広く認知されていくことになればと思っています。そのためには、さらに多くの人たちにビジョンづくりに参加していただくことで、自分たちの環境ビジョンである、という実感を共有しながら、ともに考え、行動していければいいですね。
*2 充電ポイント
電気自動車用の充電設備がある場所。新丸ビルや丸の内鍛冶橋駐車場も含め、エリア各所のビル駐車場に充電器が設置されている。
「いいことをしていると、必ず、賛同してくれる応援団がついてくると信じています。 ちょっとロマンチストすぎるかなぁ......」と、はにかみながら笑う野城先生。 理想を追い求めながらも、現実にできることと、できないことを冷静に見極め、 よりよい道を探ろうとされている野城先生の真摯な姿勢に、とても感銘を受けました。 取材を終え、東大・先端研の中庭で先生のお写真を撮影していると、 秋風に舞う無数のトンボの姿が??。 渋谷からほど近い場所にありながら、ちょっとした緑があるだけで、 動植物の生息域になるということ。 改めて、東京の多様な魅力を感じたひとときでした。