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東京大学教授 吉村 忍氏、東京都 環境局 千葉 稔子氏インタビュー(前編) ―環境や感性を可視化する

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丸の内地球環境倶楽部の"健康になるオフィス・ワーキンググループ"は、「就業者の健康を支援するオフィスやまちづくりのために、参加各社が主体的に自らの新たなビジネスを創出し、また、事業評価を可能にする指標づくり」を目指し2008年度から約2年にわたって活動をおこなってきました。

そのワーキンググループで使用されたニューラルネットワークと統計処理に基づく多次元非線形データ解析ツールn-DESIGNと対話型多次元データ可視化ツールADVENTURE_DecisionMakerの開発者である東京大学教授 吉村 忍氏による報告会が、11月22日(金)にエコッツェリアで開催されました。吉村氏と環境配慮型都市づくりに取り組む東京都 地球温暖化対策推進係長 千葉 稔子氏に対談形式でインタビューを行いました。

東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 教授 吉村 忍氏
東京都 環境局都市地球環境部計画調整課 地球温暖化対策推進係長 千葉 稔子氏
聞き手:一般社団法人大丸有環境共生型まちづくり推進協会 事務局次長 近江 哲也

――「これからの環境対策を考えていくには、いわゆる低CO2化だけではなく、個々のライフスタイルやワークスタイルに合わせたオフィスの供給を、まちやビルが支援することが必要になる。その時のオフィスは、健康や知的生産性を追求することによって、結果的に低CO2も実現できるようなものを目指す」このような考えから、"健康になるオフィス ワーキンググループ"では吉村先生の力を借りて、課題の具体化と構造化をおこなってきました。
今回は、吉村先生が開発され、ワーキンググループで使用されたn-DESIGN 、ADVENTURE_DecisionMakerの話を通して、評価の仕組みづくりや、環境配慮型のまちづくりについてお聞きしたいと思います。まずは千葉さんから東京都の考え方をお聞かせいただけますか?

千葉: 東京都のまちづくりで最近最も大きな課題は温暖化問題への対応、つまりCO2削減で、都は2010年4月から都内大規模事業所であるビルや工場へのCO2削減義務を施行しました*。事業活動をいかに少ないエネルギーで実施できる体質になっているかが20年後、30年後の都市の競争力にもつながるのではないかと思います。

また、今後は、低CO2化が、低エネルギー・省エネにつながるだけでなく、結果的に「心地よい」「気持ちいい」というような別の価値にもつながってくるのだということがうまく説明できるようになれればと思っています。「心地よさ」が環境配慮型不動産の付加価値となり、それが投資家やテナントに選ばれる理由になるような価値観が広まっていくといいですね。そうなれば、ビルオーナーは現状よりやや多くのコストを要したとしても省エネ型のビルを建てるというような、社会にとってもいい循環が生まれてくるものと考えています。
*総量削減義務と排出量取引制度

――吉村先生は自動車や人工衛星の設計、原子力発電所の保全最適化などの様々な問題解決に携わっておられますが、千葉さんのお話にあったような課題の解決にも、吉村先生が開発されたn-DESIGNが役立つのではないでしょうか。

吉村: まずは、以前に取り組んだ自動車の例についてお話させていただきたいと思います。 自動車は現代社会を表すような機械で、環境をはじめ、物流、生活、経済にも影響するものですね。以前は、自動車のデザインの目標は、「強さ」や「速さ」、「走行安定性」といった工学的なものでした。

そこに、ある時から、「ユーザの嗜好」という要素が入ってきました。「安全性」や「走行安定性」はもはや当たり前で、「乗り心地」や「デザイン」といった感性的な目標が求められるようになったわけです。その上、その後、「省エネルギー」や「リサイクルのしやすさ」という複雑な要素も求められるようになりました。

これらの解決を考えるときの課題は2つあります。1つ目は、設計目標の数が増える中で、目標をひとつに絞るのではなく、全部を満たすものを見つけ出さなければならないということです。たくさんの要求事項からより良い答えをなるべく速く見つけるために、技術論で対処する方法を考える必要が出てきたのです。

news101112_02.jpg もう1つの課題は、「デザイン」や「使いやすさ」、「リサイクルのしやすさ」という要素は「強さ」や「速さ」と違って測定できない・理論がない要素だということです。たとえばドアの開け閉めの音にも好みがありますが、車を設計するときにはドアの音など事前に予測できないわけです。理屈はないけど明確な要求があるものをどう実体化するか、そこに何らかの理論的なアプローチを持ち込むにはどうすればいいかを考える必要が出てきたのです。これは、先ほどの千葉さんのお話の中にもあった、別物として認識されている複数の価値同士をつなげることにも通じますね。

これらの問題を解決するために開発してきたのが"n-DESIGN"と、 "ADVENTURE_DecisionMaker"です。"n-DESIGN"は、ニューラルネットワークと統計的手法を組み合わせて用いることにより,人間の感性情報と物理情報のような、定量化や理論化が困難な入力・出力間の関係を理論化するシステム、"ADVENTURE_DecisionMaker"はたくさんのパラメーターを可視化して操作するツールです。自動車づくりや原子力発電所の保全活動など、様々な問題の解決に応用しています。

n-DESIGN
ADVENTURE_DecisionMaker

――環境対策をはじめとして理論がない部分では、まちも評価されにくいですよね。政策だけではなくて、一般の方にも理解され評価されるようなパフォーマンス指標が必要だと思います。

吉村: 
自動車のような工業製品は、限られた人間の力で製品を開発・生産して販売するので、やろうと思えばすべてのデータを収集して分析することができます。しかし、まちは、多様なステークホルダーや不特定多数のユーザが関わりますのでデータ収集が途切れてしまう。そこに難しさがあるわけだけれど、私にしてみればそこに研究対象としての面白さがあります。

――働く個人のステークホルダーがいて、それを取り囲むようにまちがあって、そこにさらに、製品やサービスを提供する企業といったステークホルダーがいるわけですからね。

吉村: ものすごい巨大複雑系社会経済システムですよね。普通に過ごしていれば、働く人とそれに関わるステークホルダーしか見えていないかもしれないけれど、実は人はもっと大きな環境の中で活動している。その輪は閉じることなくどんどん外に広がっている。まちは、それらすべてが相互に影響を与えあっているという複雑なシステムです。

(後編へ続く)
東京大学教授 吉村 忍氏、東京都 環境局 千葉 稔子氏インタビュー(後編) ―進化と生き残りのための多様性