2012/07/10
天文学の基本は、まず宇宙を観測すること。でも、地上から観測するのは、意外と大変。どんな苦労があるのか、ご紹介しましょう。
南米チリのアタカマ砂漠。5,000メートルを越えるこの高地に、日本も中心メンバーとして加わっているアルマ望遠鏡の建設が進んでいます。最近ではメディアで取り上げられる機会も多く、皆さんもご覧になった事があるかも知れません。
ここは人間にとっては過酷な地。気圧は平地の半分しかなく、高山病になることもしばしば。紫外線もがんがん降り注いで、お肌にも悪そうです。なんで、わざわざこんなところに天文台を建設しなくてはいけないのでしょうか?天文学者はマゾ?
いえいえ、そうではありません。図を見て下さい。これは、さまざまな波長の電磁波に対する、大気の透過率を表した図です。
私たちが目にすることができる「光」(=可視光)も、電磁波と呼ばれる波の一種です。図中では、虹色に色がつけられているところに相当します。可視光では、大気の透過率が高く、大部分が地上まで届くことがわかります。
一方、可視光よりもちょっとエネルギーの高い紫外線や、逆に少し低い赤外線はどうでしょうか?これらの光では、大気の透明度が低く、地上まであまり届きません。こうやって見てみると、地球の大気はさまざまな種類の電磁波に対して不透明であることがわかります。
では、そういった地上までなかなか届かない種類の電磁波を観測するには、どうしたら良いのでしょうか?
答えは単純。空気が邪魔なら、無いところに行ってしまえば良いのです。実際、宇宙空間には多数の天文観測衛星が飛んでおり、さまざまな種類の電磁波を観測しています。 ただ、残念なことにこの方法はお金がかかります。予算が無限にあればがんがん宇宙に望遠鏡を打ち上げたいところですが、そうもいきません。また、宇宙に望遠鏡を打ち上げてしまっては、そのメンテナンスも簡単にはできません。
そこで登場するのが、冒頭でも取り上げたアタカマ砂漠など、地球上でも観測できる場所です。空気の濃い対流圏の厚さはたかだか10,000メートル程度。しかも、地上に近い方が空気が濃いですから、5,000メートルの高地であれば、かなり大気の影響を減ずることができます。これに加え、湿度や風速などの自然条件から、アクセスの良さや政治的安定性などの社会的条件まで含め、トータルで考えて天文台は作られています。
この極みとも言えるのが、筑波大学などの研究者グループによって現在検討が進みつつある南極天文台計画です。日本の運営する南極観測基地のひとつであるドームふじ基地に、テラヘルツ波と呼ばれる電波を捉えるための電波望遠鏡を設置する計画です。標高3800メートルにあり、平均気温はマイナス50℃台と、人間にとっては世界でもっとも厳しい環境のひとつですが、なんのその。着々と準備が進んでいます。
良質のデータを追い求める熱意に果ては無し。天文学者はいったいどこまで進出するのか。今後の進展が楽しみですね。
※本コラムは、「まるのうち宇宙塾」6月の講演を参考に執筆しました。
1979年広島県広島市生まれ。
東京大学理学部天文学科卒業、東京大学理学系研究科博士課程修了 (理学博士)、国立天文台広報普及員、ハワイ観測所研究員を経て現在に至る。
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラムを担当。専門分野はIa型超新星を用いた距離測定と天文学コミュニケーション論。