人間と都市・建築のサステナビリティ追求を通して、魅力ある都市をつくるため必要なコンセプトとは、どのようなものか―。
政府の新成長戦略で掲げられた「環境未来都市」構想では、未来に向けた技術、社会経済システム、サービス、ビジネスモデル、まちづくりに関し、世界トップクラスの成功事例の創出と国内外への普及展開を目指して検討が重ねられ注目を集めている。そこで、同構想有識者検討会の委員長を務める建築研究所の村上理事長に、環境・社会・経済という3つの価値を創造しながら、大丸有が目指すべき都市づくりの方向性について、ご意見をうかがった。
* この記事は、「大丸有CSRレポート2011」の巻頭特集「2050年へのまなざし」の完全版です。
大丸有地区は、20年ほど前から協議会をつくって官民合意型のまちづくりを進めてきたと聞いています。私も訪れる機会が多いのですが、江戸大名屋敷の区画割りをそのまま活かしながら、エリアを一体的に整備してきた成果がよく見てとれます。日本全国を見渡してみてもビジネスセンターとしてこれだけ整っているのは大丸有だけではないかと思います。個々の建築主の主権が強い日本では、景観を統一した美しいまちづくりがなかなかできません。ですからパリなどと比べ常々日本の都市の景観は貧弱だと言われてきました。しかし、こと大丸有に関してはエリアとしての統一性が十分に達成されています。しかもそれを民間の力で実現している。これは素晴らしいことです。
グローバルシティとして、ロンドン、パリ、ニューヨーク等と並び称されてきた東京ですが、大丸有はまさに東京のビジネス部門の代表です。大丸有のまちのあり方が日本の都市のあり方の一つのモデルである、そういう意識で今後とも一層優れたまちづくりを進めてほしいと思います。
一方、大丸有が他都市と決定的に違うのは住宅がないことです。最近では夜中でも大勢の人が滞在するようになりましたが、だからと言って実際に住宅があるわけではありません。しかし今後とも、大丸有に一般住宅をつくっていくことにはならないでしょう。大丸有はビジネスセンターの成功モデルなのですから、ビジネス以外に必要な都市機能は銀座や日本橋、神田、飯田橋、四ツ谷など周辺地区と連携、分担し合って、各々の地域の個性を磨くとともに全体としての機能充実を図っていけばいいと思います。
昨年、大丸有に新たに[[三菱一号館美術館]]が出現し、出光美術館やブリヂストン美術館などを含め東京駅周辺の文化施設の集積が進みました。ただパリなどと比べるとまだまだ厚みに欠けます。これは大丸有というより東京全体の問題かと思います。パリの市街が山手線の内側くらいの大きさの中にいろいろな用途がぎっしり詰まっているのに対し、東京は平均密度が低く、コンパクトではありません。東京の人は一度帰宅してから、その後まちに出てくることはあまりありません。総じて夜遅くまで働く日本人のワークスタイルの問題もありますが、物理的に通勤時間が長いことがネックとなっています。パリはまちがコンパクトなぶん、アフターファイブを遅くまで楽しめる。故にビジネスと娯楽がうまくかみ合っています。
今回の東日本大震災を契機に、日本ではむしろ都市機能の分散化議論が出ています。防災・セキュリティの観点からすると、確かに分散化は検討課題の一つです。ただ「都市の魅力」と防災は別の話です。なぜなら都市の魅力は、ハード的にもソフト的にも"集積"が大きな効果をもたらすからです。発達した交通網や快適な通信環境といったハード面の充実とともに、金融や法務等専門分野におけるサービスの多彩さ、ビジネス以外では医療や教育面の問題も含め外国人が満足できるサービス水準の質と量が魅力の源泉です。ビジネスから日常生活にわたる上質なサービスが提供されれば世界中の優秀な人材、資本が集まりだす。ヒト・モノ・カネが集まるようになれば、そこに新しい価値が生まれる。新しい価値が生まれると、また新しい人が集まってくる。この好循環のダイナミズムが、東京などのグローバルシティと呼ばれる都市の魅力の源泉なのです。
社会経済の発展に伴って主力産業が移り変わるのは歴史の必然です。これからはナレッジ・エコノミーの時代になります。それを支えるのはナレッジ・ワーカーです。海外の有力企業は社員に快適な就業環境、生活環境を提供することに投資を惜しみません。素晴らしい環境の中で仕事に励んでもらうことでビジネスが上向けば十分に投資回収ができると考えるからです。大丸有にはナレッジ・エコノミーの中心地として、海外から優秀な人材を集めることができる空間、サービスの提供を心がけて、それを実践してほしいです。
東日本大震災を契機に、BCP(business continuity plan=事業継続計画*1)が注目されていますが、私はこれにL(living、生活)を加えてBLCPを提唱しています。ビジネスの継続性は就業者の生活が継続しないと担保されないからLivingにもっと配慮する必要があると考えています。六本木ヒルズは大規模な自家発電設備が計画停電時に話題となりましたが、自家発の供給先に住宅棟が含まれていますから"BLCPに強いまち"と言えます。
*1 BCP(事業継続計画):企業が緊急事態に遭遇した場合、損害を最小限にとどめ事業の継続や早期復旧を可能とするための方法・手段をとり決めて、平常時から準備しておく行動計画。
六本木ヒルズは一つの優れた事例ですが、今後のエネルギー供給の仕組みやエネルギーの使い方に関して、もっと活発な議論が必要でしょう。その際のキーワードの一つが「分散化」です。既に空調の世界ではセントラル方式から分散型のビル・マル方式への転換が進んでいます。電力の分野ではまず分散型電源が議論の俎上に上がるわけです。検討のポイントは電力供給の安定性、防災性、省電力化や低炭素化への貢献等が考えられますが、私はそのほかに他産業への経済波及効果にも注目すべきであると考えています。
たとえば、アメリカではダイナミック・プライシング*2というサービスの導入がグリット網の建設やスマートメーターの普及を後押しし、スマートシティという形で大きな経済効果を生み出しつつあります。最終的には分散と集中を有機的に連携させるといった解決策が有効かと思いますが、社会全体の利益最大化を目指す上で何が一番合理的か、聖域を設けずに議論し、合意点を見出すべきであると思います。
*2 ダイナミック・プライシング:同じ商品・サービスの価格を時間の経過とともに変動させる手法。電力では、その利用状況など需要に応じて電気料金を変動させることにより、電力消費のタイミングをシフトする等の効果がある。
経済波及効果に関しては、政府が掲げる環境未来都市構想のテーマの一つでもある「健康」に関連して面白いデータがあります。たとえば断熱住宅と非断熱住宅とでは新築の際に100万円くらい初期費用の差があります。この初期投資を暖房費用の削減分だけで回収しようとすると30年程度かかります。しかし一方で、断熱住宅に住む人はカゼをひきにくくなる。非断熱住宅に住んでたびたび風邪をひきますと薬代や診察料という費用が発生します。断熱住宅ではこのような健康維持の費用が削減されます。私はこのような便益を、省エネというエネルギーの直接的便益でないという意味で、ノンエナジー・ベネフィットと呼んでいます。快適性や健康がもたらすベネフィットです。病気になりにくい、よく眠れる、そういう便益を金額換算して投資回収年数を計算すると約16年で回収できる計算になります。
健康増進の便益は個人にとっての利益にとどまりません。医療費は国が7割を負担しており、国にも大きなメリット、ひいては税金を納める国民全体の利益にもつながります。海外を含め優秀なナレッジ・ワーカーに自身の希望に沿う拠点に選んでもらう意味でも、健康サービスは大切です。
世界各国の都市を見て思うのは、自動車が発達する前に歴史を重ねてきたまちには心地良い空間が多いということです。アメリカの都市のほとんどは自動車による移動を前提につくられています。私の感覚ではどうしてもヨーロッパの都市のほうが魅力的に感じられます。一体その魅力はどこからきているのか。その主なる源泉は"スケール感"であると思います。ヨーロッパの歴史あるまちは自動車文化に耐えるだけの強さがあり、100%スポイルされなかった。人間が自分の足で行動するのに適切なスケール感でできあがってきた過去を大事にしています。歴史の積み重ねを蔑ろにせず、むしろそれを尊重しながら時代に適合させてまちを進化させています。
近年、アンチ・モータリゼーションの動きが漸くアメリカにも出ていますが、自動車をベースとしたまちの構造を変えるのは容易ではありません。ブラジルのクリチバの事例のように、歩行者専用道を大胆に導入したり、自動車を締め出し代わりにバス専用レーンを整備し公共交通を充実させるなど手法もあります。大事ことは合意形成の仕組みを大切にすることです。大丸有も仲通りをはじめ街路環境がだいぶ整ってきたので、自動車をうまく捌くことで"歩いて楽しいまち"に変身させることは検討に価する重要課題であると思います。
自動車中心のまちづくりは、コミュニティ形成の面でも成功してきたとは言えません。アメリカのアンチ・モータリゼーションの動きは、その反省に立っていると思います。いいコミュニティをつくることは大変難しいものです。日本で顕在化しつつある昔つくったニュータウンのコミュニティ崩壊問題は、モータリゼーションと無関係ではありませんが、むしろ開発の進め方にも原因があります。高度経済成長時代のニュータウン開発の多くが、一気に団地を建てて短期間に一斉分譲したため、時代とともに一様に高齢化してコミュニティが成り立たなくなっているのです。それと対照的に、千葉のユーカリが丘ニュータウン(千葉県佐倉市)のように非常にうまくいっている事例もあります。最初にモノレールなどインフラを整備してから、戸数を限定しながら段階的、継続的に分譲してきたため、若年層の人口も多く、幅広い世代構成になっています。
いずれにしても、コミュニティの崩壊はエリアのサステナビリティを損なう深刻な問題であることは、いまさら言うまでもありません。ビジネスセンターでありながらサステナブル・コミュニティを指向する大丸有の取り組みは、ハードルは高いかもしれませんが大変意義深いもので世界の模範になり得るものです。自動車中心ではなく、人が主役となるまちに、安心安全で歩きやすい快適なまちに、人と人との交流が盛んで社会的連帯感の強いコミュニティになってほしいと思います。そのためにはヒューマンスケールでまちをデザインしていく必要があります。明治以降、日本の近代化と経済発展を牽引してきた歴史を大切にしつつ、これからの日本の発展のために世界中のビジネスパーソンを惹きつける魅力あるまちづくりの努力を今後も続けてほしいです。
* 各インタビューイーの所属・役職は取材当時。
2004年をピークに人口減少に転じた日本。2050年には総人口が約9,500万人、65歳以上の高齢化率が40%と超高齢社会を迎える。同時に、環境・エネルギー分野では低炭素化と資源セキュリティの両面からの取り組みが求められるなど、従来の経済効率に偏ったまちづくりでは対応できなくなっている。2050年に誰もが活力を有するまちは、環境・社会・経済という3つの価値が並びたつ都市だろう。魅力ある都市は「ヒューマンスケールでデザインされた人間中心のまち」というコンセプトに深く共感した。