現在、サスティナブルな社会実現と経済成長の両立を目指そうと、各国で社会インフラの刷新が重要な課題となっている。そうしたなか、日本政府は新成長戦略のなかで、スマートグリッドやグリーンモビリティなどによって実現される最先端の社会インフラを、日本発の技術として、基盤技術からソフトまで丸ごとパッケージ化して、主にアジア諸国に対して提供したいとする「パッケージ型インフラ海外展開」を掲げている。
一方で、「世界へいい波紋を広げるまち」を目指す大丸有においても、都市のショーケースとして、サスティナブルなまちづくりのノウハウをパッケージ化して提供することができるのではないだろうか。1000年続くまちを目指す、大丸有のインフラビジネスにおける新たな役割とその展開について議論する。
野城: まずは、内閣官房国家戦略室での町田さんの役割と、新成長戦略におけるパッケージ型インフラ海外展開についてお聞かせください。
町田: 私はこれまで、新成長戦略の一環として、アジア経済戦略、主にパッケージ型インフラ海外展開を担当してきましたが、国家戦略室では、昨年10月に再編があり、現在は総理のシンクタンク機能を強化する目的でつくられた総理補佐チームに所属しています。現状は7割くらいが総理補佐チームの仕事、3割が引き続き、企画立案・調整チームでインフラの仕事に携わっているという状況です。
成長戦略には7つの戦略分野があり、成長の起爆剤として位置づけられているのが、「グリーンイノベーション」と「ライフイノベーション」の2分野です。そのほかに成長のフロンティアとしての「アジア」と「観光・地域」、そしてこれらの4つの戦略分野を支えるプラットフォームとして「科学・技術・情報通信」、「雇用・人材」および「金融」の3分野が位置づけられています。さらに、この7つの柱のブレイクスルーにつながるものとして、21の国家戦略プロジェクトが策定されています。この中の一つ「アジア」に対するコアな政策として掲げられているのが、「パッケージ型インフラ海外展開」です。
ご存じのように、現在、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)、FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)など、包括的経済連携の動きがあります。「アジア」では、このように (1)貿易・投資に対するシームレスな交易環境をつくるとともに、 (2)標準化や基準認証等、日本企業が活動しやすい経済環境をつくり、 (3)日本に強みのあるインフラ分野で海外展開を図る、 (4)同時に「内なる国際化」を進めながら、 (5)国家ブランド戦略を打ち立てて、アジアのボリュームゾーンに打って出るという筋書きです。パッケージ型インフラ海外展開というのは、この攻めの部分を担うプロジェクトといえます。
実は、パッケージ型インフラ海外展開の考え方は、新成長戦略の哲学とよく合致しているんですね。従来、環境や高齢化というのは、社会的な制約要因だと捉えられてきましたが、新成長戦略では、むしろそれらを成長の機会と捉え直して強みに変えようとしている。また、かつての護送船団方式ではなく、また、市場放任でもなく、多様なマルチステークホルダーが多面的に協力しあいながら問題を解決していく、その流れの一つとして「新しい公共」といった概念を採用しようとしている。さらに、新興国との付き合い方についても、ただ果実を刈り取るのではなく、互いに知恵を出し合って、ウィン・ウィンの関係でサスティナブルな成長をしていこうとしている。パッケージ型インフラ海外展開は、まさにこれら3つの視点を念頭に検討されてきたのです。
では具体的にどのように進めていくのか。まずは、情報の一本化と共有です。海外ネットワークを一本化するために、在外公館にインフラプロジェクト専門官を置き、情報の集約化を進めています。その上で、戦略立案・意思決定を行う「司令塔」として、パッケージ型インフラ海外展開関係大臣会合を設置し、さらにその下の幹事会で各省の審議官や局長クラスが集まり、平場で協議・調整する場を設けています。また、大臣会合や各省では民間有識者からの意見を丁寧に聞いています。
なぜこのように省庁横断で官民連携による動きが必要なのかというと、モノを売っておしまいという時代ではなくなってきたからです。最近は、事業の運営管理も含めた入札、いわゆる事業権入札が増えてきたと同時に、たとえば、原子力発電所なら、発電所の運営からウランの調達や再処理、時に周辺道路や港湾の整備までをも含めてパッケージで提案する必要が出てきている。アメリカではいち早く、1992年にNational Export Strategyを打ち出し、TPCC(Trade Promotion Coordinating Committee)という機関が全体調整の役割を担っていますし、フランスや韓国など、他の国でもそういった動きがあります。そうした中で、一昨年、UAEの原発を韓国が、昨年はベトナムの原発(第1期)をロシアが受注したことが、この戦略策定の大きな引き金になっています。
野城: 私たちエンジニアも同様の問題意識をもって、深刻に受け止めているのですが、正直申し上げると、戦略が現実とかけ離れていて、美辞麗句を並べているように感じるところがあります。というのも、日本にはパッケージ化を進める上で必要な、リスクの内容や評価を契約の専門家に伝えつつ交渉ができる人材が圧倒的に不足しているので、その育成が急務だということを言い続けているのですが、その声は中央の方々に届く前に途切れてしまうんですね。そのために結局は海外の国家的大規模プロジェクトで大失敗してしまうということが出てきてしまうのだと思います。
町田: おっしゃる通り、特に全体としてどうやって儲けていくのかという視点が重要だと思います。特にポリティカル・リスクの評価や対応については政府部門からのサポートが必要ですし、環境リスクや採算性リスクなど専門性が必要な分野については、関係者を交えて議論・確認する枠組みが必要だということで、早急に基盤整備を進めているところです。
野城: 銀行など金融機関・投資家から見えるリスクと、技術者から見えるリスクは違うわけで、それらを併せたリスクにちゃんと対応していくことが重要ですね。甘い言葉を並べるだけで通用するほど世界は甘くありません。日本の弱みを補完するための能力構築や連携に対してしかるべき投資をしていくことが重要です。私たちはもう一度、地べたに這いつくばって、マイナーリーグからメジャーリーグに這い上がっていくような、ひたむきな気持ちがなければならないのに、皆が昔の成功体験に縛られて、自分たちのやり方を変えようとしないのは大いに問題だと思います。もっと知恵を絞らなければ。
たとえば、[[環境共生型都市]]づくりをパッケージ化して海外に売っていく場合、自分たちの提案や能力をきちんとプレゼンテーションしていくことも重要だと思います。いくら日本の企業が、こんなにいい環境技術がありますよと言ったところで、実物や実例がなければ海外に売り込むのは難しい。その場合に、その[[環境ショーケース]]として、大丸有を活用することができるのではないかという話があります。
町田: 海外でプロジェクトをやるときには、実績を問われる部分が大きいので、大丸有をショーケースに、というのは非常にいい提案だと思います。ただ、単に実績を見せるだけではだめで、他国の実績や長所、短所を吸い上げて、集約していくことが必要だと考えています。
たとえばシンガポールの取り組みなどはとても参考になります。まず、マレーシアからの分離独立後の国づくり、まちづくりに関して、東京23区ほどの面積の国土を、どういう経緯で開発をしてきたのか、またどういう想いでつくりあげてきたのか、ということを経済開発庁の幹部クラス全員が一人ひとり自分の言葉で語れます。シンガポールでは、この政府部門における知の集積を活用しようと、政府系のコンサル会社としてシンガポール・コーポレーション・エンタープライズという組織をつくり、ここを窓口として国家間プロジェクトを進めています。
環境共生型都市といっても実に多様なまちづくりが考えられます。エコを目指した環境都市なのか、環境と健康を組み合わせた高齢化に対応したような都市なのか、IT産業や研究者が集うナレッジ都市なのか、あるいは医療ツーリズムなども含めた観光都市なのか、コンセプトはいろいろですよね。シンガポールは、その窓口機関を通じ、そういった相手方のニーズをきちんと汲み取るとともに、まちづくりのコンセプト固めから関与します。そして、そのソリューションとして、シンガポール企業の参画を促しながら、必要な技術・設備などを上手くインテグレートしていくのです。また、まちづくりはいわば不動産ビジネス。不動産会社が主導して参画しているところも特徴的で、1社で受注しきれない場合は複数社で協力し合いながらリスクシェアをしています。水や蒸気、電力といったもの単体で受注するのではなく、不動産をコアにしたビジネスモデルを構築してオールインで儲けようという。彼らは、どこで利益を出すのか、きちんと青図が描けているんですね。特にこの点は日本に欠けている要素だと痛感しています。すなわち、シンガポールは、相手国のニーズ把握、コンセプト作り、システム・インテグレーション、利益を生み出すビジネスモデルといった一連の形を持っているのです。
野城: 新成長戦略が絵に描いた餅で終わるかどうかは、現状の日本では手薄なシステム・インテグレーターや、さまざまな人・組織・情報・経営資源を集めて束ねていくようなアグリゲーターが活躍できるかにかかっていると思います。そういう意味では、大丸有の特殊性を活用してシステム・インテグレーターや、アグリゲーターの能力構築をしていかない手はないのではないでしょうか。大丸有には、他の業務都市にはない歴史の積み重ねがある。また公共交通機関に関しては、他都市には類を見ないほど集中している。確かに、シンガポールほどの強力なリーダーシップはないにしても、三菱地所が先導して協議会をつくり、十数年かけて地道に環境共生型のまちづくりに取り組んできた。実際にそれがまちのブランド力を培ってきました。このような都市は大丸有をおいてほかにはありません。今や外資系を中心に、環境価値の高いまちがオフィスの選択ポリシーの一つとなっていますが、そういった観点から大丸有が選ばれているという実績もあります。
町田: 環境に配慮している会社が集まるというのは、大きな売りですね。日本の企業は財務諸表にきちんとCO2排出量を記載していますので、利益当たりのCO2排出量として、リターン・オン・カーボンが計算できる。これがワールドスタンダードになれば、リターン・オン・カーボンの高いまちである大丸有にオフィスを構えるというのは重要な選択肢の一つになるでしょう。今後は、[[環境ショーケース]]として、大丸有がどこにフォーカスして売れるのか、きちんとターゲットを決めて、まちの特徴を磨きあげていくことが重要ではないかと思います。
野城: 現在は生産拠点が海外に移ることで、生産技術の流出が問題となっています。一方で簡単には流出することがないのは、オペレーションデータを解析し、それをマネジメントにフィードパックするというノウハウです。つまり、藪医者は患者の詳細なデジタルデータを見ても正しい診断が下せないけれど、名医であればそのデータを優れた医療サービスにまで昇華できる、ということです。日本は従来の考え方を変えて、そういう役割を担う存在になっていくことを目指すべきなのだと思います。昔と同じ方法では勝てないと、意識を変えていく必要があるんですね。
意識を変えるという意味では、先ほどのシンガポールのように、先方のニーズをよく汲み取ることも重要だと思います。先日、鉄道とITSをやっているうちの大学の教授が、北京から帰ってきて、浮かない顔で日本の新幹線について嘆いていました。確かに車両をつくる技術はドイツと日本にあるけれど、一旦、運行をはじめれば、独自の運用技術が生み出されていっている。というのも、彼らは無人のセンサーを活用して、技術者の数が少なくてもきちんと運行できるシステムを構築していて、なおかつ、日々それをブラッシュアップして自らの技術にしているというんですね。そこでは、日本の箱庭的、芸術品的な新幹線システムと別種の技術システムが独自に日々練り上げられているのです。
町田: おっしゃる通りで、海外では、日本のように、のぞみとひかりとこだまを同時に、しかも3分おきに時速200km〜300kmの新幹線を走らせるという、高度な運行管理は必要とされません。せいぜい10〜15分間隔に走らせるのであれば、高性能な運行管理システムはいらないんですね。特にアジアでは、ハイスペックで高コストなものづくりは求められていないのが現状です。
野城: こうした危機感を背景に、現在、東大では知識集約を進めようと、インテグレーターとして活躍できるような人材育成を目指したスクールを立ち上げようと、サポーターを募るために民間企業を回り始めています。その折、ある建設会社の方から、「あなたが育てようとしているのは、スーパーマンみたいなもので、無理ですよ」と言われてしまった。でも、本当にそうでしょうか? 現場を知り、海外プロジェクトに関するスキルをもつスペシャリストが窓際に追い込まれている可能性だってある。もう一度、人材を見直し、チューンアップしていくことも必要でしょう。また、1社では無理でも、大手企業が何社か集まって、インターンシップを経験した学生の受け皿になるとか、海外ボランティアなど、タフな経験をしてきた学生を積極的に採用するといったことも、ぜひしてもらいたいですね。
町田: 海外のプロジェクトというのは、最終的には現地化しなければならないので、現地の人を含めてマネジメントしていく、そういう能力も必要です。日本の場合はそこが非常に苦手で、言葉の問題に加えて、エンジニアリングを含めて、どの程度現地に任せるのかまだ試行錯誤です。シンガポールのハイフラックスという水事業の会社などは、中国各地で30〜40のプロジェクトを動かしていますが、中国全土でその会社のシンガポール人は10人程度しかいないんですよ。
そうした人材育成も含めて期待しているのが、国内の新たな動きです。経団連が主催している「未来都市モデルプロジェクト」、前東大総長で現三菱総合研究所理事長の小宮山宏さんが発起人となって設立された産学連携の「プラチナ構想ネットワーク」、政府が新成長戦略の国家戦略プロジェクトとして位置づけている「環境未来都市構想」など、さまざまなレイヤーで動き出していますので、それぞれが競争し合いながら人材を含めて育てていくことが理想だと思います。
競争というのはとても大切で、大丸有も競争相手とともに経験を培っていくことが重要ではないでしょうか。しかも、その経験や暗黙知が大丸有に集まるようなしくみをつくっていく。たとえば、年に1回、10都市くらいの主要都市を集めて、全体会議を東京で開催するとか。そうすれば、経営トップなどの首脳陣も感化されて、意識改革がより進むと思います。
野城: 基本的には賛成なのですが、競争というのは難しい面があります。というのも特に日本の場合は今後、人口が減少していって、地域間競争をやると、明らかに優勝劣敗になってしまう。大丸有は日本の中では強すぎるのです。一方で、アジアの国との競争となると、大丸有は勝ち続けなければ、[[環境ショーケース]]としての役割を果たすことができなくなる。だったら発想を変えて、お隣の神田など、全く性格の異なる周辺地域と共存共栄の相互依存関係をつくっていくことが有効ではないかと思っています。たとえば、神田にアンテナオフィスをつくって、本社ではできないような試みをやってみるとか。
町田: 確かに現在、1億3,000万の人口が、しばらくすると9,000万人となり、2100年には、低位推計で明治維新の頃と同じ3,000万人台になってしまうという試算もあります。わずか200年の間で、日本の都市は人口の劇的な変化に対応しなければならないと。つまり私たちがやらなければならないのは、田中角栄の列島改造計画とは真逆のプランをつくらなければならないということ。人口は減るけれど、集中は続く。となると、周辺地域との関係性をどう再構築していくのか、ハブ&スポークの関係をいかにつくるかということが重要になります。今後は、2か所住宅、在宅勤務のような、多様な生活形態を視野に入れたまちづくりをしていく必要がありますね。
野城: 多様性というのは、[[環境共生型都市]]づくりにおいて、重要なキーワードです。たとえば、現在、プラチナ構想に参加されている町に、北海道十勝の大樹町があります。過疎地域ですが、食べ物は美味しいし、相互扶助の精神もあってとてもいい町なんですね。この町では、町と一般財団法人生活環境研究センターが協働し、現在『わがやの「省エネ」コンテスト』が進行中で、高気密・高断熱化のリフォームや、太陽光発電、エコキュートとなどを活用して、省エネに取り組んだり、インターネットでそれをモニターして各戸でパフォーマンスを競い合ったりしながら、地域全体の能力構築に挑んでおられます。
この町にお住まいの翻訳家の方がいらっしゃるということなのですが、週に1度は十勝空港から羽田に飛んで、東京で打ち合わせをされている一方で、乗馬など十勝の生活も満喫されているのだという。過疎地に住まい、地域を支えつつ、東京と仕事をする。そういうライフスタイル、ビジネススタイルが一般化していけば、子どもをもつ女性の社会参加も促進されていくでしょう。こうした新たな働き方を可能にするのは、交通の結節点に業務機能が集中していればこそです。
町田: 単に環境というだけでなく、少子高齢化など、ライフスタイルの変化に対応する都市づくりがあれば、他国においてもソリューションとして提供できますよね。中国やインドも、じきに少子高齢化に突入しますし、単に環境というだけでなく、環境にさらに付加価値をつけた新しいアプローチがあれば面白いと思います。
野城: 先ほどの在宅勤務というのは、オン・オフの切り替えなども難しいし、精神的にキツい面もあるといいます。そうであるなら、保育園と隣接したオフィスをもっとつくるとか、個人向けの時間シェアリングのオフィスを用意するとか、多様な働き方に向けた都市のあり方というのも、考えられるでしょうね。
町田: 藻谷浩介氏が『デフレの正体』の中で指摘されているように、生産年齢人口の減少は国内消費の低迷にも影響を与えている。そこに処方箋を打つためにも、しっかりとした社会保障制度をつくるとともに積極的な労働市場政策を組み合わせることが重要であり、まさに女性や経験を積んだ高齢者に働いていただくことが肝要だと思います。女性やシニア世代の人が働きやすいまちづくりというのは、今後の都市の大きな課題だと思います。
野城: 東京でオフィスに隣接した保育園といった場合難しいのは、通勤の問題ですよね。都市が大きすぎるし、満員電車に子どもを連れて乗るのは難しい。イギリスの地方都市などでは規模が小さいので、共働きでも子どもを保育園に預けながら仕事をするということは普通だし、共働きだから子どもをつくらないなんてことはあり得ません。東京の場合は空間構造的に難しい問題はありますが、郊外のハブやオフィスシェアリング、高速公共交通機関などの活用で、新しい解決策を見つけていけたらいいと思います。そのための情報交流や社会実験も必要でしょう。
町田: 今はまさしく人が多様に働ける時代ですから、高齢者や女性が働きやすい環境というのを、大丸有だけでなく、周辺地域との関係でつくっていくというのは、非常に意味があることですね。公共交通機関が集中するという大丸有の利点を上手く活かして。
―本日はお忙しいところ、ありがとうございました。
私自身が在宅勤務であり、東京に、時間シェアリングができるオフィスがあれば、非常に便利だと思う。単に環境に配慮するだけでなく、大丸有がより多様な働き方をする人やクリエイターたちが集う都市になれば、間違いなく都市のショーケースとして海外に誇ることができるだろう。