シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

愛される巨人惑星 ―今が好期の土星を楽しむ―

宵の南東の空、北斗七星からたどる春の大曲線は、もう見つけただろうか。そのほど近くに輝いている、今が好期の惑星を楽しもう。

今夜、空が晴れれば、土星の環が見えるかもしれない。

先月の記事で、北斗七星を標として春の星の辿りを紹介した。
《春の大曲線》が指し示すおとめ座の1等星スピカのほど近くに、もう一つの明るい星を今年は見出すことが出来る。青白いスピカよりも東側にある黄色い輝きは、太陽系の第6惑星、《土星》の姿だ。今月23日には満月に近い明るい月が接近して、その位置を教えてくれる。初夏にかけて、各地の天体観察会では、一斉に土星を楽しんでいることだろう。

それまではレンズの中で揺らめいている、
ぼうっとした斑点でしかなかったものが、はっきりした丸い点になり、
その点が環の中に収まっているのがわかった。
明るさは一定で、黄みがかり、環は土星を取り巻く橋みたいに見えた。

土星と言えば、誰もが知っているのが麦わら帽子のような環だ。愛嬌を感じるその姿で、観察会でも一番人気のある天体だと言える。初めて天体に望遠鏡を向けたガリレイは、まだこれを"環"と見極めることは出来なかった。"つながった星"や"耳のある惑星"のスケッチが残されている。土星を取り巻くリング状の構造を明らかにしたのは、それから半世紀近く後のホイヘンスの事績となる。今の私達には、大気の安定している日であれば小型の望遠鏡でもはっきりと、その姿を楽しむことが出来る。

「環は? 環は何でできてるの?」
「たぶん、氷だ」
「氷!」

土星を特徴づけている環の正体は、土星の周りを公転する、直径数センチから数メートルの多数の氷の塊であることが分かっており、土星の重力によって破砕された衛星や彗星の破片なのではないかと考えられている。惑星本体の半径の数倍、最も外側では地球から月の軌道までを超える程に広がっている大きな環だが、その厚さは100mに満たない。真横から見る場合には、地球からでは環が見えなくなる程だ。土星と地球との位置関係によって約15年毎に訪れるその"消失"は稀な光景として天文ファンには注目されるのだが、"土星らしからぬ"姿は、どうやら一般には見ても嬉しいものではないらしい。

今年から数年は大きく傾いた立派な環を持つ"土星らしさ"を楽しめるので、望遠鏡を覗いてほしい。

探査機の立派な写真しか見たことの無い人には思いがけないほど小さく思われることだろうが、地球の9倍もの直径を持つ太陽系第2の巨大惑星が、4月末に衝を迎えたばかりの今、13億キロの彼方に浮かんでいるのだ。

「なんだか寂しそうだね」
惑星の邪魔をするのを恐れるかのように、ジェイソンが低い声でいった。
「この惑星は非常に遠くにあるんだ」父親の声も低かった。

ここまで引用したのは、E・F・ハンセンの小説『旅の終わりの音楽』の主人公が、少年時代に父親と見た星を回想する場面だ。この小説は、沈没したタイタニック号の船上で最後まで演奏を続けた雇われ楽団に題を取った物語だが、この豪華客船の名はギリシア神話で天地から生まれた巨躯の神族(ティーターンまたはタイタン)に由来する。土星を望遠鏡で観察すると、その周りを巡る衛星が一つ見えるかも知れない。その名もまた、《タイタン》と言う。

タイタンの表面には、山や湖、河川のような地形があり、メタンやエタンなどの炭化水素の液体が蒸発と降雨の循環をしていると目されている。この環境は、原始の地球とにている。タイタンの上で起きている化学反応は、生命誕生を解き明かす上で、手がかりの一つとなるのかも知れない。

土星は、悪魔ではない。

「サターン」という音だけを聞くと勘違いをしてしまう人もいるのだが、土星の英語名はSaturnであり、Satan(悪魔)ではない。この英語名は、元々ラテン語のSaturnusから来ている。ローマ神話の神、サートゥルヌスの名だ。

サートゥルヌスは、ギリシア神話では天空神ウーラノスと地母神ガイアの子、後の主神ゼウスの父のティーターン神族、クロノスに当たる。鎌を携えた姿で描かれる、大地と農耕とを司る神だ。

サートゥルヌス(クロノス)は、ユピテル神(ゼウス)にオリュンポスの王位を追われた後、イタリアの地に降り立って、まだ文明に開かれていなかった人々に優れた農耕を伝えて豊穣をもたらし、法を敷き、優れた統治をしたと語られる。

詩人ウェルギリウスも謳った"黄金時代"とされる王国を築いたサートゥルヌスはローマ人に深く愛され、フォロ・ロマーノにその神殿の遺跡が残っている。 太陽の復活の時期として古代ローマで重視された冬至の時期に催されたサートゥルナーリア祭では、公務も休業となり奴隷に特別の自由が許されるなど、極めて盛大に祝われたという。昨年末の記事にも書いた通り、やがてミトラ教、キリスト教へと信仰が遷って現在のクリスマスに繋がる祝祭、その源泉は恵み深き農耕神への讃歌だったようだ。

内藤 誠一郎
内藤 誠一郎(ないとう せいいちろう)

東京大学大学院にて電波天文学を学び、野辺山やチリの望遠鏡を用いて分子雲進化と星形成過程の研究を行う。
国立天文台では研究成果を利用する人材養成や地域科学コミュニケーションに携わり、2012年からは現職で広く学術領域と社会とのコミュニケーション促進に取り組む。修士(理学)。日本天文学会、天文教育普及研究会会員。東京都出身。
自然科学研究機構 国立天文台 広報普及員
(社)学術コミュニケーション支援機構 事務局長
天文学普及プロジェクト「天プラ」 プロジェクト・コーディネータ

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