私たちが毎日使う照明は、建築やデザインの分野で進化を続けている。明るく照らすだけのモノから、省エネや環境に配慮した上で心地よい空間をつくり出すモノに変わりつつある。時代の変化を受けて丸の内地球環境倶楽部(エコッツェリア協会)は、屋外LED照明デザインコンテスト「庭のあかり大賞」を開催した。格式あるオフィス街にふさわしい屋外照明を、LEDを使って提案してほしいとの呼びかけに力作が集まった。コンテストを通じて、あかりの未来を考えてみたい。
2011年6月27日午後4時、東京新丸の内ビル10階にあるエコッツェリア協会に、多くの人が集った。丸の内地球環境倶楽部が主催する「屋外LED照明デザインコンテスト『庭のあかり大賞』」の表彰式である。この類の表彰式にしては珍しく、審査結果が公表されていなかったため、最終審査に残った作品の関係者の多くが来場し、審査結果の発表に聞き入っていた。
大賞に選ばれたのは久原真人さんの「Catch the White Breath」という作品だ。円形の照明の中心部にあるセンサーが空気の流れを感知するとLEDが光る。会場には試作品が展示され、多くの参加者が「ふっ」と息を吹きかけて、あかりを灯していた。空間デザイナーとしても活動している久原さんは、作品のコンセプトを次のように話す。「風を受けて光るものが発想の原点です。機能はシンプルで、群で設置したときに存在が際立ってくるようなものを考えました。都市にたゆたう人の想いや夢を顕在化できるものを表現したつもりです」。審査委員からも「光の輪による印象的な空間がつくれる可能性を感じた」。というコメントが寄せられた。
実は久原さんは、大丸有と縁がある。1920年に建造された丸の内の日本工業倶楽部会館の再竣工に携わった方と一緒に、とある歴史的建造物の保存利活用運動に関わっていたとのこと。そのとき建物やまちには建造物や記憶など有形無形の「何か」が入り混じり、それが人の営みを豊かにすることに気づいたという。「『想い(おもい)をカタチに』とよく言いますが、多くの人が集まる都市はその想いや願いが最も多く集積する場だと思います。大丸有には集まった人の夢をカタチにする場の象徴であり続けることを期待しています」(久原さん)。
このコンテストは、「まちの庭」とでもいうべき、屋外の公園やオープンスペースなどを心地よく照らすあかりの製品デザインを募集したものだ。募集要項では、大丸有が持つ記憶、歴史や文化、将来像やコミュニティの理念などをデザイン表現に結びつけたもの、新技術であるLEDならではの特性や可能性を生かしたものであることが求められている。大丸有を「1000年続くまち」にするという目標を掲げ、持続可能な環境づくりに取り組んでいるエコッツェリア協会の近江哲也さんは「『あかり』から新しいアイデアを学び、未来につなげたいと思いました」と語る。
2011年3月1日から募集が開始され、52点の応募作品が集まった。その中から一次審査を通過した28作品は、エコッツェリア協会と、「3331 Arts Chiyoda(2004年に閉校となった旧千代田区立練成中学校を修復し、大型の現代アートセンターとして注目されている)」でパネルが展示された。最終審査は6月20日、パネル展示会場でもある3331 Arts Chiyodaで行われた。審査委員長でもあるランドスケープデザイナーで奈良女子大学教授の宮城俊作さん、社団法人日本ディスプレイデザイン協会理事の鈴木恵千代さん、キスムラインダストリー社長の岸村俊二さん、大手町・丸の内・有楽町地区再開発計画推進協議会幹事長の合場直人さん、三菱地所設計専務執行役員の東條隆郎さん、以上5名の審査委員によって、大賞1点のほか優秀賞3点、審査員特別賞2点、奨励賞が選ばれた。
「まちにふさわしいものは何か」「歴史を反映したものは何か」などデザイン面からの評価と、製品としての実現性、メンテナンス性など、それぞれの専門領域から意見が出された。審査員が共通して応募作に対して感じたのは、大丸有のまちとしての特性を考えた作品、そして今の照明の潮流に沿って「たたずまい」に配慮した作品が多かったことだという。宮城さんは言う「質が高く、審査員の見識が問われる難しい審査でした」。
近江さんは設計者があかりの大切さを考え抜き、作品にそのメッセージが込められていることを感じたという。「力作が集まり、本当に感謝しています。持続可能で、そこに集う人に心地よいまちをつくりたいという私たちの願いが伝わったと思います。またLEDの特性である環境性能も充分生かした作品ばかりでした」。
コンテストで指定されたLEDは、東日本大震災後の節電時代に一段と注目を集めている。LEDは発光ダイオードを使う照明で、白熱電球や蛍光灯と比較すると、耐用年数が長い、消費電力が少ない、衝撃性に強いといったメリットがある一方で、価格が高い、音がうるさい、光がちらつくというデメリットがあった。しかし近年の技術開発によって「ちらつき」など光の質は改善され、さらに新規参入する企業が増え、価格もかなり下落している。LED照明を販売している国内メーカーは、東芝ライフテック、パナソニック、三菱電機照明といった照明大手メーカーだけでない。大和ハウス工業やアイリスオーヤマのように異業種からの参入も多く、つい先日もリコーが参入を表明している。また中小企業、ベンチャー企業も数多く、まさに戦国時代に突入したといってもいいだろう。
時代の変化は数字にも現れている。2011年6月のある調査会社によると、全国家電量販店における電球の全販売個数におけるLED電球の割合が4割強となり、白熱電球を初めて上回ったという。これからの照明の主流がLEDになることは間違いないだろう。
省エネ・節電で注目が集まるLEDだが、庭のあかり大賞では、それだけでなく心地よい空間づくりをも求めた。大賞を受賞した久原さんも、「技術的な解釈をしがちなLEDですが、このコンペではあかりの存在意義を問われている気がしました」と話す。久原さんの作品以外にも魅力的な作品が集まった。3点の優秀賞はいずれも印象的な作品だ。
技術賞に選ばれたのは「光鈴」。秋田公立美術工芸短期大学の石垣充さんらの作品だ。昼には風鈴となり、太陽光電池で充電。夜は風の動きにあわせLEDがかすかに光って「ちりーん」という涼しげな音がなる。大丸有は、さまざまな風の通り道だ。東京湾からの浜風、隣接する皇居の杜に出入りする風、オフィス街に吹くビル風、地下鉄の換気の風、それを感じられる物語性が評価された。
石垣さんは「丸の内という東京の中心に、大げさな工事をともなった設備ではなくささやかな光と音による景観をつくるよう心がけました。古いけれども新しいデザインを考えました」と話す。秋田からの出品だが、「大丸有の景観の変化は、全国で注目されています」(石垣さん)。
芸術賞に選ばれたのは「水灯籠」。岩橋翼建築設計事務所の岩橋翼さんの作品だ。LEDの周りに透明樹脂の容器を置き、その中に雨水などを利用した水を入れる。水のゆらめきで光が微妙に変わる。灯籠は日本の庭園に欠かせないもの。そして水は日本文化の中で、重要な役割を果たしてきた。大丸有は400年前には日比谷入江という海で、いまでも皇居の堀や日本橋川とつながる水を意識する場所だ。
岩橋さんは、大丸有を「完成され、隙のないまち」だと言う。そのため、「人の感覚や感情に訴えかけるまちの新しいあり方や役割を果たして次世代都市のモデルとなってほしい」と、期待しながら応募した。
コミュニケーション賞に選ばれたのは「あかりの樹」。株式会社デザインオフィスラインの宮内智さん作品だ。植物を思わせる曲線的なデザインが印象的だ。光ファイバーを用いてつくった街灯で、色を季節や時間で変える。センサーで人の少ないときには光の量を減らす。また太陽光パネルを組み合わせて、省電力、さらに災害時の自立型電源となる。
宮内さんは開発のコンセプトを次のように話す。「現代版井戸端となり得るたまり場を、大丸有につくりたいと考えました。いまのまちに必要なのは日本人の心、和らぎの心を持てる『社会の一隅を照らす』あかりではないかと思います」。
一連の審査では、専門家が実用の可能性も評価の対象としている。久原さん、石垣さんはじめとした受賞者は「作品の商品化が、次の使命」と目標を語る。「庭のあかり大賞」から製品が生まれて、大丸有や私たちの生活を照らす日がくるのが待ち遠しい。
まちの照明は最近まで、商業ディスプレイと密接にかかわってきた。ネオンサインがまぶしい夜の都市の中で、店や施設、ビルを際立たせるために使われた。しかし、ここ10年で新しい流れも生まれている。社会が内省的になって環境や自然との交流に目が向けられるようになった。さらに社会全体に広がる省エネの動きも影響している。照明は節約、そして場を心地よくする役割を持つようになった。広い視点から眺めればエコとデザインをテーマにした『庭のあかり大賞』は、照明をめぐる時代の流れに合ったものだ。
審査委員長の宮城俊作さんは、ランドスケープデザイナーとして、新しい景観をつくりだす日本の先駆者の一人だ。有楽町のペニンシュラ東京のエントランス部分のデザインなど、大丸有でも多くの仕事を手掛けている。
宮城さんは現在の照明デザインの流れを「アンビエント」(ambient)と形容した。「たたずまい」など、あかりによって場の雰囲気をつくり出すことだ。「日本の光は、美しく微妙です。時間、季節、天候によって変わり、しかも大気中の湿度が変化するために単調ではない。地中海のように乾燥し、強い太陽光で陰影や色彩が単調な土地柄ではありません」。
昔から日本の建築家、さらに意匠にかかわる職人は、作家の谷崎純一郎が随筆『陰翳礼讃』(いんえいらいさん)で書いたように、光と影を意識して建物や庭園をつくってきた。宮城さんのような景観のプロフェッショナルたちはいま、過去の伝統的な技法を現在の技術と結びつけ、日本に合った光と影、そして闇の姿について思索し、あかりを考えるようになっている。
宮城さんには、大丸有で印象に残る記憶がある。夜に都心の高層ビルから東京を展望したときに、明るい東京のまちが広がる一方で、皇居だけが黒い闇をつくり、その隣で大丸有地区の高層ビルが光り輝いていた。それを見て不思議な感覚がしたという。「闇の神秘性、そしてその価値、大丸有のユニークな位置を考えました」(宮城さん)。
今回受賞作品を選定する中で、宮城さんは一つのイメージを思い浮かべた。太陽が傾いて夕日となり、オフィス街で人びとが仕事を終える夕暮れ時だ。日本語では「薄暮」(はくぼ)、英語では「マジックアワー」あるいは「トワイライト」と呼ばれる微妙に変化する光。その中で作品がどのように見えるかを考えたという。今回の入賞作が見る人の心に残る理由は、こうした宮城さんら審査員の配慮があるためだろう。
「照明の可能性を感じられる素晴らしい応募作品ばかりでした。ただし、もっと進化できるはずです。光と影の対比、そして闇への配慮など、まちに合った内容の深い作品を期待したいです」。宮城さんは、コンテストに参加した人びと、そして照明関係者に期待している。
「都市のあかり」は、場を照らすだけではない。場の価値を高め、自然と調和しつつ持続可能なまちをつくり、そこに集う人を心地よくする役割がある。今回のコンテストは、そうした照明と社会の新しい関係を期待させるものだった。あかりからのアプローチによって、未来のまち、そして大丸有はより素晴らしいものになるに違いない。
受賞した作品をみると、私たちが何気なく受け止めているあかりがさまざまな物語を提供してくれることに気づく。普通のことを意味あるものに編集して提供し、気づきと感動を生むことが芸術の役割だろう。今回のコンテストの作品は、照明器具を通じてそれを行っている。節電が要請される夏に、夜の「あかり」についてコンテストの作品から思いをはせてみてはどうだろう。