地球大学第36回は11月29日(月)に開催されました。NPO自転車活用推進研究会(自活研)事務局長の小林 成基氏をゲストに迎え、21世紀のエコ・モビリティのあり方を考えます。
温暖化は、世界的な問題として広く認知されるようになりました。加えて、大都市では深刻なヒートアイランド現象も起きています。竹村氏によれば、「ここ100年で、温暖化を要因とする気温上昇は0.6℃~0.7℃だが、東京では3℃に及ぶ気温上昇を観測している」ということです。
また、脱石油も世界的に大きなトレンドとなりつつあります。「1998年の年間5兆円程度から、2008年には23兆円にも達した」(竹村氏)日本の石油購入額。原油価格は、2008年6月をピークにその後落ち着きを見せましたが、近年はまた上昇傾向にあります。持続可能な経済基盤を確立していくためには、石油への依存度をさらに低めていくことが求められています。
こうした背景の中で、世界や日本の各都市は、脱クルマの動きを見せ始めています。
ロンドンでは、中心部に乗り入れるクルマに対して渋滞税(congestion charge)を課し、都市へのクルマの流入を防ごうとしています。京都では、地球環境政策官が中心となって、「歩いて楽しいまちづくり」を掲げ、自動車中心だった市内の交通システムの見直しに取り組んでいます。そして、ここ東京でも、ディーゼル車の粉塵対策から、都心部へのクルマの流入規制を、ここ10年来実施しています。
一方で、日本、なかんずく東京は、未曾有の高齢化社会に突き進んでいます。都市に高齢者が増える中で、高齢者の移動の手段をいかに確保していくかを考えると、単純に脱クルマで突き進めばいいというわけではないことが見えてきます。
そこで、竹村氏は「クルマの進化からクルマ社会の進化へ」ということを訴えます。
電気自動車へのシフトが現実化しつつある中で、クルマ単体がより少ないエネルギーで効率的に移動できるようになることはもちろん、クルマに搭載した蓄電池を使って電力網との間で電力を融通することや、クルマにIT機器を搭載して、都市のセンサーとなることが期待されています。
この辺りは、「クルマの進化」というところでしょうか。
さらには、ドライバーにも歩行者にも高齢者が増えています。クルマが人を傷付けることなく、クルマと人の円滑なコミュニケーションを可能にする進化が求められるようになると竹村氏は指摘します。「所有から共有へ」という流れの中で、カーシェアリングのサービスも社会で広まりを見せているのも社会の大きな変化です。
また、ライフサイクルマネジメント(LCM)や、近年ヨーロッパでリサイクルに変わる概念として注目を集めているC2C*の観点からは、「毎日20万台生産し、12万台を廃棄処分している」(竹村氏)クルマ産業の現状は、大きな改善の余地を残していると言えます。
その流れの中で竹村氏が注目しているのは、「森で採れるベンツ」の動きです。ココナッツの廃材から部品を製造するなど、生物多様性に配慮した生物資源の活用が今後のトレンドとなることが期待されています。
* Cradle to Cradle。日本語訳は、「ゆりかごからゆりかごまで」。商品のライフサイクルの中で廃棄物を出さない設計思想・手法として注目を集めている。
小林 成基氏
竹村氏の話を受けて、小林氏が、自転車の観点から都市の交通システムを論じます。
竹村氏、小林氏両氏が強調するのは、「クルマ対自転車ではない」ということです。
まずは、自転車をめぐるトピックをいくつか紹介します。
国勢調査の結果によると、1990年から2000年にかけて、全国の自転車通勤者数は4%減少しています。それが、都内に限っては、通勤者数の母数が減少している中で、自転車通勤者数は3割増加しています。2000年以降、自転車の注目度も、まちの中で見かける頻度も圧倒的に高まっていますので、今年実施された国勢調査の結果が明らかになれば、さらに大きな伸びが見られるのではないかと思います。
もうひとつのトピックは、昨年、電動アシスト自転車の販売台数が、原動機付自転車の台数を越えました*。その数、36万5,000台。画期的なことではありますが、同じ時期に中国は電動アシスト自転車を年間2,100万台も製造販売しています。「日本に自転車の産業はない」と小林氏は危機感を顕にします。
* 参考:NRI Knowledge Insight 10年春特別号「成長期に突入した電動アシスト自転車市場 ~さらなる飛躍に向けて~」
続いて、小林氏が見るクルマの未来。端的に言うと、「決してバラ色ではありえない」ということです。
ひとつには、クルマを作っている人がクルマを買えなくなってきている現状を指摘しています。自動車製造に従事するのは季節労働者の割合が増え、彼らの賃金ではクルマは買えない、ということです。
もうひとつは、手頃な価格で入手できる石油の量が圧倒的に減ってきているということです。その結果、20世紀のほとんどの期間、バレル当たり10ドルで推移していた石油価格が、いまは80ドルになり、先日IEAが発表した長期見通しによれば、2035年には200ドルを超えると言われています*。クルマだけでなく石油も、買える人と買えない人の格差が大きく出てくるにちがいない、ということです。
* 参考:ロイター発表ニュース
2009年に大丸有で行われたシェアサイクルにも
電動アシスト自転車が使用された
ヨーロッパでも、高齢化は進展しています。エネルギー価格の高騰と高齢化に備え、ヨーロッパの各都市は防衛策に力を入れ始めています。それが、自転車と公共交通機関とクルマを組み合わせて都市交通システムの整備です。
ヨーロッパ諸国が採っている道路政策のポイントは、「幹線道路」と「生活道路」を分けることです。「幹線道路」とは、クルマが効率的に移動するための道路のことで、その代表例は高速道路のアウトバーンです。一方の「生活道路」とは、都市の内部の、人々が暮らしていくための道路です。ヨーロッパの諸都市では、「ゾーン30」という区域を設け、時速を30km以下に制限しています。アウトバーンではとことん速度を出すけれども、いったんまちの中に入ったら、人を傷つけないように安全に走るのが当たり前になりつつあります。
ちなみに、この30kmという数字には意味があります。「30kmを超えると自動車事故の死亡率が飛躍的に増える」(小林氏)というがその理由で、人とクルマが安全に共存するための施策として、「ゾーン30」を設けているわけです。
ヨーロッパの各都市は、自転車専用レーンやバス専用レーンの整備にも力を入れています。しかも、両者を一体的に進めているところが多いのが特徴です。バス専用レーンを自転車と共用することで、自転車レーンの拡充を進めるという施策です。
この施策のポイントは、バスが専用レーンを走ることで、バスは低速を保ちながら定時運行できるようになることです。
バスと一般車がレーンを共用すると、バスは渋滞に巻き込まれ、どうしても速度を出さざるを得ない場面が出てきます。この状況は乗客にも危険と不便さをもたらします。そのレーンを自転車が走ることも、大きな危険を伴います。
バスの専用レーンを作ることで、こうした課題が一挙に解決します。乗客は安全と快適さを手に入れ、自転車が低速走行するバスと同じレーンを走ることを可能にします。
ヨーロッパがバスを重視するのはなぜか?それは、公共交通機関に頼るしかない高齢者や若年者の足を守るためです。まさしく、クルマと人と自転車が共存するためのモデルと言えるでしょう。
日本は、道路が狭く、自転車専用レーンの設置は難しいと言われますが、歴史的建造物が多いヨーロッパの諸都市でも事情は同じです。事実、「パリは、95年に8.2kmしかなかった自転車専用レーンが、いまは500kmを超えて」(小林氏)います。クルマのための道を減らして、自転車のための道を作ったのです。その前提があったからこそ、バイクシェアで注目を集めるヴェリブも普及しました。
小林氏は、「当の日本の道路政策は、マクロな視点を欠いている」と指摘します。
そのひとつの代表例が、歩道と車道の間にガードレールを張り巡らせている日本の道路のあり方です。これは、歩行者を守っているように見えて、その実は違うというのが小林氏の見方です。警察庁が発表した、先進諸国の中での交通事故の死亡者の内訳の比較を見てみると、日本だけが突出して歩行者の割合が高いというのです*。
小林氏曰く、「ガードレールは人間を守るものではなく、歩行者横断防止策」であって、日本の道路行政は、人間中心主義とは程遠い、自動車中心主義になっているということです。
* 出典:警察庁交通局発表資料「平成21年中の30日以内交通事故死者の状況について」
こうした日本の道路行政の発想は、「アメリカの交通政策をモデルにしていることから来ている」と小林氏は断じます。「城塞都市で、活用できる土地が限られたヨーロッパの方が、日本のモデルにはふさわしい」と唱える小林氏の言葉には、たしかな説得力があるように思えます。
そのヨーロッパでは、近年、人が移動する権利を人権や福祉政策の一環として論じる傾向が強まっているということです。
いまの日本に求められているのは、モビリティや交通という概念を超えて、あらゆる人が、安全に、快適に移動できる社会を作っていくという視点なのかもしれません。
*開催日が木曜日となります。お間違えのないようにご注意ください。
ゲスト:益田文和氏(インダストリアルデザイナー、(株)オープンハウス 代表取締役、東京造形大学 デザイン学科 教授)
企画・司会:竹村真一氏(Earth Literacy Program代表/エコッツェリアプロデューサー)
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