シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

宇宙はおいしいか?

太陽系外惑星がどんな物理的環境を備えているのかがわかれば、そこにいるかもしれない生き物についてもリアルな想像ができる日が来るかも知れません。

天高く馬肥ゆる秋

ようやく秋らしい天気になりました。台風が毎週のように訪れていたのも昔の話、さわやかな青空が広がる日が続きます。過ごしやすい季候は食欲を刺激し、まさに天高く馬肥ゆる秋の言葉の通り、おいしいご飯をぱくぱくと食べ続け、質量保存の法則の意味を噛みしめる毎日です。

さて、私はあんまり宇宙に行きたくない派なのですが、その最たる理由は食生活です。焼いたサンマに大根おろしをかけて、お醤油をちょいと足らして炊きたてのご飯をかっこむ、なんてことが宇宙でできるなら行ってもいいですが、まあそんなわがままが実現するとしてもずっと先のことでしょう。宇宙と食の問題は、私にとっては大問題なのです。そして、この問題はきっと私だけの問題ではないはずです。来たるべき宇宙の大航海時代の、QOLの高い楽しい宇宙探検のためには、ぜひとも解決されるべき問題だと、私は信じます。

おいしい料理のために欠かせないのは、なんといっても新鮮な食材でしょう。遠い遠い将来、人類が太陽系を飛び出して広い宇宙を旅する時代になれば、銀河系各地でローカルな食材の発見と利用が進むはずです。はたして、そこにはどんな味の宇宙が広がっているのでしょうか。今からでも、少しくらい想像できないものでしょうか。

実は、そのヒントはいくつかあるように思います。例えばその惑星の大気に含まれる酸素濃度は、その惑星の生き物がエネルギーを生み出すための生化学反応回路に深く影響していることでしょう。その生化学反応回路も、元素の化学的な性質が宇宙のどこでも一緒である以上、無限の組み合わせがあるわけではなく、限られた可能性の中からその惑星において有利な回路が選択されるはず。そのように考えれば、地球と似たような物理的環境を備えた惑星上であれば、収斂進化の結果、地球の生き物と似たような感じの生き物が闊歩している可能性があります。ほんとか。

地球の生き物では、酸素が少ない嫌気的な環境では、フマル酸呼吸でエネルギーが生み出される場合が多いようです。フマル酸呼吸で生み出されるコハク酸は、アサリなど潮間帯に住む貝の旨味成分。ということは、酸素濃度の低い嫌気的な環境下では、貝のような味をした食材が手に入るかもしれないわけです。まあ、本当にそうかはさっぱりわかりませんが、いずれにせよその惑星の物理的環境がわかれば、ある程度の科学的根拠に基づき、いろいろな想像を膨らませることができるということは、なかなか面白いことです。でも、そんなことがわかる日がくるのでしょうか?実は来るんです、そう遠くない将来に。

TMTで太陽系外惑星の大気がわかる

ハワイで建設が始まった30メートル望遠鏡(Thirty Meter Telescope、TMT)は、その名前の通り、これまでの望遠鏡を圧倒する大口径を誇る望遠鏡です。現在日本の持つ望遠鏡のうち、もっとも口径の大きな望遠鏡はすばる望遠鏡ですが、その鏡の大きさは8.3メートル。すばる以前の望遠鏡に比べれば圧倒的に大きいのですが、TMTはすばる比べて直径で約4倍、面積に換算すれば約13倍と、その巨大さを誇ります。巨大だとなにがいいのか。いろいろ良いことがあるのですが、その中でももっとも大事なのは、光を集める能力(集光力)に長けることです。かすかな光でも、大きな面積を持つ鏡を使って集める事で、検出できるようになるのです。

わずかな光を捉えられるようになるとどうなるか。それは、これまでの望遠鏡では観測の難しかった非常に遠くの天体や、近くにあるにも関わらず暗すぎてよく見えていなかった天体などが、新たに見えてくるということです。そういった天体のひとつが、太陽系外惑星です。恒星の前を通過する太陽系外惑星を観測すれば、惑星の大気によって恒星からの光の成分が、わずかながらも変化します。このわずかな変化を捉える事は、すばる望遠鏡など現在ある大口径望遠鏡でも困難を極めます。しかし、TMTが完成すればそれらの惑星からやってくる光を捉え、その成分を詳しく調べることが可能になります。

惑星の大気の影響を受けた光には、その大気の成分に関するさまざまな情報が含まれています。太陽系から遠く離れた恒星のまわりをめぐる惑星の大気の中に、どんな成分が、どれほど含まれているのか。そんなことがわかってしまう時代が来るのです。大気を含む太陽系外惑星の物理的環境がわかってくれば、そこにどんな世界が広がっているのかを、よりリアルに想像できるようになることでしょう。建設が順調に進めば、2021年にはTMTが完成します。ぜひ今後の進展に期待しましょう。

高梨 直紘
高梨 直紘(たかなし なおひろ)

1979年広島県広島市生まれ。
東京大学理学部天文学科卒業、東京大学理学系研究科博士課程修了 (理学博士)、国立天文台広報普及員、ハワイ観測所研究員を経て現在に至る。
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラムを担当。専門分野はIa型超新星を用いた距離測定と天文学コミュニケーション論。

天文学普及プロジェクト「天プラ」代表
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム

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