過去のレポート大丸有 エコまちづくり解体新書

電気自動車が加速する大丸有の環境まちづくり(日の丸リムジン、東京電力、KDDI)

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1. 魅力と課題は? 大丸有走るEVタクシー

[[電気自動車]](EV)の普及が始まった。相次いで新モデル車が登場し、エコや省エネを求める世界的な流れの中で関心が高まる。大丸有地区は、EVの新しい動きも生みだすまちだ。エコなタクシーが走り、急速充電器が設置され、EVにとって走りやすい場になっている。このまちから、未来のクルマの姿が見えてきた。

1. 魅力と課題は? 大丸有走るEVタクシー

◆ 快適なEVのドライブで、まちを楽しむ

r丸の内を走るゼロタクシー
丸の内を走るゼロタクシー
r丸の内の情報を発信する社内モニター
丸の内の情報を発信する社内モニター
ドライバーの渡辺明美さんと日の丸リムジンの富田和宏専務
ドライバーの渡辺明美さんと日の丸リムジンの富田和宏専務

大丸有地区を走るEVタクシーを、読者の皆さんは見たことがあるだろうか。白いボディ、グリーンのドアの軽自動車で、愛称は「ゼロタクシー」だ。日の丸リムジンが2010年3月から運営している。2台が走り、いずれも女性が運転する。「『一度乗ってみたかった』と呼び止め、乗ることを楽しんでいただくお客さまが多いです」。ドライバーの渡辺明美さんは話す。

乗り心地は快適だ。この車両は三菱自動車が2009年から販売したアイ・ミーブ(i-MiEV)。電動モーターで走行するために静かで、排気ガスもなく、スムーズだ。車内のモニターは「丸の内ビジョン」が配信する大丸有地区のイベント・店舗情報を放映する。

EVは09年末で日本に2,000台と、まだ珍しい存在だ。そのために「加速してほしい」とか「止まってほしい」などと、走りに注文をつける人がいたり、EVタクシーを背景に渡辺さんと記念撮影をしたりする人もいる。「乗っていると世の中にいい影響があると感じられますし、私自身も楽しくなります」(渡辺さん)。

「これまでの延長ではない近未来のタクシーの姿を探りたかった」。EVを運営する日の丸リムジンの富田和宏専務はゼロタクシーを始めた理由を話す。「ゼロタクシー」という愛称には、走行中の排気ガスがゼロ(=ゼロエミッション)と、生活者目線で公共交通の原点(=ゼロ)に戻る、という2つの意味が込められているそうだ。

大丸有地区でサービスを始めたのはなぜか。「集まる人の環境感度がとても高く、私たちの取り組みに関心を持っていただけると思ったためです。充電器が多く設置されていることも理由でした」(富田さん)。大丸有地区には現時点で、東京電力、三菱地所などが設置している10ヵ所程度の充電器があり、その普及に関心が集まっている。急速充電器も新丸ビル、そして日の丸リムジンの有楽町の営業所などに置かれている。そして同社は08年からこの地区で、エコッツエリア協会や行政とともに環境交通実験に参加し、この地区の交通事情にも詳しい。

また日の丸リムジンは、大丸有地区で無料巡回バスの「丸の内シャトル」を運行している。これは「タービンEV」エンジンと呼ばれ、ガスタービンで発電してモーターを動かして走るハイブリッドエンジンのバスだ。こうした取り組みがゼロタクシーに結びついた。

◆ インフラ不足で「電気切れ」の懸念

ゼロタクシーは大丸有で働く人、訪れる人に愛されるタクシーを目指した。そのために、このまちの企業で働く200名の女性へのメールアンケート、そして十数名の女性に直接ヒアリングを行った。そこで「電気切れなどで乗車を断る可能性があるかもしれません」とで聞いたところ「EVだから仕方がない」という意見が大半だった。

これは参考になる答えだったという。快適さや利便性の向上をこれまで富田さんたちは考えてきた。顧客はそれだけを求めるわけではなく、地球環境への配慮なども考え始めている。「納得できる理由さえあれば、新しいエコのサービスも受け止めていただけるだろうと思いました」。交通をエコの視点から考えるユーザーは着実に増えているようだ。

しかしゼロタクシーの運営には課題もある。EVのコストと社会インフラだ。ゼロタクシーの車体価格は約460万円だ。国や自治体の補助金が約110万円あるものの、同クラスのガソリンエンジンの軽自動車が120万円前後であることからすれば、かなり割高となっている。

富田和宏専務
富田和宏専務

またゼロタクシーの運行は平日の午前8時30分から午後6時30分までに限定している。東京都心で運行する一般のタクシーでは深夜まで営業することもあって、1台で1日平均3万円程度の売上が見込める。ゼロタクシーは営業時間の短さ、そして競争が激しい大丸有地区を走ることもあって、同1万円強にすぎない。

限定的な運行には理由がある。インフラ面での制約のためだ。丸の内地区では地下駐車場に充電器が設置されている場所が多いものの、深夜にそこは閉まる。長距離の利用が多い深夜走行には電気切れの不安がつきまとう。

負担は現時点では日の丸リムジンが引き受ける形になっている。税、補助金などの支援はない。「『未来への投資』ということで、がんばって続けます」と、富田専務は話している。

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2. 急速充電器の設置、どのように?

2. 急速充電器の設置、どのように?

◆ 充電設備の広がりがインフラの課題

丸の内鍛冶橋駐車場に置かれた急速充電器
丸の内鍛冶橋駐車場に置かれた急速充電器
コンセントによる充電
コンセントによる充電
東京電力技術開発研究所の石川尚博主管研究員
東京電力技術開発研究所の石川尚博主管研究員

タクシー料金は現在、規制で自由に決められない。また利用者が[[電気自動車]](EV)を見つけやすい乗り場、EV優先の道路利用など、エコなクルマを優遇する仕組みはまだ社会の中にない。「ユーザー、行政など、多くの皆さんと相談し、EVタクシーの未来を考えたい。エコと利便性をともに満たす形は必ずあるはずです」と富田さんは期待する。

ゼロタクシーの挑戦を聞くと、EVの普及のためには、それを支える新しいインフラが不可欠であることが見えてきた。その一つはEV向けの充電器を増やすことだろう。

東京電力は大丸有協議会などと協力して、09年までに大丸有地区にEV用の充電設備を8台、急速充電器を1台設置し、実証実験を行った。東京電力や地域の企業のEVに使ってもらったところ、EVの目新しさに加えて、「電池切れ」への不安が消えて好評だったという。「充電する場所の広がりによって、EVの性能は引き出しやすくなります」と、東京電力技術開発研究所の石川尚博主管研究員は話す。石川さんはEVの充電インフラに関する研究に取り組んでいる。

東京電力は現在300台程度のEVを運用しており、企業の保有数ではおそらく日本でもっとも多い。同社は保有車両約8,000台のうち、軽車両の3,000台をEVに段階的に転換する計画を06年に打ち出した。そして環境によい電気の新しい使われ方を提案している。

電気自動車が増えすぎると発電設備や配電設備を増強しなければならないのではと心配する声もあるが、EVは主に自宅のコンセントで夜に充電されるため、需要が増えるのはほとんどが夜間の電力であると予想している。

同社は各都市に置かれた支社ごとにEVを運用する。EVは120キロ程度走れるために、電気切れの可能性はあまりないはずだ。しかし導入を始めた06年ごろは、電気残量が7?8割程度でも充電できる支社に戻ってしまう社員が多かったという。電気切れを心配したためだ。

◆ 日本のEVは、急速充電器でも世界をリード

そこで同社は各支社の管内に、分散するように複数の急速充電設備を置いた。すると社員は電池気残量が半分以下になってから帰社するようになったという。しかし追加して置いた充電器は、それほど使われていなかった。カギは「安心感」。それでEVの使われ方が変わったのだ。「EVの普及では、クルマの性能の向上だけではなく、インフラ、特に短時間で充電できる急速充電器をどのように整備するかを考えなければなりません」と、東京電力の石川さんは経験から指摘した。

丸の内鍛冶橋駐車場に置かれた急速充電器
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「チャデモ」のロゴマーク

急速充電器が関心を集めている。EVはその蓄電池がカラの場合、家庭向けコンセントなら充電に7?8時間程度かかるが、急速充電器であれば30分程度でほぼいっぱいにできる。現在の急速充電器は全国に300台ほどだが、東京電力では政府の補助金制度や、充電サービスのビジネス化をすることで増やそうとしている。

急速充電器では日本企業が技術力で世界をリードする。東京電力は自動車メーカーなどと協力してその日本規格を世界に普及させようとしている。その名前は「チャデモ」(CHAdeMO)という。「CHArge de MOve = 動く、進むためのチャージ」、「de = 電気」、また「クルマの充電中にお茶でも」の3つの意味を含んで名付けた商標だ。これは効率性と充電スピードで世界最高水準の方式という。

東京電力などの企業連合は、広く世界に使ってもらいたいとの意図から技術情報を会員に対して無料で提供している。この方式は現在、欧米でも採用される方向だ。「使いやすい充電器を、数多く、そして安く普及させたい。大丸有のような人や情報、そして企業が世界から集まる場所にも充電器を増やし、多くの人に知ってもらいたい」と、石川さんは期待する。

エンジン車はガソリンなど可燃物を燃料とするため、その供給にはガソリンスタンドのように安全性を確保した特別な場所が必要になる。EVの場合には、急速充電器があれば駐車場で充電が行えるメリットがある。建物、そしてクルマが集中する都市ではEVの普及に備えて、「充電のあり方」を今から考える必要があるだろう。

電気自動車(EV)の関係者が注目する実験が行われた。経済産業省がKDDIに委託した「大規模駐車場におけるスマート充電システム実証事業」という実験で、09年10月から10年3月まで行われた。これは複数のEVを一度に充電するための、データ、課題を集めるためのものだ。KDDIは、東京電力の協力も得ながら、ソフトウェア開発会社、メーカーなどに呼び掛けて実験をした。

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3. 新しいインフラをまちが支える

3. 新しいインフラをまちが支える

◆ KDDI、スマート充電システムを販売

KDDIスマート充電システム
KDDIスマート充電システム

スマート充電システムでは一度にすべてのEVを充電するのではなく、電気設備の充電可能容量にあわせ、数台ずつを充電する。充電残量の少ないクルマから優先的に充電することも可能だ。「一見すると小さな工夫ですが、意味は大きいのです。無駄な設備をつくる必要がなくなります」と、経済産業省より実証実験を受託したKDDI電力営業部の小野康浩課長は話す。

実験では、東京電力の支社6ヵ所で約40台の業務用の[[電気自動車]](EV)を対象に、業務の中で行われる充電を観察した。使い勝手を良くするために、適切な配線や充電方法も探った。またICカードで利用者を認証し、充電状況を確認するなど、KDDIが得意とするICT(情報通信技術)を十分活用したものとした。「EVの利用に伴う運用、操作に慣れていただく必要があったことや、製品を小型化することという課題はありましたが、実験は成功し効率的な充電方法のデータを集められました」と小野さんは振り返る。

KDDIはこの実験の成果を活かして、複数のEV、さらにはガソリンと電気の両方で動くプラグインハイブリッド車(PHV)に対応できる省電力で移動式の「KDDI スマート充電システム」を開発し、販売を11月から始めた。このシステムは標準タイプで、EVやPHVを12台一度に充電することができる。価格は400万円から。重さは75kgで、最大48台分までコンセントを増やすことが可能だ。当然、充電電池残量が少ないクルマから優先的に充電することもできる。自治体やディベロッパーからの問い合わせのほか、EVやPHVのプロモーションへの活用、観光地での利用など、関心は高い。多くの問い合わせを受け、複数台の販売が予定されている。

KDDI電力営業部の小野康浩課長
KDDI電力営業部の小野康浩課長

「EVとPHVをめぐるビジネスはこの1年で大きく変化し、より現実的なものになりつつあります。本格的な普及への対策をお客さまが考え始めています」とKDDIの小野さんは話す。

これまで日本では大規模発電所から都市に送配電する電気の流れを精密につくり上げてきた。それが今、変わりつつある。化石燃料を使わず、CO2を排出しない太陽光、風力発電による再生可能エネルギーが注目されてそれによる供給量が増え、発電源が分散化している。例えば、大丸有では、青森県の風力発電等から生まれた[[生グリーン電力]]を新丸ビルの電源にしている。 このようにエネルギーとまちの新しい関係が生まれているのだ。

◆ EVが、クルマと社会、そしてまちの関係を変える

自然から生まれた電力は、CO2を出さず、環境にやさしいなどのメリットがある。その半面、太陽の照り方や風向きなどの自然条件で発電量が左右されてしまう。電気は貯められず、こうした電力を既存の送配電網に組み込むには手間がかかる。

EVはそうして生まれた電力を使う先としても注目を集めている。太陽光などを使って自宅やビルで日中に発電し、余った電気を夜にEVに充電する。また、EVはまちの蓄電池にもなる。配線のない場所での照明、災害時のエネルギー源などへの利用が考えられる。電力源の分散化は、クルマと社会、そして大丸有などのまちの姿を変えていくだろう。「EVの普及で、これまでの自動車では考えられなかった新しい使い方が出てくることを期待しています。私たちもICTでその流れに加わりたい」と小野さんは期待する。

EVの新しい使い方を、多くの人が考え始めている。大丸有を走るゼロタクシーには、さまざまな場所から研究やビジネスの提携の依頼が舞い込むようになった。千代田区観光協会はこのゼロタクシーのコンセプト、快適さ、そしてその珍しさに注目し、これを一体にした観光ツアーを企画している。また、都内の高級ホテルから、EVタクシーを指名した配車、環境をテーマにした観光ツアーの提携なども提案されている。

東京では現状の交通体系のつくり直しが検討されている。東京の住宅地は都心部のオフィス街の回りを囲むように発展した。そこは通勤など都心へのアクセスは便利だが、買い物や通院など生活のための移動手段がそれほど整備されていない。高齢化が進行する中で、生活のための交通をつくる必要に迫られている。そこで静かで乗り心地がよく、車体の小さなゼロタクシーを利用できないかと、各自治体の担当者がゼロタクシーの見学に来ている。

「EVは広がり始めたばかりですから、私たちがお客さまと一緒に、新しい使い方をつくっていける」と、日の丸リムジンの富田さんは反響に希望を抱いている。将来は大丸有地区に先駆的に置かれたインフラを利用しながら、バスなどの公共交通機関、またこの地区に集まる企業の持つ社有車もEVに転換していくかもしれない。EVは環境問題を改善し、日本経済にも利益をもたらし、使い手の私たちの生活を快適に楽しくする可能性がある。新しい関係づくりが大丸有を起点にして始まっている。

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ISHII's EYE今回の取材を終えて、編集記者からのヒトコト

大丸有地区は近未来交通に関する実験を重ねてきました。電気自動車、循環バス、水素バス、自転車の利用などです。そうした"種"の一つであるEVが大きく羽ばたこうとしていることに、うれしさと希望を抱きました。取材した4人の方がそろって、「大丸有地区への期待」を話しました。そこに集う人、企業、情報とEVが結びつくことで、新しいEVの使い方が生まれる期待です。私たちは、EVという新しい交通の誕生に立ち合っています。この動きに注目し、使い、意見を述べることで、歴史づくりに参加できるのではないでしょうか。

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