シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

くしき星よ 闇の夜に ~彗星イヤーの12月~

今年最大の期待と注目を集めた天体は、衝撃的な結末を迎え「幻の"世紀の彗星"」となった。私たちを訪ねる不思議な天体"彗星"の話を、降誕祭の季節に。

Rest in Pieces ―喪われた"世紀の彗星"

12月の明け方の空に壮大な尾を伸ばす姿が期待されていた、アイソン彗星(C/2012 S1 (ISON))。その結末は衝撃的なものだった。11月29日、近日点に向かって突き進んだ彗星は、太陽の表面から約120万キロの至近を掠めてバラバラに崩壊、その大部分は蒸発してしまった。

宇宙空間から常に太陽を見つめている太陽観測衛星が、劇的な出来事の一部始終を目撃していた。太陽に近づくにつれ明るさを増していた彗星が、急速に頼りなく輝きを鈍らせ、太陽を巡って再び現れたのは、僅かに残った破片や塵の淡く弱々しい姿だった。逐次送られてくる画像を、固唾を飲んで見守ったのも、この時代だからこその貴重な経験と思える。

アイソン彗星は、太陽の強力な潮汐力に耐え切れず崩壊に至ったとも考えられるようだが、非常に脆い構造だった、或いは彗星本体が小さかったのだろう。発見当時の明るさからは、5km程度の大型の彗星だと目されていた。その後の観測で、2kmくらいかも知れない、と弾いた研究もある。そして実際のところでは、数100mしかなかったのではないか、とも言われるようになった。彗星の大きさを正確に把握するのは極めて難しい。核本体の反射率が未知であるし、放出される物質の量から推定するにしても、物質的性質や活動状態には大きな個体差がある。

アイソン彗星に一体何が起きたのか。これから数々の論文が発表され、こんなことも契機になって、私達の彗星に対する理解が、また一歩前進するのだろう。

Vicar of Comet ―現れた"立派な代役"

期待を一身に集めていたアイソン彗星は失われ、多くの天文ファンが失意の溜息を洩らしたことだろう。けれども、その悲嘆を慰めるかのように、別の彗星が脚光を浴びている。稀に見る"彗星イヤー"を代わりに締め括っているのは、今年9月に発見されたばかりのラブジョイ彗星(C/2013 R1 (Lovejoy))。アイソン彗星と同様に太陽系最果てのオールトの雲から、こちらは周期数千~1万年の楕円軌道を飛来した彗星は、12月に入って4等級にまで光度を増し、見頃を迎えている。双眼鏡を据えれば市街地でも、十分に暗い空では肉眼でさえも、ぼんやりとした彗星の姿を見つけることが出来るほどの明るさだ。写真では立派に発達した尾の様子も捉えられている。

12月中旬から下旬にかけてヘルクレス座の中を移動していくラブジョイ彗星は、夜明け前の東の空で見ることが出来る。満月を過ぎた月明かりの影響が気になるが、滅多にないほど観望し易い彗星であるので、挑戦してみるとよいだろう。

Der Stern von Bethlehem ―降誕の空に

そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。
わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」
―マタイによる福音書 2.1 (『新約聖書』新共同訳)

ベツレヘムの厩で生まれたメシアの元に、東方より訪れた賢人達が供物を捧げる場面は、数多くの絵画に描かれている神聖なテーマだ。西の空に現れた見慣れぬ星に導かれて"ユダヤの王"を尋ねた三博士は、当時の天文学者であるところの占星学者であった。救世主の降誕と現実の天体の関連性は実際問題としては措くとしても、その当時、伝承に残されるような明るい天体が出現して人を驚かせたのかどうか。古来様々な天文学者が"ベツレヘムの星"の正体について多様な可能性を模索している。明るい惑星が会合していたのだ、そう考えたのはかのケプラーだ。超新星が起きたのでは、という想像もある。そんな仮説の一つが、明るい彗星の出現だというものだ。

フィレンツェのジョット・ディ・ボンドーネも『東方三博士の礼拝』を絵画に残した画家だ。ジョットの生きた13世紀から14世紀にも、歴史に残る大彗星が相次いで出現し、ハレー彗星も回帰していた。自らが見上げた夜空の霊光を奇跡の星に重ねたのだろうか、画家は、聖なる幼子の上に、尾を引く彗星を浮かばせている。

それから幾度も巡って1986年に再び太陽に近づいたハレー彗星に飛び込み核に肉薄した探査機には、「ジオット(GIOTTO)」の名が冠せられている。
12月25日、イエス・キリストの降誕が祝われる。街角に設えられたツリーの頂には、ベツレヘムの星飾りが灯り、空には彗星が馳せている。

内藤 誠一郎
内藤 誠一郎(ないとう せいいちろう)

東京大学大学院にて電波天文学を学び、野辺山やチリの望遠鏡を用いて分子雲進化と星形成過程の研究を行う。
国立天文台では研究成果を利用する人材養成や地域科学コミュニケーションに携わり、2012年からは現職で広く学術領域と社会とのコミュニケーション促進に取り組む。修士(理学)。日本天文学会、天文教育普及研究会会員。東京都出身。
自然科学研究機構 国立天文台 広報普及員
(社)学術コミュニケーション支援機構 事務局長
天文学普及プロジェクト「天プラ」 プロジェクト・コーディネータ

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