都市特有の環境問題である[[ヒートアイランド現象]]。行政や企業が対策に頭を悩ませるなか、[[屋上緑化]]や遮熱フィルム、高機能塗装などの技術が進化し、導入するビルがここ数年で急増している。また、企業と協力して道路へのビル再生水の散水を行う東京都のように、新たな協働のかたちを模索する動きも見られる。進化するヒートアイランド対策の現状を取材した。
丸の内にある東京国際フォーラムは1997年のオープン以来、多くのコンサートや国際会議、商用イベントなどが開催されてきた人気スポットだ。最大の特徴である船のような姿をした美しいガラス棟とホール棟を合わせて、大小7つのホールと地下の展示ホール、34の会議室からなる。その東京国際フォーラムが、ヒートアイランド対策や省エネなどの環境への取り組みに力を入れていることは意外と知られていない。
同社のヒートアイランド対策について、施設部ジェネラル・マネージャーとして施設管理全般に携わる小池利和さんに話を聞いた。
「2009年12月に、ガラス棟会議室の屋上と7階にある東天紅横のテラスの一部を緑化しました。合わせて約720㎡の空間にフイリヤブランやローズマリー、シモツケなどの植栽を施してあります。現在、効果を検証しているところですが、6階部分では空調エネルギーを約6%、CO2を約2.5t、大気加熱を約4割それぞれ削減できるという予測データが出ています」。
そしてガラスの多い建築物ならではの取り組みが、窓ガラスへの遮熱フィルムの貼り付けだ。ホールA・B棟ロビーの一部と11階にある事務室の窓ガラス全面に遮熱フィルムを貼り付けることで、室内の空調負荷を軽減して省エネを図るとともにCO2排出量の削減が可能になるという。
同グループで空調・衛生設備を担当する清水昌巳さんは、その効果について次のように話す。
「遮熱フィルムを貼ったところから10cmほどのところを温度計で計測したら、貼っていないところとの差が約7℃ありました。真夏日なら40℃が33℃になるのでこの差は大きいですよ」。それでも、フィルムの貼り付けにあたっては苦労の連続だったそうだ。「ガラスの内側にフィルムを貼るんですが、大きな窓があり高所での作業が多い上、フィルムの性質上昼間に施工しなくてはならず、ホールの稼働率が高い時期などは合間を縫って作業しました。本番中やお客さまが出入りする時間帯はできないので工程管理が大変でしたね」。
そのほかの取り組みとして、2008年度の夏から本格的に実施しているのがガラス棟屋上での「打ち水」。打ち水といっても社員総出で水をまくわけではない。棟内の再生水を屋上にある融雪施設を使って散水しているのだ。「1時間に5分ずつ間をおきながら散水すると、気化熱によりガラスの表面温度が最大5℃下がります。雨水槽にたまった水を循環させており、まいた水も回収されるのでムダがありません。しかも、普段はあまり稼働することのない融雪施設の動作確認にもなります」(小池さん)。まさに「一石三鳥」の効果だ。同社ではこのほかにも、空調機のインバーター化による効率アップ、LED照明などへの切り替えを進めている。また、開演前に空調をかける時間の短縮や清掃時に照明をつけるエリアの削減など、日常的な省エネにも取り組んでいる。地道な努力を重ねた結果、CO2の排出量を2009年度までの5年間で7%削減し、都に報告している削減目標をクリアすることに成功した。
こうした対策を実行に移す上で大切なのが体制づくりである。同社では常務取締役を委員長に幹部クラスで構成される環境委員会が定めた環境方針に基づき、環境負荷の低減に取り組んでいる。対策の計画から実施までの流れを、施設部ジェネラル・マネージャーの林寮一さんに聞いた。「各グループが年度単位で行う取り組みを、課長級で構成されるチームが検討して環境委員会に上げ、経営会議の了承を得て実施します。グループごとに目標を立てて進捗や達成の状況確認も行っています」。
このような国際フォーラムのヒートアイランド対策には一見しただけではわからないものが多い。緑化や打ち水をしていても一般の人は屋上には入れないので目にする機会すらない。遮熱フィルムもガラス建築のデザインを損なわないようなタイプを選んだということで、実際にフィルムが貼られた窓を見てもまず気がつかない。実はこうした「縁の下の力持ち」的な取り組みこそが環境・省エネ対策の要なのだが、今後は広報に力を入れるとともに、各階のエネルギー負荷を把握できるシステムを導入するなど、積極的に「見える化」に力を入れていく方針だという。
東京国際フォーラムだけでなく、大丸有地区では多くの事業者が[[ヒートアイランド現象]]対策に力を入れている。たとえば丸の内パークビルでは、皇居の緑に隣接していることから「風の道」を考慮した配棟計画を採用するなど、面的なヒートアイランド対策を進めている。
ここで基本なことをおさらいすると、ヒートアイランド現象とは都市の気温が郊外よりも高い状態のこと。気温分布図を描くと、等温線があたかも島の地形図のように都市を取り囲んで見えることからこう呼ばれる。コンクリートのビルやアスファルトの道路が多い都市では、地面にこもった太陽の熱で気温が上昇するのに加えて、土の地面なら当たり前の水分蒸発による冷却効果が少ない。さらに、自動車排ガスやオフィスビルなどで使用されるエアコンの排気熱などの人工廃熱も気温を上昇させる。
これらのさまざまな原因が重なって、都市部の気温が周辺地域に比べて異常に高くなるのだ。1980年代と比べると、今世紀に入り関東地方で気温が30℃を超えた延べ時間数が観測された地域は大きく広がっている。また、気象庁の観測データによると、東京、名古屋、大阪の3大都市だけでなく都市化が進む福岡でも気温の上昇傾向が顕著であることがわかる。最近では夏場の高温化や熱帯夜の増加、ゲリラ豪雨などとの関連性も指摘されている。
このようにヒートアイランド現象は都市が本来的に抱える環境問題であるだけに、解決するための特効薬や早道はない。やや月並みではあるがワークスタイルやライフスタイル、そして社会システム全体を環境に配慮したものへと変えていくことが、時間はかかるが唯一の対策なのだ。
こうした観点から、政府は2004年に関係各省庁から成る「ヒートアイランド対策関係府省連絡会」を設置し、「ヒートアイランド対策大綱」を策定。観測・監視やメカニズム解明などの調査・研究、解決のための事業の実施やガイドラインづくりなどを進めている。なかでもヒートアイランド対策と景観形成の両面で期待されているのが、ビルの屋上や壁面の緑化だ。国土交通省によると、2000年から2009年までの10年間で[[屋上緑化]]は約272.7ha、壁面緑化は約31.7haの面積が累計で施工された。特に新築のビルで導入するところが増えている。
緑化に用いられる植栽もさまざまだ。屋上では複合植栽や芝生・コケ類などが組み合わされることが多く、壁面ではツル植物の割合が4分の3を超えるが草木やコケ類による植栽も増えつつある。また、既存のビルなどの壁面に多様な植栽を施すことを可能にした「EGD工法」のように、これまでにない新たな技術や工法が登場し、緑化による[[ヒートアイランド現象]]対策のバリエーションが豊富になっている。
では、屋上や壁面の緑化には実際にどれだけの効果があるのだろうか。断熱・緑化資材の分野で長い実績を持ち、前出の東京国際フォーラムや新有楽町ビルの屋上緑化を施工した東邦レオが、とあるビルの屋上で緑化部分と非緑化部分の温度を測定したところ、前者は後者に比べて階下の温度が2.5℃下がっていたという。夏場に猛暑が続く昨今、3℃近く温度が下がれば空調の使用が抑えられ、省エネ効果は非常に高い。
また、屋上・壁面緑化にはヒートアイランド対策や省エネ効果に加えて、都市に緑の空間を生み出す役割もある。東邦レオはこれまでに500件以上の緑化空間を創出してきたが、最近では室内の壁面緑化や校庭の芝生化、貸し菜園などニーズが多様化している。特に2010年に開始した駅近の「都市型貸し菜園」事業は、オフィスワーカーや都市生活者から、身近なところで手軽に野菜づくりを楽しめると好評だ。
一方、ビルなど建築物のヒートアイランド対策として忘れてはならないのが遮熱塗料だ。遮熱塗料は、太陽光を反射して建物や道路の表面温度の上昇を抑えることができる塗料で、大きく分けて太陽光に含まれる近赤外線領域の光を反射する「高反射率塗料」と、塗膜に空気層を設けて熱を伝わりにくくする「熱遮蔽塗料」などがある。遮熱塗料への関心は高く、景気の落ち込みで需要縮小が続く塗料・塗装市場のけん引役になっているという見方もある。遮熱塗料「サーモアイ」シリーズを販売する日本ペイントは、この分野の伸びに大きな期待を寄せている。「遮熱塗料のように一般へ大きくアピールできる性能を持つ塗料製品はこれまでにも例がなく、新たな需要を開拓する可能性があります」 (日本ペイント担当者)。
サーモアイの強みは、製品開発にあたり遮熱性能に関する科学的なデータを積み重ねてきた点だ。遮熱塗料の性能は日射反射率の高さにかかってくる。同社が愛知工場で行った実測調査によると、サーモアイの塗装前に約13%だった反射率が塗装後には約52%と大幅にアップした。また、夏期の表面温度は同じく8〜10℃低下し、月ごとの空調電力消費量も1割以上削減できたという。同社が実測調査にこだわるのは、遮熱塗料をめぐる競争の激化で科学的な根拠が不明確な製品が多く出回っていたためだ。「サーモアイには、誇大さや虚偽を排除し、科学的な根拠を明確にし、一般消費者の方が分かりやすく選択しやすいようにパッケージングし、情報をきちんと提供するという役割を持たせています」(日本ペイント担当者)。なお、遮熱塗料の日射反射率に関する評価手法については2008年にJISが制定されている。
サーモアイはすでにビルや戸建住宅はもちろん多くの施工に使用されているほか、神奈川県の幼稚園の屋根を無償で塗装するなど、社会貢献にも役立てられている。また、独自のシミュレーションソフトを開発し、工事前に冷房コストをどれだけ削減できるのかを数値で示したり、工事後に温度測定を行ってシミュレーションの正確さを検証したりするサービスも提供している(一部の法人施主にのみ対応の有償サービス)。他社との競合となった際に、事前のシミュレーション値と実測値が近似していることが信頼されて採用につながった事例もあるという。こうしたことからも、ヒートアイランド対策における遮熱塗料など新技術選びのポイントは、反射率や省エネなどの効果に関する科学的なデータの有無にかかっているといえるだろう。
この点については、環境省が環境技術実証事業の一環として、ヒートアイランド対策技術分野における実証試験を毎年度行って、結果を公表している。今のところ遮熱フィルムや遮熱塗料のほか、エアコンの室外機から発生する排熱抑制技術や地中熱・下水などを利用したヒートポンプ空調システムに関する実証試験結果が報告されており、今後はオフィスや住宅などのIT機器から発生する人工排熱の低減技術に関する実証試験が行われる予定だ。
都市における[[ヒートアイランド現象]]対策を地域ぐるみで進めるには、企業だけでなく行政による協力が欠かせない。その好例が2010年の夏に丸の内の中心部で行われた。東京都建設局と三菱地所が協力して、東京駅丸の内口から皇居へ向かう「行幸通り」に「丸ビル(丸の内ビルディング)」の再生水を散水して路面温度の上昇を抑える、ヒートアイランド対策を実施したのだ。行幸通りは皇室の公式行事や外国大使の信任状捧呈に使われる由緒ある道路であるとともに、海風や冷気の通り道となる「風の道」としても有名。そこにもう一つのヒートアイランド軽減効果も加わったことになる。事業の経緯と内容を、都建設局道路建設部計画課に聞いた。「都は景観重要道路である行幸通りの整備に際して、舗装内部に水を蓄える機能を持つ保水性塗装を車道部分に施工しました。一方、行幸通りに面する丸ビルの建て替えに当たり三菱地所から『ビルの再生水を有効活用したい』という提案があったのです。そこで、再生水の一部を車道にまいて路面温度の抑制を図ろうということになりました」。
丸ビル内にある店舗の厨房排水や雨水などは、同ビル地下の装置で処理されて再生水となる。その水をポンプで行幸通り歩道の地下にあるタンクへ送り、路側帯に設けられた散水口から5、6時間かけてゆっくりと浸透させていく。散水した期間は6月から9月で、路面温度を10℃下げる効果があるといい、詳しいデータは解析中だ。気温が10℃下がるわけではないので体感するのは難しいかもしれないが、夕立の後に涼しさを感じる程度の効果はあるのではないだろうか。都はこのような試みをほかの地区でも行いたいとしているが、今回は都市での大規模な開発と都の舗装事業、そして事業者の提案が重なったレアケース。こうしたタイミングをいかにとらえ、事業化に結び付けるがポイントだろう。
官民協働のこの事業、環境省が2007年度からヒートアイランド対策として実施していた「クールシティ中枢街区パイロット事業」の補助対象に選定された。ヒートアイランド現象が顕著な街区でCO2削減効果を兼ね備えた緑化や、複数の技術を組み合わせて一体的に実施する活動に対して補助を行う事業だ。2009年度までに約30事業者による47事業がモデル地区として認定され、大丸有地区でも東京国際フォーラムのヒートアイランド対策や丸の内パークビルにおける環境配慮など多くの取り組みを後押しした。しかし、行政刷新会議による事業仕分けで「民間の環境整備を促す方法を考えるべき」などの理由で廃止になった。同事業による補助を受けて屋上緑化を行った企業の担当者などからは、「環境の分野では補助金がなくなると取り組む企業も減る。」と復活を望む声が上がっている。
一方、ヒートアイランド対策に力を入れる自治体もある。大阪府は2010年、「大阪府ヒートアイランド対策普及支援事業」を創設した。金融機関と連携し、事業者が府内にある事業所の新改築や大規模な修繕を行う際にヒートアイランド対策を導入すれば、利率の優遇を受けられる仕組みだ。2010年度は50件の認定を予定している。緑化や遮熱塗料などヒートアイランド現象の軽減に役立つ技術が登場し、企業だけでなく行政もやる気に満ちている今こそ、国が環境対策に立ち戻り、地域が一体となってヒートアイランド対策を進める好機ではないだろうか。
政府は「2020年までにCO2排出量を1990年比で25%削減する」という目標を国際舞台で公言した。問題はその道具立てがないこと。取材を通じて、ヒートアイランド対策は省エネやCO2削減にも効果的であることがわかった。都市化が進む今、国、自治体、ビルオーナー、専門企業、そして市民等、さまざまな主体による取り組みの追い風となるような施策を期待したい。