2011年最初の地球大学は、「地球都市のソフトランディング」をテーマに、次のお二方をゲストに招いて1月24日(月)に開催しました。
・小原昌氏(東京都環境局・計画課長、低炭素化・自動車公害対策担当)
・村木美貴氏(千葉大学大学院工学研究科准教授、都市政策・タウンマネジメント研究)
地球の人口は70億人に達しようとしています。そのうちの半数は、都市で生活を営んでいます。2007年、人類は都市人口が半数を超える未曽有の時代に突入しました。いまでは、都市人口は毎日約17万人、1週間で100万都市を建設する勢いで膨張しています。アジアやアフリカでは、人口1000万人以上のメガシティが続々誕生し、スラムに代表される劣悪な環境で暮らす人々が増えています。
都市問題こそが21世紀の地球環境問題であると言えるこの状況に、都市がどのように対応していくかが問われています。行政の立場から都市の諸問題に取り組む小原氏、ボトムアップな市街地活性化のアプローチとして注目を集めているタウンセンターマネジメントの研究・実践に携わる村木氏にお話を伺います。
小原氏は、東京都で自動車公害対策と低炭素化を担当しています。この2つのテーマで、東京都の政策として思い浮かぶのは、粒子状物質排出基準を満たさないディーゼル車の都内乗り入れを禁止するディーゼル車規制(2000年12月制定、2003年10月規制開始)とCO2削減義務を定めた改正環境確保条例(2008年7月条例改正、2010年4月規制開始)です。
ディーゼル車規制は、1999年8月の石原都知事の記者発表から始まりました。当時ヨーロッパでは、ディーゼル車はガソリン車と比べて温暖化対策にいいとされていました。そのことを指摘した記者に対して、都知事は次のように答えました。「地球には少し迷惑をかけるかもしれないが......」。
当時、東京都では大気汚染が深刻でした。大気中の粒子状物質を規制する環境基準を国が定めていますが、都では、この基準をクリアしないのが当たり前の状態が長らく続いていました。そこで、まずは大気汚染の問題を解決してから温暖化対策に乗り出す計画を立てたのです。
2003年の規制開始後1年で、都内の観測点で1カ所を除いて基準を満たし、2005年度には、都内の全ての観測点で基準をクリアしました。
並行して、東京の交通渋滞を改善するため、都内の一般道への課金の是非について検討していましたが、こちらは、法整備する段階まで辿り着けませんでした。小原氏が「体系化アプローチ」と呼ぶ、この従来型のアプローチは、「本の目次のように関連する政策案を並べただけ」で、誰が何をどれだけ負担し、それに伴う不利益をどう緩和するか、という現実的な視点が抜けていました。
そこで、続いて着手した温暖化対策では、「"How to"と"Who"を徹底して具体的にイメージ」して、政策立案に臨みました。政策を通じて実現したい社会像を描き、そのために不可欠な登場人物を具体的に設定する。その登場人物の責任と、責任(義務)を果たしやすくする仕組み、義務を履行しつつも事業を継続していくことの出来る仕組み、それらを併せて制度を設計する。このアプローチを小原氏は「統合化アプローチ」と呼んでいます。義務を課す政策と、事業遂行を支援する政策を統合し、成果につなげるアプローチです。
小原氏の目標は、「世界の各都市に、東京で実現した政策を広めていくこと」です。そのために、東京都は新しいアプローチでさまざまな課題に取り組んでいます。
「タウンセンターマネジメント(中心市街地管理)」は、1980年代後半にイギリスで生まれた中心市街地を活性化するための取り組みです。80年代のサッチャー政権の規制緩和策により、郊外に大規模小売店舗が相次いで出店され、それに伴い、地方都市の中心部が急速に衰退を始めました。その事態に対応するため、地元の商店街が中心となって、ボトムアップのアプローチで取り組んでいるのが、「タウンセンターマネジメント」です。
村木氏は、これまでに取り組んできた研究事例を発表しました。
一つ目は、イギリスのグレイブスエンド(Gravesend)です。最初期にタウンセンターマネジメントが動き始めたまちの一つです。
ここでは、まちの中心部に立ち並ぶ商店主が手を取り合って、自動車の流入を制限する交通規制、まちの色彩の統一、通りに花を飾る、まちの案内板を各所に設置する、という活動を中心に取り組んでいます。
このまちの活動は、商店にお金を落としてくれるのはまちを歩く人、という大きな前提にもとづいています。車がいくら通りすぎても商店では全く経済活動が生まれない。車が多いと危険を感じて歩行者がまちを離れてしまう。車の乗り入れを規制するのはそのためです。そして、歩いていて楽しくなるようにまちの色彩を統一し、通りを花で飾り、歩きやすいように案内板を設置しています。
二つ目は、ロンドン中心部、SOHO、ウェストエンド、カーナビー・ストリートの事例です。これらの地区は、世界中の高所得者を明確なターゲットに、「ショッピングストリートの復権」「強い商業地」というテーマを掲げています。
この地区の当面の課題は、「通りを買い物客と商業者に取り戻す」ことです。
ロンドンは、市内の渋滞を緩和するため、一般車にコンジェスチョン・チャージ(渋滞税)を課しています。そのため、ロンドン市内は公共交通機関が発達し、縦横にバスが走っています。この政策が、これらの地区には好ましくない結果をもたらしています。ロンドンのバスは2階建て。次から次へと走るバスに通りを遮られ、商店の軒先が通りの反対側から全く見えなくなり、買い物客の動きを遮っているのです。
とはいえ、バスはいまや市民の足となり、排除することは出来ません。行政とも折衝を重ね、バスのルートを変更したり、本数を見直したり、対策に取り組んでいるところです。
三つ目の事例は、渋谷のセンター街です。ここでは、村木さんの研究室が商店街を支援する形で、まちの実態調査に取り組んでいます。この調査を、タウンセンターマネジメントの用語では「ヘルスチェック」と呼びます。タウンセンターマネジメントは、通常、ヘルスチェックをするところから全てが始まります。まちも、人間の体と同様、現状を把握しなければ改善することはできないということです。
研究チームは、人の動きや店舗の入れ替わりを定期的に定点観測し、渋谷の現実の姿を捉えています。併せて、ガイドブックやファッション誌で渋谷というまちがどのように取り上げられているかという、渋谷のイメージについても調査しています。イメージと現実を正確に把握すると、そのギャップがはっきりと見えてきます。それを踏まえて、これから先、まちの安全と健全性を確保しながら、まちの賑わいをどのように大きくしていくか。そのための検討材料をまちに提供しています。
研究でさまざまなまちを見てきた村木氏は、タウンセンターマネジメントを機能させるポイントを次のように指摘します。「5年から10年という長期的な課題について議論するのではなく、半年から1年ぐらいの短期で実現できる課題に対して解決策を議論する。そうすれば、決済権のある人が出てきて、現実的な議論が進むし、決めたこともすぐに実行に移すことができる」ということです。反対に、「長期的な課題は多くの人が"Yes"と言いやすい綺麗な話が多い反面、具体的な利害にまで踏み込んだ議論がしづらい」ということです。
行政と同様、タウンセンターマネジメントのアプローチにおいても、利害関係者を枠組みの中に巻き込むことが、まちを動かすために重要なファクターとなっています。
日時:2011年2月7日 (月) 18:30~20:30
ゲスト:山崎養世氏(成長戦略総合研究所 理事長、総務省顧問)
企画・司会:竹村真一氏(Earth Literacy Program代表/エコッツェリアプロデューサー)
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