松岡正剛氏が大胆にプロデュースし、書店のあり方の可能性を広げたとして、各種メディアから注目を集めてきた丸善本店松丸本舗と、サステナビリティを考えるまちメディア丸の内地球環境新聞のコラボレーションでお届けしてきた【丸善松丸本舗BookNavi】ですが、なんと松丸本舗が2012年9月末にて閉店してしまう!ということで、急ではありますが、今回が最終回となってしまいました。毎月その季節にピッタリの本をご紹介してきましたが、今回は松丸本舗の店舗はなくなってもみなさんの心のなかで松丸の種は育ち続けるんだという想いを込めて「次世代に残したい本」を紹介させて頂きます。
お話を伺ったのは
・松丸本舗ブックショップ・エディター 森山 智子さん(以下 森山)
・松丸本舗売場長 宮野 源太郎さん(以下 宮野)
絞りに絞った13冊をご紹介いただきました。
1:『死者の書・身毒丸』 折口信夫
2:『忘れられた日本人』 宮本常一
平尾: 最終回になってしまいましたが、今回も平尾と石村でお話を伺います。
森山: 松丸本舗の「本殿」は千夜千冊の1144冊を元に約2万冊を置いています。千夜千冊に入っている本を「キーブック」と呼んでいるんですが、それは他の本へと広がるトリガーとなる本なので、私にとってトリガーとなることの多い本を選んでみました。
この『死者の書』は本殿の1巻の真ん中より少し前にあるんですが、日本史で出てくる平安時代の国風文化が「日本らしい」という時の日本らしさとは何かということを、奈良時代の日本人が感じていたことと今の日本人が持っているものが呼応するような感じで引き出してくれる本です。
次は本殿の5巻にある『忘れられた日本人』です。これはよく売れる本で、今忘れられかけている日本人の姿、時代で言うと50年前くらいの今でもぎりぎり接点が持てるくらいの日本人の姿を綴ったものです。『死者の書』の方はもっと昔なので、DNAの奥の方で感じてほしい本ですが、これはまだ手触りとかにおいとか、例えばおばあちゃんちに行った時に真っ暗闇の奥に何かいそうだと感じるその感じ、暗闇のない都会から行って初めて経験したはずなのに感じられる、言葉では語れない感覚的なものを書いているんだと思います。
宮野: そう、われわれの情緒の部分で、暗闇のわからない都会の子供でも知らないけどわかるみたいな。「忘れられた日本人」というのは「忘れちゃってた自分」でもあるし、それは教科書の歴史じゃなくて、われわれの感覚とか情緒に刷り込まれたものの歴史から見えてくるもので、これはそれをまとめた本なんだと思います。
森山: この2冊を選んだのは、ここの丸善の3階までの本棚は現実社会がそのまま移されたような構成になっているので、現実と本屋の乖離がないんですけど、松丸本舗はもっと自分の奥のところをきゅっと掴まれてしまう本屋だなぁっていうのをずっと感じていて、だから、そういう日本人の奥の部分に触れて、奥にあるものを呼び起こしてくれる本として選びました。
3:『胎児の世界―人類の生命記憶』 三木成夫
4:『重力と恩寵』 シモーヌ・ヴェーユ
5:『空の思想史』 立川武蔵
森山: 次は、本殿の2巻、ここは科学の本が中心ですが、そこのベストセラーである『胎児の世界』を。この本は人間が子宮の中で受精卵から胎児になるあいだに、生物が人間になるまでの進化の過程をトレースするということを描いた本です。普段生活する中で自分の時間感覚を変えるのって難しいと思うんですけど、この本を読むと自分の中にもっとゆっくりした大きな時間があるということを感じられるので、ビジネスマンの方とか買われていくことが多いですね。あと、自分の意識というのは頭で考えていることが全てだと思いがちですけど、「腹が座った」とか「腹に据えかねる」というように日本人の体感覚というのはお腹に中心があると思うんですね。それが生物学の専門的なアプローチともつながるということにも気付かさせてくれます。
宮野: これはすごく影響力のある本で、たとえば吉本隆明さんの『母型論』なんかは完全にこの本の影響下に書かれています。科学的ではあるれども情緒的なものも感じられる本だと思います。
森山: 松丸の棚は科学と情緒を離さないんですよ。多くなりすぎるので入れなかったんですけど岡潔さんの『春宵十話』なんかも科学と情緒をつなげる本ですね。
宮野: 紹介しようと思って自分の推薦本にいれちゃった。
森山: さすが!じゃあそれは後で。
それをさらに突き詰めると、分子レベルの動きと気持ちの動きがつながっているのでは?と想像させてくれるのがこの『重力と恩寵』です。ヒッグス粒子が話題になりましたけど、それによって質量が生まれて、それで重力が生まれて、それで引っ張り合う力が生まれて、それがずーーっときて欲望につながる、そうことなのかも。と想像すると楽しい。
それと仏教の「空の思想」について書いたこの『空の思想史』には虚と実が合わさると空になるとあるんですが、これは物理学の量子力学にも通じるんだそうです。アインシュタインが相対性理論を発見した時に、その考えがヨガや禅の考えに近いということでヨーロッパの人が仏教などに興味をもつようになったそうですが、そういうふうに科学が証明する前から人はその理論を感覚的に見つけていたんだなということを知ることが出来る本です。
宮野: 湯川秀樹さんも仏教とか中国思想の本をたくさん読んでいて、それが科学の分野でもヒントになったそうですね。
森山: 量子力学に連続ではなく確率的に事象が起きるというような話があって、それも因果の話なんかを科学で言ってるように感じます。それに、これって、一人の人が「なんだろう?」って思ったことが長い時間の間にこつこつ積み上げられてつかめたことのような気がして、それってどうやってつないできたのかなぁと思って。そしてそれがつながって私たちがいるので、そのことが私たちが感覚に素直になる切っ掛けになればとも思います。
6:『神曲 地獄篇』 ダンテ
森山: 次はダンテの「神曲」です。
宮野: ベストセラー第1位
石村: ちょっとおかしいですよねこれが1位って
森山: このダンテがある棚は、『パンセ』とかもあるんですが男の人が佇んでいることが多いですね。ここまでずっと日本の話をしてきましたが、西洋的なものがダイレクトに入ってきた時に、日本人ならではの「あわせてみる」ということをやっているわけです。そもそも禅の考え方とイスラムの考え方が似ていて、イスラムはルネサンスに影響を与えているんでつながっているといえばつながっているんですが、違う方向に向かって発達したことで、ぜんぜん違うものになっています。そのぜんぜん違うものに人はなぜか惹かれて、その惹かれる気持ちってなんだろうと。一方、日本が西洋と出会う前に、『神曲』とだいたい同時代に日本でも『地獄草紙』なんてものが書かれていたりして、世界共通の何かがそこで起こっている。そんな風に色々な補助線が引ける本なので、ここから本当にたくさんの本にいけてしまうんだと思うんです。
平尾: 松丸に吸い込まれた人はこの『神曲』を買いたい心境になってしまうんでしょうかねぇ。
宮野: ダンテの下のほうには『徒然草』や『夢中問答』もあって、よく見ると同じ時代にみんな同じ問題意識を抱えていたという棚の作り方をしているので、キリスト教の棚の中にポンとあるより「おやっ」ていう出会いが生まれやすくて、手にとってもらえるんじゃないかと思ってます。
石村: いつかは読もうと思ってるけど読まない本ですよね。だから他の興味がある他の本の中にあると、これも買っとこうってなるのかなぁ。
森山: これが1冊鞄に入ってるだけで強くなれそうなお守りのようなところもあるかもしれません。
宮野: 地獄篇だけだと辛いですけどね。
森山: でも地獄のほうが極楽よりも面白いですよね、なんでだろう。
宮野: すごい人間臭さが出るからでしょうね。
森山: そうか、極楽に行くと人間臭さの角がみんな取れちゃう。
7:『絶望の精神史』 金子光晴
8:『堕落論』 坂口安吾
森山: 『神曲』があったから、絶望と堕落のこの2冊を選びたくなったのだと、いまこうして話をしていて気がつきました。これこっそり売れてますね。『絶望の精神史』は、これぐらい絶望感味わったらなくすものは何もないから「頑張れる」とか「いいや」って思える。最初の書き出しでそんな風に鷲掴みにされてしまうので、しばらく棚の前に立っていられる方は買って行かれることが多いですね。
この2冊には高度成長期の、夢があってそれに向かって頑張ることがすごくいいことというような考えに疑問を呈するというか、みんなが声高に「これは素晴らしい」っていうことに「そんなことないよ」っていう斜に構えた感じの本です。そういう人ってあまりいなくりましたよね最近は。
平尾: なんでいなくなっちゃったんですかね
宮野: とりあえず何か代わりがあるからじゃないですかね。この2冊の一方は敗戦直後もう一方は高度成長へのシフトと戦後のゼロから価値観をもう一度組み直さなければならない時代が背景としてある。選択肢がないんですよ。今は「ゼロから」と口では言っても、そこには常に選択肢があるんですよ。
森山: 確かに可能性はありますよね。それと日本人って、昨日まで一つのことに「わー」って行っていたのに突然「ぱんっ」と全然反対のことに変われれるじゃないですか。それについても「それでいいのか」っていうことを言っている。いまも「これなら安心」という規格にあった自分になっていれば、生きるのに有利という理由で、そこにスッポリ浸かっちゃうっていうのがありますよね。異質なものは自分を乱しかねないから怖い。だから松丸本舗を怖がる方もいらっしゃいます。面白そうだけど入り込むと自分が揺り動かされそうで一歩引いてしまうのかもしれません。
宮野: そんなだから、この前の震災でもやたら「想定外」「想定外」って言って、どうしていいのかわからなくなって右往左往してしまう。「じゃあ俺は何をする」って言う人はいない。そういうのを見てると、何もないところから立ち上がれる人達がいないのかなぁと思いますね。そういう環境だから最近売れてるのかもしれない。
森山: そういう意味では今の若い人っていうのは新しいことが生み出せるっていうか、私たちの世代が感じてたこととは違う感覚で生きてるようにも思えます。肩に力を入れてこの本のようなことは言わないけど、こんなことも実はわかっていて歩き始めている。
最後「絶望」で終わってしまいましたけど、いったん絶望を感じることは次に行くためにものすごく必要なことで、一度そこまで感じてるからこっちにもいける。いったん「負」に行ったからこそ「正」に振れる。虚と実というのもありましたけど、両方があるんだということを感じることが何より大事で、そこからこの場合は「空」が生まれたわけですけど、何かが生まれる。「空」っていうのはなにもないわけじゃなくて「空」がある状態。ゼロとは違うのです。
ゼロというと『空の思想史』と一緒におすすめする本に、2巻の『異端の数字ゼロ』というのがあって、これはゼロの恐ろしさが書かれた本なのですが、アメリカの原子力空母のプログラムで「ゼロで割る」という処理が動いてしまって空母が止まってしまったというエピソードが最初に書いてあるんです。西洋ではゼロっていうのは怖いものと捉えられていて、それが東洋の空とは明らかに違う。
そんな風に両方のことを知ろうというスイッチが入る本を選んでみました。
平尾: ありがとうございました。では今度は宮野さんの...(続く)
【丸善松丸本舗BookNavi】最終回! 「次世代に残したい本」(後篇)―中勘助『銀の匙』、Chim↑Pom『芸術実行犯』、松岡正剛『3.11を読む』他
営業時間: 9:00〜21:00
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