2013/01/22
いよいよ始まった2013年。巳年に因んで、星座の話、干支の話、色々と。
新しい年の始まり。互いに交わす挨拶状や縁起飾りに随分と可愛らしくあしらわれて、四肢を持たない爬虫綱有鱗目の動物がこのように親しまれる季節も、他には無いだろう。
干支に因んで、夜空にも"巳"を探してみよう。
現在制定されている88の星座の中に、一体何匹の蛇が描かれているだろうか。まずは、そのものズバリの《へび座(Serpens)》。頭部と尾部、二つの領域に分けられた珍しい星座だ。夏の夜空の中央でこの蛇を抱えている《へびつかい座(Ophiuchus)》は、断じて笛で毒蛇を操る曲芸師ではない。ギリシア神話随一の名医の姿だ。蛇毒を薬に使い、冥府の死者をも甦らせるほどの技量を持ったアスクレピオスは、世の理を守るために神に命を奪われたという。
神話には、恐ろしい怪物としての蛇も登場する。切り落としても生えてくる9つの首を持ち、毒の息を吐くヒュドラの姿を表したのが《うみへび座(Hydra)》だ。共々に英雄ヘラクレスによって退治された巨蟹や人喰い獅子と首を連ねるように、春の空に現れる。神話の多頭の姿では描かれていないが、角度にして100度以上にわたって天球上に横たわり、頭から尾まで全てが現れるのに6時間もかかる長大さは、まさに怪物らしい威容だ。うみへびとよく似た名で紛らわしいが、南半球には《みずへび座(Hydrus)》が存在する。こちらは16世紀につくられた新しい星座で、特別な神話は持たない。
蛇を象った星座は以上の3つくらいだが、古くから描かれてきた星座絵の中には、他にもその姿を見出すことが出来るかも知れない。《ヘルクレス座(Hercules)》は、枝に絡みつく三つ首の蛇を手に握りしめた姿で描かれることがある。嘗てそこにケルベルス座という星座が置かれたこともある。
また、《ペルセウス座(Perseus)》の手には、見た者を石に変じてしまうという恐るべきメドゥーサの首が提げられており、のたうつ蛇の髪が溢れている。
人が夜空に蛇を見るのは、星の連なりばかりではない。星の光を隠して漂うガスや塵の集まりをそう見立てたものとしては、日本では「S字状暗黒星雲」と呼ばれ、英語で《Snake Nebula》の愛称を持つバーナード72が、絶妙なことにへびつかい座の中にある。
また南米のインカ文明では、天の川の中の暗黒星雲を数々な形に見立てていたが、その中にも蛇の姿に見なされたものがある。こうしたものまで数え上げれば、どれほどの蛇が夜空の闇に潜んでいるのだろうか。
「干支」は、中国起源の数の概念だ。
大河ドラマでも脚光を浴びている"戊辰戦争"が「戊辰(つちのえたつ)」という年を示すように、暦や時間などに用いられた。《十干》と《十二支》を組み合わせたその周期は、公倍数の60。《十干》は、元々毎月を10日単位で数えていたものが陰陽五行思想と結びついたものだという。ここで話すのは、《十二支》の方だ。
中国では、年を数える方法(紀年法)として、ある一つの惑星を基準とした。赤道に沿って12分割した天球上のどこに惑星があるか、その位置で年を表したのだ。その惑星は《歳星》と呼ばれた。
丁度、東京国立博物館で特別展が始まる書聖・王羲之の高名な『蘭亭序』にも、その冒頭にこうある―『永和九年、歳在癸丑』。「永和九年、歳星が癸丑(みずのとうし)にある年のことだ」と。
実際には天球を西から東へ向かう惑星の動きが逆順となるため、歳星と対称に運動する仮想的な星《太歳》が設定されることになった。いずれにしても、十二支というのは、12年で天を一周する惑星の周期を示すものだったのである。では、その惑星とは。今冬、我々の頭上で眩いばかりの巨光を放っている《木星》である。西洋由来の星座で言えば今はおうし座の中にある木星が、今年が蛇の年だと告げていることになる。そう言えば、元々は順序だけを表した十二支にそれぞれ動物を当てるようになったのは、西から伝搬した黄道十二星座の影響ではないか、とも言われるらしい。
何時かの星座に戻ってた木星の光に「もう12年が経ったのか」と時の流れを見出す感慨は、ずしりと胸に圧し掛かるものがある。
蛇と言えば、一見グロテスクな様態や、聖書で悪魔の化身とされるためか、どうやらあまりよい印象は持たれていないようにも思われるが、一方世界中の文化で信仰の対象でもあった。大地母神や、太陽信仰、あるいは水の恵みを司ることもあったようだ。何より脱皮を繰り返して成長する蛇の姿は、死からの再生、生命力の象徴であり、先に述べた幾つかの神話も、そうした憧憬を示しているようにも読める。蛇を巻きつかせた「アスクレピオスの杖」の意匠は、世界保健機構の紋章や軍医の徽章にも使われるなど、今でも医術のシンボルである。蛇はまた知恵を象徴する存在であり、アダムとエヴァに与えた禁断の実は、プロメテウスの火より通じるのかも知れない。
そんな神獣の司る一年、四方の実り豊かに、読者諸兄がどうか健やかにあり、そして多くの発見に心躍らせるように。
東京大学大学院にて電波天文学を学び、野辺山やチリの望遠鏡を用いて分子雲進化と星形成過程の研究を行う。
国立天文台では研究成果を利用する人材養成や地域科学コミュニケーションに携わり、2012年からは現職で広く学術領域と社会とのコミュニケーション促進に取り組む。修士(理学)。日本天文学会、天文教育普及研究会会員。東京都出身。
自然科学研究機構 国立天文台 広報普及員
(社)学術コミュニケーション支援機構 事務局長
天文学普及プロジェクト「天プラ」 プロジェクト・コーディネータ