シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

日本の文化が育んだ"いのち"の光

"梅雨"と聞くと、何を思い浮かべますか。この言葉を聞くだけで、長雨が続く日々に憂鬱な気持ちになる方もいらっしゃるのではないでしょうか。自分にとっては、梅雨は待ち遠しく、1年で最も楽しい季節なのです。

ほたる見や 船頭酔うて おぼつかな

この詩は、松尾芭蕉の一句です。船頭が、船に酔っているのか酒に酔っているのかわかりませんが、ほたるが飛ぶ風景とほたる見の船がゆれている様子が目にうかぶようです。
そう。梅雨の楽しみというのはなんといっても"ほたる"です。
古くから詩にもうたわれている"ほたる"は、日本人にとって、とてもなじみ深い昆虫のひとつです。
(日本人のほたる好き、文化との関わりはまたどこかでお話しできればと思います。)

ほたるとは、どういう昆虫なのでしょうか

日本でよく知られているほたるは、ゲンジボタルとヘイケボタルです。山あいでは、ヒメボタルという種類も知られています。日本でほたるに分類されている昆虫は、亜種も含めて約50種類。ほたるの一番のイメージは「光る昆虫」ですが、ほたるに分類されている昆虫の大半は、成虫になると"かすか光る"か"光らない"ものが多いです。なかでも有名なゲンジやヘイケは、成虫が光ることで人気でもあります。

ゲンジボタルやヘイケボタルは、幼虫の時期を水中で過ごします。それだけでも、水とほたるが密接な関係にあり、梅雨を好んでいることも想像できますが、実は、ほたる50種類のうち、幼虫時代を水中で過ごすのは3種類しかいません。それだけ特殊な生活史にもかかわらず、代表的な種類となったのは日本の文化が育んできた環境と大きな関係があります。

その前にまずホタルの一生を見てみましょう。ほたるはカブトムシと同じ甲虫で、完全変態という一生を送ります。つまり、卵→幼虫→さなぎ→成虫 という段階を経て成長していきます(図参照)。この中で、幼虫の時期を水中で過ごすのですが、これが日本の風土にマッチしています。

日本の里地・里山を想像してみてください。民家の横にある畑、田んぼ。田んぼの横を流れる小川。少し奥に見える雑木林、これらは、人の暮らしを支えてきた里山の基本的な要素です。ヘイケボタルは田んぼのような止水に、ゲンジボタルは田んぼに水を引き込む小川で幼虫の時期を過ごします。そして、田んぼで稲作をする際の水の出入りの時期や気候がうまくマッチし、里山の暮らしとともに生活の場を広げてきたのが、ゲンジやヘイケのようなほたるでした。

ゲンジボタルやヘイケボタルは、日本人にと共に繁栄してきた生きものと言えるかもしれません。
ほんとは身近なほたるでしたが、高度経済成長をはじめとする日本人の生活スタイルの変化、農薬などによる環境の荒廃、里地・里山の開発による生息地の減少に伴い、その数を急激に減らしてきました。いまでは、山奥に行かないとみられないという印象もあるかと思いますが、本来のほたるの生息地は、人々の暮らしの中にあったものなのです。

昔はいたるところで、ほたるがたくさん飛んでいる光景が見られたのだと思います。

最近では、環境活動やほたるの保全活動が盛んになり、徐々に生息している場所がもどりつつあります。活動の多さから見ても日本人のほたる好きが見て取れますが、それが災いを招いているケースも見られなくはありません。業者により、天然のほたるが乱獲され、販売されたり、各地の鑑賞会に使われることで、本来の生息地が荒らされたりすることもしばしば聞きます。お祭りの花火と同じ感覚でほたるを見ているのかもしれません。

5月―――関東近郊では、ちょうどゲンジボタルの幼虫が上陸し始める時期です。
ほたるの幼虫は光ることを書きましたが、ゲンジボタルは上陸する際に光りながら水からあがってきます。
成虫に比べると弱い光ではありますが、水中で光り、水面がゆらめく様子は幻想的です。

幼虫が上陸してから、1~1.5ヶ月ほどで成虫になります。
これから各地でほたる観賞が行われる季節になります。
日本人とのつながりを知って観るほたるは、ただ見るほたるよりも格段に味わい深いものに感じるのではないでしょうか。
ちょっと調べてみると、案外近くでも観ることができるかもしれませんよ。

後藤 洋一
後藤 洋一(ごとう よういち)

1981年生まれ。創価大学生物工学科在学中、クラブ活動を通してホタルの保全活動に取り組む。卒業後、環境教育活動をめざしインタープリターとして活動。
現在は、NPO法人樹木・環境ネットワーク協会に在籍、里山保全活動や環境教育活動を担当。側ら、日本ホタルの会理事を務めている。
NPO法人樹木・環境ネットワーク協会
日本ホタルの会

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