シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

重ね合わせで見えてくる

見えそうで見えないものを、どうやって見るのか。そこには天文学らしい、ユニークな解析手法があります。

見えないオーラを見る

梅雨のじめじめした時期はやる気が出ません。いつもあんまりやる気はでないのですが、ますますやる気が出ません。やる気がもしも見えるのならば、どんよりしたオーラとなって私の周囲を取り巻いていることでしょう。まったく困ったものです。

世の中にはこのオーラを見ることができるとおっしゃっている方もいるそうですが、もしもオーラが物理的実体であるならば、当然、科学的な方法によって観測されるべきでしょう。スーパーサイヤ人のように臆面もなく出ていれば観測するのも簡単なのでしょうが、残念ながらそういうわかりやすい人に出会ったことがありません。ということは、オーラが物理的実体として人間の周囲に取り巻いているならば、相当薄いことが想定されます。デジカメでぱちりと撮ったくらいでは写らない、うすーいオーラが人間を取り巻いているならば、どうすれば検出可能でしょうか?

そのやり方のひとつは、大量の写真を撮って、重ね合わせする事です。例えば、何百人、何千人という人の写真を撮って顔を重ね合わせれば、塵も積もれば山となる理論で、その周囲にあるオーラが浮かび上がるかもしれません。まあ、もしもオーラがあるならば、ですけどね。でも、それと全く同じ理屈での観測研究が、宇宙では行われているのです。

ハローガスから読み解く銀河の進化

それは、銀河を取り巻くハローガスです。銀河を取り巻くハロー部には、薄いながらも水素のガスが存在していることがわかっています。これらのハローガスは、銀河がどのように進化してきたのかを知る重要な手がかりになります。しかしながら、いかんせんその密度が小さい。いまの観測技術では、個々の銀河のハローガスを直接検出することは困難です。ではどうしたら良いのか。そう、重ね合わせればいいんです。

この際、ひとつひとつの銀河の周りでどのようにハローガスが分布しているかなんて小さな話はやめです。何百個、何千個という銀河をえいやっと重ねてみれば、その周囲を取り囲むガスの様子が浮かび上がってくるはずです。こういう解析手法を、スタッキング解析と言います。これにより、ひとつひとつの銀河の個性はわかりませんが、平均的にどんな性質を持っているかがわかります。

宇宙では、遠くを見るということは、過去を見ることに相当します。10億光年先、50億光年先、100億光年先の宇宙は、それぞれ10億年前、50億年、100億年前の宇宙を見ていることになります。それぞれの時代の銀河の平均的な性質を時系列に沿って眺めてみれば、宇宙の歴史における銀河の進化の様子をうかがい知ることになるのです。

さまざまな性質の銀河のハローガスの研究が行われていますが、その中でも注目したいのが、ライマン・アルファ・エミッター(LAE)と呼ばれる種類の銀河の周囲にあるハロー、ライマン・アルファ・ハロー(Lαハロー)の研究です。LAEは活発に星を生み出している種類の銀河ですが、そのメカニズムについてはまだよくわからない事も多い銀河です。Lαハローの観測からは、ハローガスには高温のガスが多く、かつ、その空間的な広がりが時代によってさほど変わらないことがわかってきました。これがいったいなにを意味するのかは、性質の似ている他の銀河のハローガスとの比較などを通じて、やがて明らかにされていくことでしょう。今後の研究に期待しましょう。

※本コラムは、「本郷宇宙塾」6月の講演を参考に執筆しました。

高梨 直紘
高梨 直紘(たかなし なおひろ)

1979年広島県広島市生まれ。
東京大学理学部天文学科卒業、東京大学理学系研究科博士課程修了 (理学博士)、国立天文台広報普及員、ハワイ観測所研究員を経て現在に至る。
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラムを担当。専門分野はIa型超新星を用いた距離測定と天文学コミュニケーション論。

天文学普及プロジェクト「天プラ」代表
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム

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