シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

かくこそは見め 秋の夜の月 ―月を愛ずる月に

古典の時代より風物として日本の文化が賞美して来た秋の月。昔ながらの感性と、現代に相応しい視線を以て、この「名月」を眺めたい。

月見る月は中秋の月

月は、凡そ29.5日で満ち欠けを繰り返す。ほぼ毎月一度は訪れる満月を珍しい現象だと思う人はあるまい。それでも、「月月に月見る月は多けれど 月見る月はこの月の月」そんな雑歌にも称えられる、旧暦八月の満月は、殊に愛され続けてきた。

日本で古く用いられた太陰太陽暦は、月の朔望を基準にした時間の単位<月>と、太陽の位置を基準にした季節の指標<二十四節気>とを組み合わせて暦を表してきた。その暦においては、七月(初秋)、八月(仲秋)、九月(晩秋)の三か月を<秋>とする。更に、太陰太陽暦の月初めは朔(月立ち=ついたち)であり、それから14日を数えると、概ね月は満ちている。八月十五夜、秋の中日、その夜の月が「中秋の名月」だ。

旧暦は今や存在しないが、2012年は9月30日がその日に当たることになる。中秋はあくまでも秋の真中の一日を指し、同夜が満月とは限らないが、今年は丁度同日昼に望、即ち満月を迎えたばかり。確かに、ほぼ円い名月を、天空に楽しめるという訳だ。

月の兎

「老兎 寒蟾 天色に泣き、雲楼 半ば開きて 壁斜めに白し…」中唐に"鬼才"と呼ばれた早世の詩人・李賀は、玉輪のような月光に浮かぶ模様に兎や蟾(ヒキガエル)を見て詠んだ(『夢天』)。隈無き満月においては、月の醍醐味であるクレーターを望遠鏡で楽しむには適さない。代わりに、私達が昔からウサギと云い、また西洋では蟹やロバ、女性の横顔などにも見立てられる模様をよく見ることが出来る。月の表面の黒く見える領域を<海>と呼ぶ。海、とは言え水は無い。誕生後に溶融したマグマが噴出して出来た玄武岩の平原である。
ウサギの顔に見立てられる部分は《静かの海》と名付けられている。この秋の月は、どうしてもこの海に眼差しを注いでしまう。

Memorial of the First Man on the Moon

8月25日、一つの訃報が世界に流れた。ニール・アームストロング。アポロ11号の船長として、人類で初めて月面に降り立った男だ。1969年と言えば、実のところ私自身はリアルタイム世代ではない。それでも、偉大な歴史の当事者を担った人物の逝去は、必至のものとは言え寂寥を覚えるに十分だ。
最後のアポロ17号以来、実に40年間、人は再び月面には還っていない。だが、彼らが刻んだ足跡は、今も月面にはっきりと残り、私達は再びそれを目にしたのだ。

月周回探査機《Lunar Reconnaissance Orbiter》が至近から撮影した写真には、着陸船《イーグル》の脚部、残された観測装置、そして宇宙飛行士達が月面を歩いた痕跡が、鮮明に捉えられている。

That’s one small step for a man, one giant leap for mankind. ―Neil Armstrong
(これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。)

あかず眺むる

大陸より伝来した中秋節、平安貴族は舟遊びをし、詩歌に遊び、月を楽しんだ。数多遺された歌が、月への深い愛着を伝える。その月の上には今、"我々"人類の手がそこまで届いた、その証明が、現実にある。古より変わらぬ妖惑を湛える名月を、現代から見上げるということは、そういうことだ。

飽かずのみ 思ほえむをば いかゞせん かくこそは見め 秋の夜の月
ー清原元輔(拾遺和歌集 巻第三・秋)

内藤 誠一郎
内藤 誠一郎(ないとう せいいちろう)

東京大学大学院にて電波天文学を学び、野辺山やチリの望遠鏡を用いて分子雲進化と星形成過程の研究を行う。
国立天文台では研究成果を利用する人材養成や地域科学コミュニケーションに携わり、2012年からは現職で広く学術領域と社会とのコミュニケーション促進に取り組む。修士(理学)。日本天文学会、天文教育普及研究会会員。東京都出身。
自然科学研究機構 国立天文台 広報普及員
(社)学術コミュニケーション支援機構 事務局長
天文学普及プロジェクト「天プラ」 プロジェクト・コーディネータ

おすすめ情報