女性誌に特集が組まれ、「寅カジ」なるファッションまでも登場するなど、今、再びブームとなっている「寅さん」。 その魅力を探るべく、丸の内朝大学では、秋学期の特別クラスとして『いつも心に寅さんを!クラス』を開講し、これまでに6回の授業を展開してきました。
その最終回となる特別講義が12月13日(火)、新丸ビル「コンファレンススクエア901」にて開催されました。講師にはご存知、『男はつらいよ』の生みの親・山田洋次監督が登場。メイン講師である鈴木敏夫助監督と共に、トークショー形式で授業が行われました。クラスの受講生以外にも多くの方が集まり、会場は開始前から満員御礼。この貴重な講義の模様を、レポートでお届けします。
大きな拍手の中、山田氏と共に登場した鈴木氏は、まず開口一番、「寅さんのクラスを申し込まれて、定員になって締め切られてしまったと言う方、いらっしゃいますか?」と会場に問いかけました。この日の特別講義は、受講生以外の方も事前予約により受講可能。パラパラと手が挙がった会場に向かって、鈴木氏は「どうも申し訳ございませんでした。スタッフは第2弾、第3弾も企画しているようなので、よろしければ受講してみてください」と丁寧な言葉を送りました。鈴木氏のあたたかい気遣いが感じられたところで、いよいよ講義がスタートしました。
まず、シリーズ第6作『男はつらいよ 純情篇』のワンシーンが上映されました。場所は駅のホーム。恋に破れて柴又を去っていこうとする寅さんに、妹のさくらがマフラーをかけてあげて、「辛い事があったら、いつでも帰っておいでね」と声をかけるシーン。寅さんは涙ながらに「故郷って奴はよう...」と言うのですが、電車の扉が閉まってしまい、寅さんが何を言っているのかわからないまま、電車は走り去ってしまうのです。
上映後、鈴木氏は「今年ほど故郷というものについて日本人が考えた年はないのではないか」と話題を切り出しました。ここからは、対談形式でレポートをお楽しみください。
鈴木:山田さんにとって故郷にはどんな思いがありますか?
山田:僕は満州で育ちましたから、日本の教科書を見たり、人から話を聞いたりして、内地について想像して思いを馳せるしかなかった。でも、あるロケで「この景色懐かしい」と言ったら、「あなたにとって故郷は情報としてあなたの中に培われたものなんじゃないか」と言われてね。でもそのとき、今の若者はみんなそうなんじゃないか、故郷は失われているんじゃないか、と思ったんだよね。つまり、みんなが「懐かしい」と言うのは、「本来こうあってほしい」と思うものと比べているんじゃないかと思ったんですよね。
鈴木:『男はつらいよ』を26年間撮られて、寅さんの故郷というのは柴又で、いつも変わらずにあるものとして描き続けましたよね。それは何か山田さんなりにこだわりがあったのですか?
山田:うん、あったね。実際は柴又だってどんどん変わっているんだけど、映画の寅さんにおける柴又というのはなぜか、変わらない。「昔のままなんだと考えようじゃないか」と思いましたね。だけど現実には、道路は舗装され、ビルは建って、訪れる度にどんどん変わっていって、いかにそれがフィルムの中に映らないようにするか苦労していた。赤電話なども無くなったから運んできてね。映すところがだんだんなくなって、大変だな、と思った頃に終わっちゃったんだよね。
鈴木:「変わらないものがある」ということが、今見てもみなさんホッとされる理由なんじゃないですかね。
山田:うん、そうだね。変わらない場所であってほしい。ヨーロッパなんかにいくと、新しい街もできているけど、郊外に行くと、古い場所はちゃんと残している。でも日本はどんどん壊しちゃうから、それは絶対日本人の心に影響しているよね。
鈴木:今回、受講生のみなさんに「私の寅さん」としてレポートを提出していただいたんですが、「変わらないものが大切なんじゃないか」と書いてくれた人がたくさんいました。ついこの前、新聞に『知らないと損するお金の学校〜この一冊でお金の仕組みがすべてわかる〜』なんて書籍の広告があったんですが、どんどん変化のスピードを求める社会になっていますよね。我々の中にも、できれば無駄な時間を使いたくないというところがあって。でも寅さんというのはその対極にあるようなところがありますよね、そういうものを描きたい、というのもあったのですか?
山田:そんなふうに考えて寅さん像をつくるわけではないです。最初は渥美清さんという方をどうしたら一番活かせるかな、と考えたときに、落語の「熊さん」を思いついて。熊さんは定住することができなくてふらふらしているんじゃないか、でも故郷はあって、時々寂しくなって帰って来るけども、市民生活を送るための秩序を守ることができないから、また出て行ってしまう、と。そういう人物を描くのが良いんじゃないかな、と思ったんです。そういう職業は何が良いかな、と考えて渥美さんと話した時、一番面白かったのが「テキ屋に憧れていた」という話だった。数々の口上の文句をスラスラと言えたので、テキ屋をやれば相応しいんじゃないかと思って、キャラクターができていったわけです。
ここからは、初期の頃の制作の裏話に話が発展。「もう最後だ」と思って作った作品がヒットして継続になった話、渥美清さんのファッションやプライベートに関するユニークなエピソードなどにも話は及び、会場は笑いに包まれました。
この後、トークは渥美さんの性格についての話に。特に「勉強はできないけど、すごく頭のいい人」であることにスポットがあたり、再び寅さん像についての話題になりました。
鈴木:渥美さんのそんな一面は、寅さん像に影響はあったのですか?
山田:寅さんはただできないだけだけど、渥美さんは、「興味の無いことはやらない」のだと思います。「ヨーイドン」で一斉に走り出すのではなくて、渥美さんは応援にまわる側に一生いた人なんじゃないかな。俳優の仕事っていうのはそういうことだよね。寅さんを見ている人はみんな真面目に働いている人で、寅さんはそれを応援する立場なんじゃないかな。
鈴木:一方で寅さんのファミリーは、いつでも待っていてくれる存在で、家も改築もしていないでしょ?だからいつも同じようにあたたかく受け入れてくれる。あれも少し変えてみようか、なんてアイデアはなかったのですか?
山田:いや、ありましたよ。同じことの繰り返しじゃなくて、もっと変化させたらどうか、とか。でもそれを聞いた時に、「ここが考えどころかな」と思った。「変えないんだ」と。寅さんが恋をして故郷に帰ってきて、みんなが迎えるけども、また去っていく、というこの形はね、フレームと言うのかな。これは観客と共有していなくてはいけないのではないか、と。その中で、毎回いかに新鮮に見せるか、というところにこそ、我々作り手は汗を流すべきなんじゃないか、と考えました。
鈴木:でも、枠組みが同じということは大変だったでしょうね。
山田:大変だけど、そのことで作る楽しみというのもあってね。観客は始まったときから大体の流れを頭の中に持っていて、それを共有していく喜びはまた別のものだね。「いい馴れ合い」と言いますか、「寅さんだから」と納得できる「典型」をつくることができたんじゃないかな。「典型」であり得たことが、どれだけこの映画を作り続けるのに助けになったか、と思います。
鈴木:寅さんはDVDで一人で見るのもいいけど、他人同士が同じ気持ちを共有できる楽しみがありますよね。みんなが笑っているから自分も、「何だかわからないけど楽しい」みたいなのがいい。
山田:それが大事なんだよ。お客さんが先回りしちゃって「こういうときはタコ社長が出てくるんだよ」とか言っているのがいい。大阪の映画館で、寅さんがマドンナに手を出さなかった場面が上映されたとき、「寅さん、いてまえ、いてまえー!」「いや、手を出さないのが寅のいいところや」なんて声が挙がったこともあったと聞いたこともあります(笑)。
変わらない故郷と、変わらないストーリーの形。寅さんが時代を超えて愛されるのは、この安心感があるからなのでしょう。
続いて鈴木氏は、山田氏の、寅さんへの愛を感じることのできる、あるエピソードを切り出しました。
鈴木:2007年に『母べえ』と言う映画の撮影で、監督と一緒に信州の喫茶店に入ったことがあるんですが、山田さんがふと「ここに寅さんが入ってきたら何が起こるかね」と言ったんですよ。シリーズが終わって12年も経ってるのに、僕は驚いてしまって(笑)。そしたら山田さんは、その場で考えたストーリーを語り始めたんですよ。あれは、同時に複数の作品の構想を練る必要があった『男はつらいよ』製作中の、山田さんなりのトレーニングみたいなものかなと思ったんですが。
山田:そうかもしれないね。だって考えるの面白いんだもん(笑)。今でもしょっちゅう考えてるよ。この前に血液検査に行って、医者が説明しているのを見ていたりしたら、たちまち寅さんのことを考えちゃうんですよね。さくらが、「おにいちゃん不摂生なんだからそろそろ病院行った方がいいんじゃない?血液検査をすればなんでもわかるから」と説得すると、寅さんは「ダメだ。頭の悪いのがわかっちゃうだろ?」って。それでも無理矢理病院に連れて行くと、「やっぱり帰る」と言い出して、そうするとキレイな女医さんが通るんだな。その話の結論は、「心のことは医者にはわからないんだ、恋心はどうしようもない」とね。
鈴木:生みの親が寅さんの一番のファンなんですよね。
即興で考えた自作のストーリーを本当に楽しそうに語る山田氏の様子からは、寅さんという人間への、心からの愛情を感じることができました。この愛情がスクリーンを通して、私たち観客に届けられているのです。
トークの冒頭でも話題となった「故郷」というキーワード。それは今年、世界に衝撃を与えた東日本大震災にも通じるものがありました。話は、震災時に山田氏が取った行動から、故郷、そして渥美氏が亡くなられた時のエピソードにまで及びました。
鈴木:山田さんは、4月1日にクランクイン予定だった次回作の準備中に地震が起こったんですよね。それで山田さんの方から「延期した方がいいのでは」という提案がありました。
山田:うまく言えないけれど、ひとつの大きな節目になっているのではないかな、と思ってね。敗戦、ベトナム戦争などがあったけど、その次に来るほどの節目かな、と。だから、「どうなるかわからないけど、とにかく待とう」ということで延期したんだけどね。津波だけじゃなくて原発という、予想はできたんだろうけど、不覚にも僕なんかは予想もしないことが起こって。こんなにも怖いものだとは思わなかったことが起きてたからね。
鈴木:はじめの「故郷」の話で言えば、故郷を離れざるを得なくなった福島の人もいるでしょう。自分の考えじゃなく、住むことができなくなるっていう人が。
山田:そうだよね。でも、寅さんは、科学の進歩なんかとはいかにも縁が無くて、発展とか、向上とか、そういうこととは関係ない。渥美さんもそういう人だったな。最後まで「消えるように亡くなりたい」と言っていて、送り出しも家族だけで、外に漏れないようにやって、全てが終わってから関係者の方に伝えてくれ、と。そのことを亡くなってからご家族に聞いて、ビックリ仰天してね。
鈴木:でも、スクリーンの中では死んでないですものね。
山田:そうだよね。
そして最後に、受講生からの質問の時間が設けられました。寅さんファンが集まった会場からは、シリーズ中の役者交代や、お店の名前が「とらや」から「くるまや」に変わったことなどについての鋭い指摘があり、山田氏も生徒のみなさんの「寅さん熱」に驚いた様子。それぞれの質問について丁寧にエピソードを語り、質問者も大満足の様子でした。
講義終了後には、『いつも心に寅さんを!クラス』の受講生の方からの花束贈呈があり、大きな拍手が沸き起こる中、特別講義は終了しました。
寅さんに学ぶ幸せな生き方、みなさんは何か発見がありましたか? 人々の価値観をも揺るがすほどの出来事が起こった今年、改めて寅さんは私たちに「幸せかい?」と問いかけているような気がします。
間もなく今年も終わりを迎えます。お正月は家族みんなで『男はつらいよ』のDVD鑑賞、なんて過ごし方も、いいかもしれません。12月24日(土)より、WOWOWではシリーズ全49作品を一挙大放送もあるようですよ!