7月26日(月)に開催した第32回地球大学アドバンスのテーマは「TOKYOが日本の森を元気にする」です。
・北川原温氏(東京芸術大学教授/北川原温建築都市研究所主宰)
・小沼伸太郎氏(三菱地所ホーム株式会社発注統括室長)
・竹本吉輝氏(株式会社トビムシ代表取締役)
のお三方をゲストにお招きしました。
「エネルギーの問題と同様、森林についても、東京は生産地にはなれずとも、巨大な需要地として日本を変える大きな牽引力になりえます。東京が意識的に国産材、間伐材を使うことで、日本の森を豊かに育てていくことができます」(竹村氏)
日本は、国土のうちの約7割を森林が占め、先進諸国の中ではフィンランドに次ぐ第2位の森林大国です*1 。にもかかわらず、木材の自給率は3割を下回っています*2 。国産材は、安価で大量の材を安定供給できる外材に押されているためです。結果、日本の林業は疲弊し、管理の行き届かない荒れた森林が増えているといわれています。
「温暖化への意識の高まりから、CO2を吸収・固定化する役割を果たすものとして、森林に注目が集まるようになりました。また、近年の外材の高騰により国産材の競争力が高まっているというニュースもあります。ですが、50年、100年先を見据えた森づくりのビジョンはまだまだ乏しいのが現状です。森林の育成のため、生産材の利用だけでなく、森林の手入れの際に発生する間伐材を経済活動に組み込むことや、生産地と需要地、山林と都市を結ぶ仕組みをつくり上げる必要があります。森林に注目が集まる今がそのチャンスだと考えています」
*1 FAO Global Forest Resources Assessment 2005
*2 林野庁木材需給表
「集成材・加工材は極力使わないようにしています。その製造過程で多量のエネルギーを消費することになるからです。同じ理由で、ジョイント用の金物も使いません。地域でとれる無垢の間伐材を、いかにして大規模な建築に使うか、ということを考えています」
このように語る北川原氏は、無垢の間伐材を組み合わせた面格子を、構造材として活用しています。
「無垢材を使うので、反りや曲がりは当然あります。ですので、木の癖を見抜いて、反りや曲がりが相殺されるように面格子を組んでいきます。多少の歪みは出ますが、強度は抜群です」
東京大学准教授・工学博士の稲山正弘氏と開発したこの面格子は、「第1回木造耐力壁ジャパンカップ(当時の名称は耐力壁オリンピック)」において、強度部門、耐震部門の両部門で見事優勝に輝きました*3 。
「ツーバイフォーは、圧力をかけていくと一定値を超えたところで耐え切れなくなって壊れてしまいました。面格子は、圧力をかけると変形はすれども壊れませんでした。圧を外すとある程度まで元の形に戻ったのは驚きでした。木が自己復元しようとしたのだと思います」
面格子の特徴はその強度だけではありません。
「面格子には、105角や120角という住宅材によく使われるサイズの木材を使用しています。機械でカットして組み上げれば誰でもつくることができる、導入へのハードルの低さも特徴です」
こうなると、建築部材に木を使うかどうかは、つくる側、使う側の美意識の問題です。北川原氏は、こう指摘します。
「私たちは、工業社会の均質性の中にあまりにも浸かり過ぎているのではないでしょうか。例えば、ヨーロッパの伝統的なホテルに行くと、床や壁が凸凹していることもありますが、それゆえに空間の魅力を感じることがあると思います。私たちひとりひとりは紛れもない生命体で、ゆらぎ、個性を持って生きています。同じように建築も、工業製品、商品としてではなく、生命を育む場と見れば、建築の現場でより多くの木が活用され輝くことができるようになるのではないでしょうか」
三菱地所ホームでは、2008年から、注文住宅の建築部材に国産材の使用を始めています。
「2008年には、床・壁・屋根の主要部材に国産針葉樹を使用しました。国産材比率は27%です。2009年には1階床部分にヒノキ材を100%採用し、国産材比率は35%になりました。今年は、国産材比率を50%まで高めました。2011年か12年までには国産材比率100%を目指したいと思っています」
健全な森の育成には間伐が肝要ですが、林地には、毎年2千万立方メートルもの、間伐材が放置されているといわれています。その原因は、国産材の需要低迷と、それがもたらす林業の疲弊にあると考えられます。
「国産材を使うことが日本の森を守ることにつながる、というストーリーを理解しているユーザーが増えてきています。この流れを追い風に、弊社のような住宅メーカーが安定需要先になって、国内林業の活性化、日本の森林保全やCO2の吸収に貢献していきたいと考えています」
これぞ需要地が引き起こす林業の構造改革のモデルケースといえるのではないでしょうか。
また、三菱地所ホームでは、国産材の積極的な活用に加えて、木材のトレーサビリティを高めたり、林業・加工業のネットワークを再構築したり、エンド・ユーザーが林業と触れる機会を提供したりと、総合的な林業の活性化に務めています。
業界全体の流れでいえば、今年に入って、国産材の利用を促す「木材利用促進法*4 」が制定されました。2010年が、東京で、日本中で、国産材の建造物が増えていくきっかけとなることを期待したいものです。
*4 正式名称は「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」。詳しくは林野庁ウェブサイトを参照。
*5 写真: 木製複合型梁(フランジ部 カラマツ使用)と過ぎLVL材
株式会社トビムシは、
「地域資産としての森林に光をあて」、
「持続可能な地域再生の実現を目指し」、
「森林価値を高める多角的な事業を展開」する会社です*6 。
その事業の意義について、竹本氏は次のように語ります。
「一つは、グローバリゼーションが日本の地域の隅々まで浸透していて、それが破綻すると地域も破綻してしまうのではという危機感があります。地域の自立性を高めるため、地域資産としての森林に着目しています。もう一つには、日本の森林面積は、中世以降最大になっていますが、そのうちのほとんどが放置されているのが現状です。それは、暮らしの中で森と触れ合う機会がなくなり、森林を大事にしようという心が失われていることが大きな理由だと考えています。この二つのポイントから、持続可能な森林、持続可能な国土をつくるために、日々の暮らし、営みの中でいかに木を使うか、ということをテーマに取り組んでいます」
株式会社トビムシでは、現在進行形でいくつかのプロジェクトを手掛けています。その一つが、「西粟倉 森の学校*7 」です。岡山県の山間の村の廃校を拠点に、家づくりや木製家具の製造・販売に取り組んでいます。
そして、地球大学の翌日が会社設立のプレスリリースという、まさに生まれたてのプロジェクトが、「ワリバシカンパニー*8」です。
「割り箸は、数年前まで年間250億膳ほど使われていますが、そのうち244億膳が中国からの輸入でした。それが、ここ2年でその輸入量が半減して、プラスチック箸に置き換わっています。環境意識の高まりかというと必ずしもそうではなく、中国産の割り箸の価格が上昇したことが主な原因です。そこで、これまで有効活用が難しいとされていた国産間伐材を割り箸として活用し、林業を活性化しようと考えています。東京の一大消費地としての起爆力には大いに期待しています」
「ワリバシカンパニー」の特徴は、これだけではありません。
「"リバース・ロジスティクス"、つまり割り箸を回収して土に戻すまでの仕組みも作り上げていきます。というのも、林業の衰退に伴い、その副産物である "おが粉(おが屑)"が日本の山村から出なくなっていることに危機感を覚えているからです」
おが粉は、酪農で牛の寝床として欠かせないものです。山村でおが粉が手に入りにくくなったいま、酪農家はおが粉を輸入に頼らざるをえなくなっています。従来はタダ同然で林業家から譲り受けていたものに、コストが発生するようになり、酪農までをも圧迫しているというわけです。
竹本氏は、さらに続けます。
「輸入したおが粉には防腐剤が付着していて、牛の健康を害していることも問題になっています。従来は、おが粉と牛の糞尿は堆肥になるため農家が引き取っていましたが、防腐剤が付着したおが粉と、健康を害した牛の糞尿では引き取り手がなく、産業廃棄物としてコストをかけて捨てざるをえない状況です。このように、林業の衰退が周辺の産業に二重三重の影響を与えていることを危惧しています。従来あった地域の循環を取り戻すために、林業の活性化と、使った木を土に戻す仕組みを具現化していきたいと思っています」
林業の活性化と、それに伴う地域の循環の再生。トビムシの試みもまた、日本の森づくりと新しい国づくりのモデルになりうるのではないでしょうか。
*6 株式会社トビムシ会社概要より抜粋
*7 西粟倉 森の学校 ウェブサイト
*8 ワリバシカンパニー プレスリリース