佐土原氏は、生態系の恵み(生態系サービス)を地域に大きく依存する大都市が、自らの存続のために地域の生態系の持続的管理に対し、応分の負担と支援をしていく必要があると唱えている。
その背景には、大都市自体が、間違いなく地球環境問題や災害の誘発など、さまざまな問題を引き起こす最大の原因者であり、その依存先である地域の生態系の維持こそが、大丸有をはじめとする大都市の持続的発展に欠かせないということである。
地球環境問題・災害のリスク低減に加え、都市のクオリティの向上を目指して研究を続ける佐土原氏に、都市と地域の関わりとその課題、これからの環境未来都市づくりについて、神奈川県での地質・水系の研究事例等を交えて話を伺った。
― 佐土原先生はつねづね、これからのまちづくりには地球環境問題と防災に総合的に取り組む必要があるとおっしゃっていますね。これらの課題に、なぜ総合的に取り組む必要があるのでしょうか。
佐土原: 1992年にリオ・デ・ジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)以降、全世界的に取り組むべき地球環境問題として認識されるようになったのが、低炭素社会の実現と生物多様性の確保という二大問題です。取り組みが進むなか、リオ宣言から20年近くを経た2011年3月、東日本大震災を経験しました。ここで私たちは改めて、二大問題を含め、環境問題と災害が実に密接な関係にあることを目の当たりにすることになりました。
たとえば、震災以降、低炭素社会の実現の障壁となっているのが、大量のがれき処理の問題と、原子力エネルギー依存からの脱却です。大量のがれきを処理しようとすれば、大量のCO2を排出することになりますし、CO2削減のために推進されてきた原子力エネルギーへの依存度を減らそうとすると、現状では火力発電に頼らざるを得ないことから、やはりCO2の排出が増えてしまいます。震災によって、そうしたさまざまな問題が顕在化してきたというわけです。
右の図は、地球環境問題・災害の関係とその対応を整理した概念図です。この図を見ると、地域でエネルギーや生物資源を大量に使うことが、地球温暖化物質を大量に発生させ、地球環境問題の原因となっていることが見てとれます。その結果として引き起こされるのが、温暖化であり、気候変動の連鎖と地域気象の変化、そして災害です。
近年、日本でも経験しているように、温暖化物質の発生により、これまで経験したことのないような豪雨や豪雪、猛暑など、地域の気象が極端に変化して、甚大な災害が引き起こされています。つまり、地球環境問題というのは、それぞれの地域から見れば、すなわち災害問題だということなのです。
そういったつながりが実感できれば、「地球にやさしい」とか、「地球環境のために」といった暢気な感覚ではなく、自分たちのこととして地球環境問題を認識し、問題解決に向けて取り組まなければならないことが理解できるのではないでしょうか。
そもそも地球環境問題や災害というのは、人間の視点から見た分類であって、現象としては地質、水、空気、人間、生物、植物という、ひとかたまりの物理的な状態に何らかの変化が起こることによって、人間の生活に不具合が生じることを指しています。このように考えてみると、最初から災害と環境問題を区別する必要はないとも言える。むしろ、環境問題や災害といった枠を取り払い、その場所の物理的な状態の変化と、それによって人間が受ける影響を一体的に捉えることで、総合的な対策をとることが可能になるのではないかと考えています。
佐土原: 二大問題のもう一つ、生物資源についても同様です。最大の問題は都市が地域の食糧や木材などの生物資源を大量に消費していることにあります。そのことにより地域の生態系が大きな影響を受けているのです。
たとえば、グローバルな基盤の上に経済が成り立っている現在の日本では世界中から安い食糧や木材などが輸入されています。その結果、日本国内の農林業が打撃を受け、農地が放棄されたり、戦後、大量に植えられた杉林の手入れができなくなって放置されるなど、農山林の放棄が進んでいるのです。
一方で、農産物を安く生産している海外の地域では持続性を無視して、大量の肥料や農薬を使って生産性を上げようとたり、森林を伐採して田畑を拓くといったことが行われている。これもまた、生態系の大きな撹乱要因となっています。つまり現代社会の経済的な状況が生態系と人間との関わりを極端に変化させているのです。 こうした問題を、いかにして全体的に整理し、それぞれの地域で足元から取り組んだらいいのかを、しっかりと考えていく必要があると思います。
― 都市と地域の連携において、すでにさまざまな問題が生じているのですね?
佐土原: ええ。たとえば、神奈川県の場合、その水源は県北西部から山梨県にまで広がる富士山の麓を含む地域にあり、大都市である横浜市内で給水可能な場所はほとんどありません(右図参照)。ほぼ、酒匂川と相模川の水のみに頼っているのです。ところが、その水源地である森林が放棄され、生態系が劣化して、水浄化力や水源涵養力、洪水防止機能などが低下しつつある。このまま水源地の森の荒廃が進めば、横浜の水源はいずれ断たれてしまいます。
現在、日本全土に広がっている針葉樹林の森というのは、適度に間伐をしたり、下草刈りなどの手入れをすることで豊かな森となるのですが、それが放棄されると樹木の生育が悪くなり、ちょっとした雨で土砂崩れを起こすようになります。実際に、2011年夏の豪雨では、大規模な土砂崩れがありました。また、神奈川の水源地の丹沢では鹿が大量に発生して下草を食べ尽くしてしまう被害も出ています。鹿害により林床植生が失われることで生態系が破壊されるだけでなく、地盤を脆化させ土砂崩れの一因にもなっているのです。
水害だけではなく、東日本大震災以降、余震が頻発していますが、地震による被害も懸念されています。この周辺は南関東地震の震源にあたりますが、万一、荒廃した森を地震が襲えば、壊滅的な被害が出ることは間違いありません。生物多様性が失われ、さらに気候変動や地震などの要因が複合的に重なることで、より災害リスクが高まるというわけです。
― 今後、具体的にそれぞれの地域、そして都市では、どのような取り組みをしていくべきなのでしょうか?
佐土原: まずは、地域の自然を守ることが、自分たちの生存や生活を守ることにつながっているということを理解した上で、地域の足元から地球環境の破壊につながる要因をできるだけ抑えていく必要があります。また、いざ災害が起こったときに、それらに対応できる強い造りにしておかなければならない。その両方をそれぞれの地域でしっかりと取り組むことが肝要だと思います。
たとえば、近年、神奈川県では水源地を守ろうと100年の森づくりという取り組みが始まっています。将来を見据えて逞しい森をつくっていくことは、非常に重要な取り組みの一つでしょう。このように水のつながりを辿り、流域圏全体を見渡すような、大局的な視点からの取り組みが有効だと思います。
― エネルギーについてはいかがですか?
佐土原: 現在、エネルギーについては便益を得るためにリスクとなる要因を生み出してしまっているわけですが、そのリスクをどういうかたちでとるのかが問われています。たとえば、化石燃料を使えばCO2が排出されて地球規模の問題が生じます。一方、原子力の場合は放射性廃棄物が排出され、重大事故や地震等の災害が起こったときに局所的に大変な被害がもたらされる可能性があります。とりわけ、福島第一原子力発電所は東京の電力を賄っていたわけで、便益を受けていない人たちが大きな被害を受けたことを、決して忘れてはなりません。
そもそも、大都市のリスクを地域が一方的に負わされるようなことは、決してあってはならないのです。それが地域の恩恵を受ける都市のマナーというものでしょう。自らのリスクは自らが処理できるような新しい都市の姿を構築していかなければならないと思います。
現代都市は、人やモノが集積し、経済的価値を生み出すことで、利便性や経済的豊かさなど、多くのメリットを享受しています。しかしながら、都市というのは水も空気もエネルギーも食糧も周囲に依存しなければ存続できない。だからこそ私は大量のエネルギーを使う大都市こそが、自分たちの問題として周囲の地域に対して応分の支援をしていかなければならないと考えています。受けた恩恵に対して、しっかりと費用負担をして共存していくべきではないでしょうか。
ところが現状は、都市がどのくらい地域に依存しているのかということが、科学的、定量的に裏づけられていません。そうしたことから、現状では、都市が中山間地の生態系サービスにタダ乗りしてしまっている。このままタダ乗りを続けていれば、近い将来、もっと大きな代償を私たちは支払わなければならなくなるでしょう。これまで都市に人口が集中することで中山間地が疲弊してきたわけですが、中山間地の疲弊によって本当に困るのは、めぐりめぐって都市に住む私たち自身だということを肝に銘じ、対策をとっていかなければならないのです。
― 都市が地域への依存に見合った対価を支払うには、科学的、定量的な裏付けが必要とのことですが、いかにしてそれを示すことが可能なのでしょうか?
佐土原: 近年、ITによる見える化が進められていますが、これが大変有効なツールになると思います。たとえば最近では、地球シミュレーターを使って地球規模の気象変動を引き起こすエルニーニョやラニャーニャといった現象の予測ができるようになってきました。さらに、そうした現象が日本列島の黒潮にどのような影響を及ぼし、異常気象を引き起こすかということもわかってきた。つまり、全球スケールからローカルスケールまで、科学的に現状を把握し将来を予測できるようになってきているのです。
こうした技術を用いれば、将来、どれくらいエネルギーを使い続ければ極端な気象変動が起こるのかが科学的に予測できるようになるでしょう。あるいは、どれくらいエネルギー使用量を下げると実際的な効果が期待できるとわかれば、エネルギー低減の目標値を定めることにも使える。見える化によって、皆が共通のイメージをもって合意形成をしたり、対策を考えることがしやすくなるのではないかと思います。
たとえば、神奈川県秦野市の場合。その水源の90%を地下水に頼っているのですが、かつて工場排水が地下水を汚染した事故があり、以後、詳しい地質調査データや地下水脈のデータが蓄積されてきました。現在私たちは、それらのデータと調査をもとに、地下水脈の可視化に取り組んでいます。
右の図は秦野市の地質のモデルを示したものです。図を見るとローム層と礫層が交互に積み重なっていることがわかりますが、これは、礫層の部分は大雨が降って土石流に覆われ、ローム層の部分は火山の噴火で火山灰が積もったことを示しています。ちなみに、地下水が流れるのは礫層の部分です。こうした地質データと水脈データを重ね合わせることで、さまざまなことが見えるようになってきました。
たとえば左の図は、三次元の地下基盤と観測した地点の地質、製造工場敷地地層断面、水の流れを流系ごとに色分けして示したものです。これを見ると、地下水の流れが立体的に複雑に交差していることがわかります。こうしたモデルを使うことで、雨が降ったらどのように水が流れるのかといった、地下水の水の流れが詳細に見えるようになるのです。
こうしたモデルは地下水の保全計画に役立てたり、大雨が降ったときの災害対策、地震対策など、さまざまな場面に役立てることができます。ある水脈を保全するためには、その水源となっているこの山を守らなければならないといったように、具体的な対策も見えてくるはずです。ITによる見える化によって、これまで経験的な勘を頼りに漠然と行ってきた対策を見直し、新たな手を打つことができるのではないかと思います。
― ただ、私たちを取り巻く環境を総合的に見ていくとなると、さまざまな分野の専門家が横断的に協力し合う必要がありそうですね。
佐土原: まさにその通りです。地域の課題を解決していくためには、さまざまな分野の方が協働しなければ、実現は不可能です。秦野市の場合は水脈、土壌、建物、生物まで幅広い環境データを蓄積していて、専門家としては地質・水循環・気象・大気・気候変動のほか、生物・生態系・植物・土壌・建築・土木・経済など、多様な分野の方々が関わっています。今後さらにさまざまな分野の研究者の参画を促すとなると、研究者に対して地域の問題解決に関わることのメリットをしっかりと示していく必要があります。
そのとっかかりとして、まずは基盤となる地域のデータを収集し、研究者が使えるようデータベースを整理して、研究者が参画しやすいステージを提供すべきだと考えています。最初の基盤づくりは大変ですが、研究者の参画が増えれば、さらにデータが蓄積され知識の見える化が進むという相乗効果が期待できます。
また、これらを実際に動かしていくとなると、IT関連企業の参画も不可欠です。また、自治体の政策課題を把握するうえで、行政との連携も必須でしょう。
実は、そうしたことから、2012年7月、横浜と神奈川をフィールドにした「地球環境未来都市研究会」という産官学による連携コンソーシアムを立ちあげたばかりなのです。この研究会には、私がセンター長を務めている横浜国立大学地域実践教育研究センターのほか、(独)海洋研究開発機構や東京大学・登坂博行研究室、(株)日立製作所情報・通信システム社、大成建設(株)技術センター、東京ガス(株)エネルギー企画部、ESRIジャパン(株)などが参画しています。2012年7月25日には、研究会の設立を記念して、「地球環境未来都市をデザインする」というテーマで第一回のシンポジウムを開催、環境都市未来づくりに向けて活動をスタートさせたところです。
地球環境未来都市研究会 設立記念シンポジウム 地球環境未来都市をデザインする(PDF)
― 都市の代表ともいえる大丸有に対しては、今後、どのような取り組みを望まれますか?
佐土原: 大丸有というのは東京の中心であり、人やモノ、情報を引きよせる強大な吸引力をもつ舞台と言えます。それだけに、波及効果はじつに大きい。したがって、大丸有が変われば、日本全土が変わるのです。そういう意識を持って、大丸有だけで完結するのではなく、地域との連携と波及効果まで見据えた動きを期待したいと思います。
たとえば、現在、大丸有で働く人や来街者がまちで買い物をすることで得たポイントが、自然保護活動等に還元されるという「エコ結び(大丸有エコポイント制度)」が実施されていますが、これは非常に評価できる試みです。今後はさらに、そこで提供される食物や商品について、できるだけ環境負荷の小さいものを選び取り、生産地・製造地まで遡って、波及効果を及ぼすような試みをしていっていただきたいなと思っています。
また、大丸有では現在、ビオトープをつくったり、屋上や壁面を緑化したり、緑地をつくったりという試みがなされていますね。これらも重要な取り組みの一つです。もっとも、こうした取り組みは、生物多様性の観点から言えば、とるに足らないものです。しかし、取り組む意義は十分にある。都市を訪れる多くの人たちが、生物多様性に配慮した試みを見て、意識を変えるきっかけになるからです。実際的な効果はほとんどなくても、情報がもつ意味の大きさは計り知れない。大都市というのは、そうした情報発信の場としての大きな役割を担っているのです。
もう一つ、生物・生態系を保全するということは災害のリスクを低減するだけでなく、都市のクオリティも高めることにもつながっています。生物や植物がいきいきと存在すること自体が、その場のクオリティを高めてくれますし、美味しい食べ物や自然景観、憩いの場の確保にもつながる。つまり、生物・生態系の保全によって、リスク低減とクオリティ向上が同時に実現されるというわけです。
従来のように、都市が地域に依存するという構図自体は、そう簡単に変えられそうにありません。それだけ人やモノ、情報が集積する都市の価値は大きいということなのでしょう。だからこそ、都市のクオリティを高めていくためには、従来の一方的なタダ乗りから脱却して、新しい都市の姿として環境未来都市を拓いていく必要があると強く感じています。大丸有のこれからの活動にも大いに期待しています。
― 本日はお忙しいところ、ありがとうございました。
編集部から
佐土原先生の研究室がある横浜国立大学の常盤台のキャンパスは鬱蒼とした森の中にある。佐土原先生によれば、約30年前にこの地に移転したときは、建物があるところ以外は地面がむき出しの、まるで新設の工場さながらの荒涼とした風景だったという。それを緑の森に変えたのは、当時、横浜国立大学で植物生態学を教えられていた宮脇昭教授。森づくりの達人として知られる宮脇先生に倣い、都市に住む私たちも数十年先の未来を見据えて、いまこそ行動に移していかなければならないということを強く感じた取材でした。
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環境経営で、経済成長に代わる豊かな社会の実現へ
これからのエリアマネジメントはどうあるべきか 前編
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「よい子が住んでるよいまち」をつくりだす環境経営とは 前編
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「災害を乗り越える都市・大丸有」に向けて
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