「クリエイティブ・クラス」(知的生産を担う社会階層)が主導する経済とともに、そうした人びとが好んで集まる都市(クリエイティブ・シティ)が注目を集めている。ファッションやアート、デザイン、メディアなど多様な分野のクリエイターが集い、先端文化を創造、発信し続ける「渋谷・青山」のまちづくりに長年携わってきた青山学院大学の井口先生に、大丸有がその潜在的な機能を発揮し、存在価値を高めていくための方策等についてお話をうかがった。
クリエイティブ・シティには「集積→交流→展示→創造→発信」といった機能のサイクルが内在しています。大丸有の特徴をハード面から見ると、先端的なビルが集積し、多くの人が集まってきていますので、集積・交流においては一定のレベルに達している。次は展示でしょうか。たとえば都市空間の面白いつくり方や使い方のモデルを多くの人びとに見てもらう。そこに四番目の創造機能が加われば、さらに存在価値が高まるでしょう。発信機能においては、まだ課題がありそうです。
一方、ソフト面から見たとき、三つの特徴をあげることができます。第一に知的で均質な人材が集まっていること。高学歴のビジネスパーソンですね。第二は日常生活や社会一般との距離感があること。第三は海外との緊密なネットワークがあることです。第一と第二の特徴は裏表の関係にあります。同質・同レベルの人たちとの交流は、共感が得られやすく効率的である反面、そこから一般社会に求められるものが創造される可能性は少ない。B to B関係の商品やアイデアは出てくるでしょうが、なかなか社会全体を大きく変えるようなものを創造するのは難しいのではないか、と見ています。
第三の海外ネットワークは大きな強みですね。大丸有にはグローバルに事業を展開する企業が多く、海外での経験が豊富な方も多いでしょう。ですから、海外から見た日本として、いま何が注目されているのかを、ほぼリアルタイムで感じとれる。それを企業の現場サイドや一般の生活者につなげることができれば面白いと思います。そのために、多様で異質な人たちとの交流を積極的に図っていく必要を感じます。
丸の内朝大学は、エリアの創造機能を高めることにもつながり得る興味深い取り組みです。受講生は、そこで得た知識や情報を自らの生活の場において実践し、活用してみる。そこから一般の生活感覚で物事を見ることができるようになり、その感性が職場にフィードバックされる、といった構図が期待されます。
さらに丸の内朝大学は、クリエイティブ・クラスを志向する個人の意識変化の上に位置づけることで、その価値が一層鮮明になります。―会社はつまらない。思うような仕事をさせてもらえないし、評価もされない。上下関係は複雑で面倒だ。家庭にも居場所がない。奥さんは子どものことばかり。会社と家庭以外の場所に自分らしさを見つけられる空間がほしい―こんな思いを持つビジネスパーソンに、丸の内朝大学は貴重なコミュニティを提供し得るのです。
ひと昔前のビジネスパーソンは、駅前の赤提灯で飲んで憂さを晴らしてから自宅に帰るという行動を通して、自分なりの(赤提灯の常連客としての)コミュニティを持っていました。このようなコミュニティを丸の内朝大学ほか大丸有全体で提供できれば、大きな意味があると思います。仮に、そこから何かが創造されるならば、それがクリエイティブ・シティの始まりとなります。
クリエイティブ・シティをつくること自体を目的にすると、それは「仕事」になってしまいますし、思うような結果を出すことは難しいでしょう。むしろ、ビジネスパーソンが個人として共感でき、それぞれがやりたいことを自然にできるようなコミュニティをつくってあげれば、それが自然とクリエイティブ・シティにつながっていくのです。
近代以降の日本の節目、すなわち国民的規模で意識の変化を共有することになった出来事は、明治維新、第二次世界大戦、そして今回の東日本大震災です。環境問題への取り組みにしても、これまでの社会は戦後復興の流れでやってきました。しかし大震災をきっかけに、まったく違った方向に転換しつつあります。大丸有も、その例外ではありません。
そこで今後、大丸有が真剣になって取り組めることを例示するならば、それは「防災」と「エネルギー」でしょう。東日本大震災によって、企業もビジネスパーソンもその地域やコミュニティの構成員であることを強く意識することになりました。1年365日のうち相当な時間をその場所で活動している以上、安全・安心は最も気になるところです。そのためなら、企業の論理で考えても真剣に参画、交流できる。都市の防災性の向上や、エネルギーを浪費しない生活、あるいは自然エネルギーの開拓を目指すというなら、企業間はもちろん、社会一般との意識の違いはない。また関連する知識・技術・ノウハウがエリア内に豊富にあり、かつ助け合いとしての企業間の交流も活発になるでしょう。惜しまずに提供する中で、新しい知識が創造される可能性も高まります。
日本のビジネスの中心である大丸有におけるそのような動きは、非常に大きな社会的インパクトをもたらします。とりわけ海外に向けて発信していくことは、観光面や金融面などでの日本の評価に大きな意味があるはずです。この分野で各企業やビジネスパーソンのクリエイティビティが十分に発揮され、実験され、さらに新しい産業の創出にも結びついていく。それこそが、クリエイティブ・シティとしての大丸有の一つの姿ではないでしょうか。
冒頭、大丸有には均質な人が集まっているとお話ししました。第一線のビジネスパーソンは、おしなべて有能なジェネラリストです。ファシリテートに長けたジェネラリストが集まるこのエリアで、もし新しい価値を生み出そうとするならば、スペシャリストあるいはクリエイター、イノベーターを、新たに企業の内部に生み出す仕組みが必要です。
次に何をつくればよいかがわかっている時代には、ピラミッド型の組織が有効に機能していました。いまは何をつくり提供すればよいのかがわからない時代であり、ジェネラリスト集団だけでは対応できない。アイデアを次々と生み出し、その場で試行錯誤を即座に展開できるようなフラット型のスペシャリスト集団も強く求められているのです。
まちづくりの分野において私がずっと関わってきた東京の渋谷や青山は、いまやクリエイターを引き寄せるメッカのように言われていますが、かつてのクリエイティビティの中心は銀座とその周辺部でした。拙著『青山文化研究』(宣伝会議)に詳しく紹介した通り、銀座の中心性は、大スポンサーである百貨店やメディアとしての新聞社が集中していたことからくるものです。しかし東京オリンピック以降、新興企業は都内の各所に立地し、かつ一般の社会や生活者にさまざまなアプローチを試みるようになりました。百貨店の宣伝部にいた社内クリエイターたちは、新しい表現を求めるために、ピラミッド型の組織を抜け出して渋谷や青山に新天地を求めることになり、彼らやその仲間たちが、現在は銀座の仕事もとるようになっているのです。
次に何をつくればよいか考えるところから始めなくてはならないクリエイティブ経済においては、広告宣伝部門だけでなく、生産や営業の現場をはじめ、本社業務においても、ピラミッド型組織のメリットが失われつつあります。軍隊的なものを崩して、自由にヨコにつながれるような形にすれば、それぞれの企業や部署においても創造機能を発揮しやすくなります。たとえば、先ほどお話しした防災やエネルギーという共通のテーマで、企業間やビジネスパーソン間の交流を活発化する。その過程で組織が変容し、かつて銀座と青山との間であったことと逆方向の現象が起きれば、大丸有は創造的なエリアとして進化を始めるでしょう。
その際、ハード面で大丸有にいま何が必要かと問われれば、私は「場所」であるとお答えします。それも芝生の広場のような所です。要は、不特定多数が集まれる何にでも使える空間ですね。必ずしも屋外である必要はなく、たとえば地下街の中でもよい。大事な点は、「ゆるい空間」であること。大丸有はあまりにも整然としすぎており、隙がなく敷居が高い。それを崩すような空間にする必要があります。その空間に社内で生み出したスペシャリスト、クリエイター、イノベーターが日常的に立ち寄り、会話し、何となく時間をすごすことが奨励されるような、そうした雰囲気が出てくればいいですね。
最近の丸ビルや新丸ビルは、魅力的なお店を増やすことで足もとを工夫しているので、だいぶよくなっていますが、全体にもっとゆるいイメージを出せればと思います。大手町の公共用地や東京駅あたりが候補地でしょうか。それにしても大丸有の顔としての東京駅のイメージが硬い。ゆるい空間づくりにもっと貢献してもらってもよいのではないでしょうか。歴史的景観の保存というのは、明治から戦前の価値観に固執している古いイメージを周囲に与えています。もちろん赤煉瓦の駅舎には歴史的価値があるのでしょうが、同時にこれからを生きる人びとにとっての新しい価値というものにも配慮する必要がある。建築家は日本の近代化に貢献しましたが、現代化の大きな障害になっています。東京駅とその直近のあり方については、本気で見直す必要があると思います。
クリエイティブの面で大丸有に決定的に欠けているのは発信機能であり、それは若者とメディアの存在に関係します。ブラッと遊びに来る若者がいない。大きなテレビ局もありません。もっともテレビ局も若者の視聴を求めて悪戦苦闘している時代ですから、若者の動きが鍵となりそうです。
かつてのメディアの機能は情報の発信だったわけですが、いまでは交流や創造の手段として大きな役割を果たしています。交流の仕方やコミュニティも変わってきており、昔なら居酒屋やクラブだったのが、いまやスマートフォン。最近の20代の若者は、飲み会やカラオケ、踊りなんかにも以前ほどは行きません。TwitterやFacebook、USTREAMなどスマートフォンを通じて広がる人とのつながりが中心です。もちろんリアルな場所も必要ですが、その連絡手段もスマートフォンになります。
若者を引きつけるコンテンツの一つにファッションやアートがありますが、それもメディア的にはメジャーでないほうがよい。大丸有で活動するアーティストは、実績と社会的評価のあるメジャーな人ばかりです。AKB48の生い立ちを見てもわかるように、いまの若者は自分のちょっとだけ先を行く、手を伸ばせばすぐ届くような距離にいる才能に、ワクワク、ドキドキするんです。
実はここ青山学院アスタジオは、学生にとっての居酒屋やクラブに代わる文化的コミュニティをつくろうという狙いで私が中心となって企画し、設置したものです。若者が伸び伸びと自由に活動できる空間をと考え、キャンパスから少し離れた場所につくりました。NHKにお願いしてサテライトスタジオまで誘致しましたが、学生に「自由にしていいよ」と言ったら、NHKとは別にUSTREAMで発信を始め、それが世界2位の視聴を獲得したりしています。大丸有の中に、こうしたビジネスパーソンを含め、若い人たちがルールを気にせずに、伸び伸びできる「解放区」をつくることは意味のあることだと思います。その際、企業や地権者などが気にする"管理"の部分をどこまでゆるくできるか。それが大丸有の交流・創造・発信機能の鍵となるでしょう。
ちなみに「若者=大学」と考え、大学やその一部を持ってくればよいとするのは必ずしも正解ではありません。なぜなら、大学自体が魅力を失いつつあるからです。大学で教えていることは、すでに10年前の事柄が多く、私を含めて教える側に魅力的な人がいない。ワクワクするような人が身近にいて、その人と盛り上がってプロジェクトが始められるような教育が必要ですが、それに成功している大学はほとんどないのです。
最近「クールジャパン」といって、日本の文化や食、製品などが国際的に評価され、たとえばゲームやアニメなどが外国人の支持を集めています。それらは海外から観光客を呼び込むコンテンツの一つになっています。渋谷の場合、駅前のスクランブル交差点やギャルの聖地と言われる109など、「クールジャパン」を象徴する独特な場所やお店があります。そういう演出に成功しているのは、この地域や社会がゆるいからです。漫画の中から飛び出してきたような格好をして歩いても何も言われない。そういう寛容なエリアだからこそ、若者たちは自由に表現し、その奇抜さに注目して外国人が集まってくるのです。
もちろん、同じことをそっくりそのまま大丸有でやる必要はありません。大丸有はむしろ企業やビジネスパーソンを通した海外とのネットワークという強みを活かす。つまり日本の玄関口として外国に出していくもの選択する、あるいは外から入ってくるものを最初に受け止め、銀座・日本橋、渋谷・青山あるいは地方につないでいく、といった機能を担うことが期待されます。言わば、都市文化におけるHub & Spoke のHubの役割です。東京はモザイク状の都市ですから、「ゆるい空間=解放区」をチャンネルにしてそれぞれの地区と連携できれば、東京の玄関口としての大丸有ならではの存在価値が出てくるものと思われます。パリはどこに行ってもパリ。海外の都市は皆そうです。東京は丸の内、銀座、お台場、浅草など、ひと駅ごとにいろいろな体験ができる世界でも珍しい都市です。数多くのユニークでクリエイティブな魅力を持つ地区からなる東京の中心にあり、その玄関口となり得る大丸有の機能的・地理的位置を改めて自覚し、その役割をしっかり果たしていかれることを強く希望しています。
整然と美しく機能的なビルが建ち並ぶ大丸有。しかし、そこで人びとが集い、交わり、何かを生み出して発信していくためには、効率や生産性といったこれまでの価値を見直す必要があるかもしれない。明治維新と敗戦に続き今回の大震災を日本の転換期ととらえる見方に、「これからが本番」という強さと可能性を感じた。