シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

星までの距離の測り方

宇宙でもっとも難しいことのひとつは、距離を測ること。例えば夜空に見える星々までの距離はどう測っているのでしょうか。

遠くの景色は動かない

季節は夏。お出かけのシーズンです。私が高校生の頃は、この季節にはサークルの先輩、後輩たちと青春18切符を使って鉄道の旅をしていました。ローカル線に乗ってがたごとと揺られながら、遠くの景色を眺める・・・。男子校だったのでモノトーンな感じの思い出しかありませんが、大事な夏の原風景のひとつです。

東京都心とは違って、遠くまで見渡せるローカル線の車窓は魅力的です。どこまでも広い空、どこまでも遠い山。奥行きのある景色は、ふだん見慣れた都会の平面的な世界とは全く違う世界なのは、皆さんもご存じのことでしょう。でも、少し考えてみると不思議です。私たちは、どうして景色に奥行きを感じるのでしょうか。

もちろん、両目で見ることでも距離を感覚的に知ることができますが、車窓から見た景色の場合には、もっと直感的な理解が可能です。近くの景色は大きく動くのに対して、遠くの景色はあまり動かないで見えるのです。ですよね?列車が走っていても遠くにある山はほとんど動かないのに対して、手前の景色はびゅんびゅん後ろへ飛び去っていくことは、皆さんもよく経験されていることでしょう。

遠ければ遠いほど動かず、逆に近ければ近いほど大きく動いて見える。逆に言えば、どれくらい動いて見えるかで物体までの距離を推測することができる。天文学の世界でも、この理屈を使って天体までの距離を測ることが行われています。

近くの距離は、角度で測る

天文学の場合、乗っているのは地球です。地球は太陽の周りを1年間で1周していますので、半年間ではちょうど半周分動く事になります。例えば春にある方向の星空の写真を撮って、半年後の秋にふたたび同じ方向の星空の写真を撮って見比べてみれば、遠くの星に対して近くの星は位置が動いて見えるはずです。これを年周視差と呼びます。年周視差の大きさと星までの距離は反比例の関係にありますので、年周視差を測れば距離が求まるのです。

理屈はとっても簡単なのですが、問題なのは肝心の測るべき年周視差がとても小さいこと。太陽系にもっとも近い星のひとつであるアルファ・ケンタウリの年周視差は、0.76秒角しかありません。「秒角」というのは、角度の単位。天文学では空の見かけの大きさを角度で測ります。東の地平線から頭上を通って西の地平線までつながる線が、180度に相当します。1度の60分の1が、1分角。1分角の60分の1が、1秒角という単位です。日常生活でどう使っていいのかさっぱりわからない単位です。

現時点で、人類が達成できている測定精度は、可視光域でなんと1ミリ秒角。1秒角の1000分の1です!人類はえらい。将来的には、10マイクロ秒角まで精度を高める計画も着々と進んでいます。これだけ細かい角度を測れれば、宇宙の大部分の距離が測れるんじゃないかと錯覚しそうですが、あに図らんや。実はこの精度で測れるのも、距離に直すとしょせん3万光年程度なのです。隣のアンドロメダ銀河までの距離が250万光年であることを考えれば、宇宙全体のごくごく一部しか測れないことに気がつくでしょう。より大きな距離を測るためには、また別の方法論が必要になるのですが、それはまた別の機会に。

※本コラムは、「本郷宇宙塾」7月の講演を参考に執筆しました。

高梨 直紘
高梨 直紘(たかなし なおひろ)

1979年広島県広島市生まれ。
東京大学理学部天文学科卒業、東京大学理学系研究科博士課程修了 (理学博士)、国立天文台広報普及員、ハワイ観測所研究員を経て現在に至る。
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラムを担当。専門分野はIa型超新星を用いた距離測定と天文学コミュニケーション論。

天文学普及プロジェクト「天プラ」代表
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム

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