2012/06/19
清々しい初夏の晴天の後に、いよいよ訪れた梅雨の季節。曇りがちの空模様に俯かず、雲間に光る星を探してみよう。
深養父の本歌〔*1〕は、月が傾く間も無いほどの夏の暁の早さを詠ったものだが、雲の多いこの季節に敢えてその言葉のイメージを借りて、空を見上げる話をしようと思う。
雨が下しる日々の合間にも、雲が途切れることはある。そんな僅かな晴れ間にきらりと輝く星を見上げて「あれは何座のどの星」と指せば、星に馴染みの無い人には驚かれもする。曰く「何故、たった一つの星で分かるのだろうか」と。恐らく、星を辿り星座の形を見出すことで、ようやく見分けられるものだと思われているのだろう。実は、星に詳しい人ほど、そんな面倒なことはしていないのだと思う。
掛詞として和歌に現れる<澪標(みおつくし)>とは、浅瀬を渉る舟人に航路を示す標識だが、夜空を巡る人もまた星の澪を知っている。そう言えば偉そうだが、何と言うことはない、誰にでも見えているその明るい星を、確実に手掛かりにしているだけの事だ。
星の明るさは現在では精密に測定されているが、古代ギリシアのヒッパルコスによる分類以来、最も明るく見える恒星を総称して"1等星"と、今も呼び習わされている。全天で僅か21個しかないこの1等星は、それぞれの季節の夜空の目印となる。その季節、その時刻、その方角、その高度に見える何色の明るい星、その正体を絞り込むことは、さして難しいことではないのだ。
それではこの6月、梅雨の雲間に星の光を見ることが出来たら、それは何だろう。
頭上高く、天頂付近に輝く星を見つけたら、それはうしかい座のアルクトゥルスだと思って間違いない。初夏、"麦秋"と呼ばれるこの季節を天空で示すように、熟れた麦の穂のような黄金色で輝くことから、日本では「麦星」の名で呼ばれて来た。南の空が晴れていれば、二つの明るい星が縦に並んでいるだろう。低い方の星もまた、麦に関わっている。豊穣の女神デーメテールが手に持つ麦の"穂先"を意味する、おとめ座のスピカだ。
青白く輝く美しさから「真珠星」の名を冠されたともいうこの星には、先の麦星と合わせて「春の夫婦星」という艶名もある。
このスピカの少し上に、黄色い落ち着いた輝きが、今年は並んでいる。土星だ。雲間に覗く土星に望遠鏡を向ければ、環のある印象的な姿を、小さくもはっきりと見ることが出来るだろう。春から夏にかけ偏西風ジェット気流が北上するに合わせて、日本上空の大気は安定していく。太平洋高気圧に覆われる夏本番には、天体観望の好季がやってくる。
西の空には、しし座のレグルスや火星の赤い輝き。東の空からはこと座のベガの青白い鋭光を先導に七夕の星が日を追って高々と昇り来る。これから来る季節の話は、またこの次としよう。
6月21日、夏至。この夜の一刻、ライトダウンを呼びかける運動を、貴方も知っているかも知れない。『100万人のキャンドルナイト』や『ブラックイルミネーション』が活動を始めて10年になる。CO2削減や地球温暖化問題を考える契機にしたり、スローライフやヒュマニティを見つめ直したり。照明を落として過ごすくらやみの夜、キャンドルの光に目を落とすばかりではなく、いつもよりも僅かに暗くなるかも知れない空を見上げてみてはどうだろう。都会では閉ざされていると思っていた宇宙への扉が、雲間に開いているかも知れない。
*1・・・清原深養父(きよはら の ふかやぶ) 平安時代中期の歌人。『古今和歌集』に収められた和歌「夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ」が、小倉百人一首の第三六番として撰ばれている。
東京大学大学院にて電波天文学を学び、野辺山やチリの望遠鏡を用いて分子雲進化と星形成過程の研究を行う。
国立天文台では研究成果を利用する人材養成や地域科学コミュニケーションに携わり、2012年からは現職で広く学術領域と社会とのコミュニケーション促進に取り組む。修士(理学)。日本天文学会、天文教育普及研究会会員。東京都出身。
自然科学研究機構 国立天文台 広報普及員
(社)学術コミュニケーション支援機構 事務局長
天文学普及プロジェクト「天プラ」 プロジェクト・コーディネータ