シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

寒い冬も大切な植物の発芽戦略

冬支度の雑木林

ザッザッザッザッ
抜けるような秋の青空の12月、コナラやクヌギ、ヤマザクラやヤマハゼなど、色とりどりの落ち葉を踏みしめながら雑木林の遊歩道を歩いていると、深緑の夏とはひと味違った姿を楽しむことができます。

この季節、落葉広葉樹の植物は葉を落とし、冬芽をつけて寒い冬の準備に精を出しています。
常緑樹も、葉っぱは落としませんが、成長を押さえて、細々と光合成をすることで冬を乗り越えることに余念がありません。昆虫だって、土の中や落ち葉の中、樹皮の中など、寒さをしのげる場所を見事に探して、成虫のまま、幼虫で、はたまた卵でと、寒い冬を乗り越えるために、様々な工夫をしています。

冬も大事な季節

多くの生き物にとって、冬は乗り越えるための大変な季節。皆さんの中にもこたつに入って、早く春が来ればいいのになー、なんて思っている人もいるかもしれません。
でも、寒い冬だって実は植物にとっては大事な季節。生き残り戦略のためのなくてはならない季節なのです。どんな風に大事かって?ちょっと植物の目になって、発芽の戦略の視点から見てみましょう。

植物の発芽戦略

植物の種子は、散布されたらすぐに発芽するものもありますが、多くの植物の種子は発芽に適した条件が揃うまで休眠しています。動けない植物は、一度発芽してしまうと生存に適していないからといって違う場所に移動できないため、適した場所や条件を感じてから発芽します。その仕組みは実に見事。

例えば、伐採跡地など明るい場所を好んで生育するヌルデの種子は、硬皮休眠という休眠方法を取っていて、ただ散布されただけでは吸水をすることができず、発芽できません。しかし、高温にさらされると、休眠から覚め、吸水して発芽することができます。暗い森の中ではヌルデの種子が高温にさらされることはありません。高温になるためには、直射日光が当たることが必要です。つまり、この仕組みはヌルデの種子が、自分のいるところが直射日光の当たる明るい場所であることを確かめる仕組みなのです。目を持っていない植物は、このように温度や光、水分などを通じて、自分のいるところの環境を感じているのです。

冬があるから春が来る

雑木林に生育する多くの植物にとって、春に明るい林や林縁で芽生えることが、その後の光合成を有利にし、生き残りに有利に働きます。そのため、春という季節と明るい場所を正確に感じる仕組みが必要です。

では、春を感じるにはどうしたらいいでしょう?暖かい温度?それだけでは不十分です。もしかしたらその暖かい温度は、秋の小春日和かもしれません。うっかりこんな季節に発芽したら、弱い芽生えの状態で寒い冬を越さなければなりません。

春の前には必ず冬があります。地面に落ちた種子は、湿った地面の上で寒い冬を経験します。多くの植物はこれを春を迎える信号に利用しているのです。つまり、湿った状態での低温を休眠から目覚めるシグナルとし、その後発芽に適した温度になると芽生えるための準備をします。アマドコロやサクラソウなど里山の植物の多くがこのような仕組みをもっていると言われています。

植物にとって、冬はただ寒いだけでなく、春を待つ大事な季節であるともいえるのです。

人の手入れも大事な環境

でもせっかく冬を越えて春に芽生えても、その場所が暗かったらしょうがありませんね。植物は明るい場所を見分ける仕組みも持っています。明るい場所は温度が比較的安定している暗い場所に比べ、昼間直射日光が当たり高温になり、夜には低温になります。この日格差を利用して、明るい場所を検出するのです。

手入れのされていない暗い林では、光を感じることは難しいですね。また、落ち葉の深く積もった地面にもなかなか光は届きません。人の手によって多様性が維持されてきた雑木林では、これらの手入れをしてあげることも、植物の発芽にとって大事なことになるのです。

土の中で春を待つ植物の種子に思いをはせながら、冬の雑木林を歩いてみるのも楽しいですよ。

※今回使用した写真は、全て当協会の町田三輪フィールドの風景です。

後藤 章
後藤 章(ごとう あきら)

NPO法人 樹木・環境ネットワーク協会 事務局次長
大学院で保全生態学を学び、東京大学農学生命科学研究科リサーチフェローアシスタント、高校の理科教諭を経て現職。植物調査や環境教育、企業等との協働事業に取り組む。
著書に、「自然再生事業-生物多様性の回復を目指して」(鷲谷いづみ・草刈英紀編、共著、築地書館)、「絵でわかる生態系のしくみ」(講談社、イラスト担当)がある
NPO法人樹木・環境ネットワーク協会

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