シリーズ知恵ブクロウ&生きものハンドブック

A Midsummer Night’s Moon 夏の夜の大きな月

夏は夜がよい、満月の夜なら言うまでもない。8月は満月に注目してみよう。全く特別な月ではないが、きっと素晴らしい月だろう。

月を調べる親子のために

"Doth the moon shine that night we play our play?"
"A calendar, a calendar! look in the almanac; find out moonshine, find out moonshine."
"Yes, it doth shine that night."
- A MIDSUMMER NIGHT’S DREAM, III, i
(芝居をやる日は、お月様、確かに出るのかね?
日めくり、日めくり……暦を見た、暦を……お月様をさがせ、お月様を。
出る。その晩は月夜だ。)

夏休みともなると、子供の課題に付き合って月の観察に取り組む人もいるだろうか。休みも終盤を迎える頃には、月の様子についての問い合わせが、往々にして当の本人ではなく保護者から駈け込んでくる。

「昨日、月が見えなかったのだけれど」と問い合わせる前に、"月は満ち欠けによって出入りの時間が変化する"という小学校で学んだ事実を考えてみて欲しい。思い出せなければ、教科書を一緒に開いてみればいい。月の出は、一日でおよそ50分ずつ遅くなっていく。下弦を過ぎると月の出は夜半を回り、月が見えるのは明け方の空ということになるから、例えば毎日20時の観察では、月が見えることはない。毎日の月の出入りは新聞にも掲載されるので、参考にしながら観察を計画するといいだろう。

一つ強調しておくことは、月が出ていない夜には「観察できなかった」ことを記録に残さなければならないということだ。日の出前に現れる新月直前の月を夕方に記録し得る筈も無く、曇りの夜の月を後から調べても何の意味も無いどころか虚偽ですらある。観察や実験においては、その時の状況の記録と共にあるがままを―見えなかったものは見えなかったと―報告することのみが、唯一の誠実にして正解なのだ。

近く大きく満ちる月

Sweet Moon, I thank thee for thy sunny beams;
I thank thee, Moon, for shining now so bright
-A MIDSUMMER NIGHT’S DREAM, V, i
(なつかしき月よ、汝のおかげで真昼の明るさ。
礼を言うぞ、月よ、光まばゆき月光よ。)

今月の満月は8月11日に訪れる。その夜の満月は、2014年で一番大きく、明るく見えることになる。月は平均約38万キロメートルの距離で地球の周りを公転しているが、その軌道はやや歪んだ楕円である。近地点と遠地点とを通過する際の距離は4万キロメートル以上も変わる。そのため、軌道上のどの位置で月を見るかによって、見かけの大きさ(視直径)は日々変化している。8月11日の月は2時43分(日本標準時)に地球に最も接近した直後、3時9分に望(月が太陽と正反対の方向を通過する、満月の瞬間)を迎える。

今年最少の、即ち最遠の地点における満月となった1月16日と比べると、視直径で14%、明るさで30%ほどの違いが生じることになる。このことは天文趣味の人にとっては以前からよく知られており、全く特別な現象ではないのだが、ここ数年になって一般にも話題にされるようになってきたらしい。

とは言え、中空に輝く月を見上げて一目で「今夜の月は大きい」と見分けられることは、まず無いと言ってもいいだろう。望遠鏡の視野で、あるいはカメラの画角を通して月に見慣れている人であれば差異を感じもしよう。都会の光害や大気の影響も受ける天体の明るさの変化をもし感じ取れたとしたならば、日頃夜空に親しんでいればこそではないかと思う。
ともあれ、梅雨も明けた夏空で折角明かに仰げる満月なのだから、夜空を見上げてみる機会とするには絶好だろう。

揺らぐ月の軌道

It is the very error of the moon;
She comes more nearer earth than she was wont,
And makes men mad.
-OTHELLO, V, ii
(月が軌道をはずれてさまようのだ。常より地球へ近づくと人の心が狂うと言う。)

月の大きさの変化について調べていた人から、一つの興味深い現象を指摘された。楕円軌道を公転することによっておよそ一か月周期で月の視直径が増減するのは上に書いた通りだが、その近点までの距離自体も、年間を通じて変化しているのだ。このことは、月の軌道の楕円そのものが変形していることを表していた。月の運動を厳密に考えていくと、太陽が及ぼす引力の働きも無視出来なくなる。重力を及ぼし合う三天体の運動は、非常に複雑な振る舞いを示すのだ。

調べてみると、8月11日は、2014年で14回起こる月の近地点通過の中でも、最も距離が小さい接近であるらしい。その違いは3%程度ではあるが、ともあれ条件が重なって2014年で最も大きな月が満ちるのがこの日であることは間違いない。

一つ巡ればはや中秋

それから更に一巡りした頃の9月8日の夜に昇る月は、旧暦八月十五日に古くから愛されてきた「中秋の名月」だ。以前にも紹介したように、月の公転速度の不等や暦日の期算のずれから、満月の瞬間が中秋の日の内に訪れるとは限らない。今年は満月を翌9日の午前に控えている。この時の月は最近を過ぎること1日、8月には及ばないにせよ大きく、ごく円やかな月が夜空に昇って来るだろう。

7月27日の朔が旧暦七月一日で、8月7日には立秋。伝統的にはもう初秋に入っていることになるとは言え、日々はいよいよ盛夏そのものだ。日が暮れてなお暑熱が冷めない夜が続くが、「夏は夜。月の頃はさらなり。」である。夏の月に魅了されるのは平安才女だけではない。月の模様を楽しむもよし、月の動きについて理解を深めるもよし、その上に刻まれた人類の足跡に思いを馳せるもまたよろしかろう。アポロ11号の着陸から45年目の夏だ。

内藤 誠一郎
内藤 誠一郎(ないとう せいいちろう)

東京大学大学院にて電波天文学を学び、野辺山やチリの望遠鏡を用いて分子雲進化と星形成過程の研究を行う。
国立天文台では研究成果を利用する人材養成や地域科学コミュニケーションに携わり、2012年からは現職で広く学術領域と社会とのコミュニケーション促進に取り組む。修士(理学)。日本天文学会、天文教育普及研究会会員。東京都出身。
自然科学研究機構 国立天文台 広報普及員
(社)学術コミュニケーション支援機構 事務局長
天文学普及プロジェクト「天プラ」 プロジェクト・コーディネータ

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