シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

エト・ステラ・エトセトラ 2nd Season

2014年、午年。今年も始まりに、干支の話、星座の話、色々と。

"午"の年の始まり

干支が60年周期の紀年法として用いられたことは、昨年の1月にも記した。今年は甲午(こうご、きのえうま)。世界史の教科書を思い出してみれば、列強の不平等な進出に困窮した朝鮮半島の民衆が立ち上がり、続く日清戦争の火種を熾した「甲午農民戦争(東学党の乱)」、は、二回り前の1894年のことだ。

「子」から数えて七番目、十二支の折り返しに当たる「午」。時は昼の刻を表し(正午)、方は南を示す(子午線)。宛がわれた動物は"馬"。6日に木星が衝を迎えたこの1月、12年の巡りを導いた"歳星"が夜通し天下を見下ろす2014年の始まり、夜空に"午"を探してみよう。

天馬空を行く

現在制定されている88の星座の中で、筆頭に挙げられるものは、翼を打って天駆ける天馬《ペガスス座 (Pegasus)》だろう。ギリシア神話における天馬ペーガソスは、海神ポセイドーンとゴルゴーン・メドゥーサの子であり、英雄ペルセウスによってメドゥーサが斃された時に、切り落とされた首から―或いは岩に散った血飛沫の中から―飛び出したとされている。また別の英雄、キマイラを退治したベレロポーンは驕りを生じてペーガソスの背に跨り天へと駆け上ろうとしたが、振り落とされ大地に墜落して最期を迎えたという神話がある。

ペガスス座の胴を成す四つの星は、「秋の四辺形」と呼ばれる。10月の20時頃にはほぼ天頂に高く輝いて季節の空の道案内を務める天馬も、1月の宵空では西の空に傾き、地平線を指して真っ先に駆け下っている。

そのペガスス座の鼻先、一足先に地平線に沈んでいく馬がいる。馬の頭部だけを象った小さな星座《こうま座 (Equuleus)》だ。現在に繋がる星座の骨格を作ったプトレマイオスは48の星座に数えているが、より古い星座神話には登場しない。

それを"馬"に数えてしまってよいのかどうかは知らないが、冬の夜空の目抜き通りにも、馬に似た神獣がいる。煌びやかな冬の大三角の中央にありながらひっそりとした《いっかくじゅう座 (Monoceros)》は、16世紀頃に創出されたと言われる新しい星座だ。様々な動物の特徴を併せ持つ想像上の動物は、長い一本角を額に具えた馬の姿で描かれることが多い。極めて気性が荒く勇敢なユニコーンは、純潔の象徴として清らかな乙女と共に数多くの芸術作品のモチーフにもなって来た。

天高く星肥ゆ

宇宙に漂うガスや塵の集まりを馬に見立てたものとして、最も名高いものと言えば、《馬頭星雲 (Horsehead nebula)》を措いて無い。オリオン座の三ツ星、東端のζ星のすぐ近く、淡く輝く散光星雲IC434を背景に、密度の高い暗黒星雲バーナード33の塵が光を吸収して、馬の頭の形に浮かび上がって写真に映える。馬の頭頂には、生まれて来たばかりの若い原始星が、ガスの中に埋もれている。

馬の脚の先、蹄に打ち付けられる馬具の形に見立てられるのは、いて座の散光星雲M17。一般には「オメガ星雲」の名で知られるループ状の構造から、《馬蹄形星雲 (Horseshoe Nebula)》の別名がある。同じように、天の川銀河内の星形成領域の一つである。

馬と共にある人の歴史

"半人半獣"の種族が数多く登場するギリシア神話の中でも、上半身が人間、腰から下は馬の四脚を有する、半人半馬の一族ケンタウロスはその代表格であるだろう。
ケンタウロス族の姿を表したとされる星座は二つある。一つは、その名も即ち《ケンタウルス座 (Centaurus)》。日本の大部分からは全貌を見ることの出来ない南天の星座だが、α星、β星二つの1等星を含む大きな星座だ。特にα星(リギル・ケンタウルス)の伴星プロキシマが太陽系から最も近い恒星であることで知られる。もう一人のケンタウロス族の姿は、《いて座 (Sagittarius)》として、日本からも夏の南の空に見ることが出来る。一般に粗野とされるケンタウロス族の中では珍しく、高い知性と人格を具えた賢者と称えられた、ケイローン。オリュンポスの神々から音楽や医学、武術を学び、ヘーラクレースやアスクレーピオス、あるいはアキレウス、名立たる英雄達の師となったその人を描いたものとする説が、それぞれにある。

人馬を合わせたケンタウロスという異形は、黒海北方の平原を勇躍したスキタイのように、騎乗で生活する遊牧民族を幻想化したものとも考えられる。機動力と突破力のある騎馬を中心とした遊牧民は、歩兵戦術を主とした地中海世界の人々にとって、軍事的にも脅威であったかも知れない。騎射も遊牧民の得意とした技術であった。戦争や刧略の姿を絵画に描かれることも多いように、ケンタウロス族が粗暴で野蛮な種族とされているのは、ヘレネスからバルバロイに向けられた畏怖の表れであるのかも知れない。

直接に馬―に類するもの―を描いたものではないが、この季節の星座を最後に取り上げよう。1等星カペラで冬のダイヤモンドの一角を占める《ぎょしゃ座 (Auriga)》。"ぎょしゃ"とは御者であり、馬を操り馬車を走らせる者を意味する。アテーナイの伝説の王エリクトニウスは、鍛冶の神ヘーパイストスと大地の女神ガイアの間に生まれ、生まれながらに足が不自由で(下半身が蛇であったとも言う)あったが、四頭立ての馬に引かせた戦車を発明し、自ら駆って大いに活躍したと言う。

夜空の中に馬の縁を探していくと、歴史の中でこの動物が人間の生活と如何に深く結びついてきたのかを窺うことが出来る気がする。

内藤 誠一郎
内藤 誠一郎(ないとう せいいちろう)

東京大学大学院にて電波天文学を学び、野辺山やチリの望遠鏡を用いて分子雲進化と星形成過程の研究を行う。
国立天文台では研究成果を利用する人材養成や地域科学コミュニケーションに携わり、2012年からは現職で広く学術領域と社会とのコミュニケーション促進に取り組む。修士(理学)。日本天文学会、天文教育普及研究会会員。東京都出身。
自然科学研究機構 国立天文台 広報普及員
(社)学術コミュニケーション支援機構 事務局長
天文学普及プロジェクト「天プラ」 プロジェクト・コーディネータ

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