節電や省エネ、再生可能エネルギーの活用、3Rの促進など、企業がとるべき環境対策はますます増え、オフィスでの取り組みが求められる部分も少なくない。「これからのオフィスビルには『省エネ』と『快適性』の両立が欠かせない」で紹介したように、環境性能の高さはもとより、仕事をすることの楽しさにあふれたエコオフィスを目指す動きが企業に広がっている。着々とエコ化が進むオフィスの現状と、省エネ・環境技術を提供する企業を取材した。
取材企業:戸田建設、山武、東テク、イトーキ
レポート『これからのオフィスビルには『省エネ』と『快適性』の両立が欠かせない』
東京にある戸田建設本社ビルの1階エレベーターホールに設置された大型液晶モニターには、同ビルの電力使用量と東京電力管内の電力使用状況をグラフ化したデータが表示されている。「『CO2見える化ビジョン"CO2MPAS"』を利用したシステムで、社員や来訪者がビルのエネルギー使用量と電気の需給状況をリアルタイムで確認することができます」。こう話すのは、環境事業推進室室長の樋口正一郎さん。
"CO2MPAS"は、事業所のCO2削減目標と現在のCO2排出量を即時に「見える化」するシステムで、2010年4月に自社開発した。最大のポイントは、削減目標に対する電力などの使用状況が時系列でわかるため、現時点で最終的な使用量などの見当がつくことだ。
都内にあるオフィスビルの多くは、省エネ法に加えて東京都の環境確保条例による規制への対応が求められている。企業全体でCO2の削減義務を果たすには、所有するビルごとにどれだけのエネルギーを使用しているかを把握することが必要となる。しかも2011年夏の電力使用制限により、戸田建設は本社ビルにおける電力使用量の上限を1,445kWとする通知を経済産業大臣から受けた。同社では7月1日から節電対策に取り組み、期間内に目標を大きく下回る1200kWまで削減することに成功した。
環境事業推進室企画管理課課長の森一紘さんに、対策の内容を教えてもらった。「ビルで使用されるエネルギーの大半を占める空調用の熱源として、このビルではガス、電気、そして夜間電力を活用した氷蓄熱を使用しています。その配分を"CO2MPAS"のデータをもとに見直し、過去の実績から予測したエネルギー使用状況の変動に合わせて効率的に動かすなどの工夫をしました」。
また、社員はイントラネットを通じて、パソコンから"CO2MPAS"の情報を見ることができる。さらに、"CO2MPAS"の機能をダウンサイジングした「エネまど(エコインフォメーション)」もあり、同社ではオフィスビル向けに提案しているところだ。
一方、会社全体でのCO2削減を考えたときに重要になってくるのが、CO2の排出量をクレジット化して市場で取引する排出量取引だ。"CO2MPAS"は年度末時点のCO2排出量を予測してクレジットの過不足を予想するなど、排出量取引にも対応している。「環境省のオフセット・クレジット(J-VER)制度に加えて、2011年4月には東京都の取引制度が始まるなど排出量取引の市場が整いつつあるので、国内クレジットに関する提案を行っていきたいと考えています」(森さん)。
エコ・ファースト企業の認定を受けている戸田建設は、自社ビルはもちろん本業の建設分野でも建物のエコ化に向けたさまざまな提案を行っている。建築設計統轄部計画設計部グループ長の竹内淳二さんは、最近の傾向を次のように話す。「都市部では中規模のオフィスビルを新改築する際に環境性能を高めたいというリクエストが増えていて、省エネ効果の高いダブルスキン構造や太陽光発電、緑化などの提案を行っています。また、CASBEE(建築物総合環境性能評価システム)に代表される環境性能や、PALなどの省エネ性能を高い水準で満たしたいという意識の高い施主も多いですね」。
また、お客さまだけでなく、知的生産性の向上も含めたエコオフィス化や、自社の環境への取り組みを社会へわかりやすく伝えたいという企業もあるという。こうした要望が増えている背景にあるのが、環境最先端テナントビル「TODA BUILDING 青山」でエコオフィスの完成形を目指した実績だ。「青山ビルでエコオフィス化を実践してから、どのような技術を使えばどれだけの効果につながるとデータをもとに話せるようになりました。青山ビルを見学して設計を打診してくるお客さまもいます」(樋口さん)。
工事現場での取り組みも忘れてはならない。戸田建設は2010年から低炭素施工システムを導入し、2020年のCO2排出総量を1990年比で4割削減することを目指している。現在、全国に約300ある現場の5分の1にあたる約60ヵ所をモデル現場として、マニュアルを策定してCO2削減に取り組んでいる。
「現場ごとにCO2排出量の目標値を設定して、照明の間引きやLED化、廃棄物の削減などの対策をとっています。クレーンなどの重機についてもCO2排出量の低い機種を積極的に採用したり、運転の面で気をつかったりするだけで効果があります」(樋口さん)。2010年度の施工段階におけるCO2排出量の削減率は、施工高1億円当たり90年比で26.6%を達成している。
制御機器・自動化機器大手の山武も、多くの企業に対して節電や省エネ、3Rなど環境・エネルギー関連のアドバイスを行っている。なかでも省エネに関する山武のコンサルティングをパッケージ化したものが、総合エネルギーマネジメントサービス「tems」だ。省エネ診断・対策、資金調達から削減効果保証まで含めたESCO、建物のエネルギー管理と制御を行うBEMS、BEMSの機能を生かしてビルや工場のエネルギー最適化を図るエネルギーマネジメントシステムのESPなど、そのメニューは多岐にわたる。temsは全国のオフィスビルや工場、ホテル、店舗、病院、研究所、アミューズメントパークなど、さまざまな建物や施設に導入されている。
特にESCOは省エネによって光熱費を大幅に削減できるため、ビルオーナーなどから好評を得ている。ESCOにより浮いた電気代は、ビルの機器を入れ替えるリース料を払っておつりが出るほどだ。また、納品後のアフターサービスも充実している。ESCOの場合は契約時に約束した削減率を実現できないと違約金が発生するため、運用方法の改善や無駄削減のアドバイスを行う専門部隊がいる。
一方、山武がメーカーなどの節電対策を支援するために2011年6月に提供を開始したのが、気象データによる電力需給最適化支援パッケージ「ENEOPTpers(エネオプトパース)」と電力デマンド制御パッケージ「ENEOPTdemand(エネオプトデマンド)」。最大の特長は、翌日までの使用電力を気象データに基づいて前日に予測できることだ。
また、1時間単位の使用電力予測と実績などのデータを1画面上に表示することが可能で、電力の使用状況をウェブから確認することができる「見える化」の工夫も凝らされている。ある会社では当初、東京地区の事業所に入れたところ会社全体で把握したいという要望が強くなり、関西地区での導入が決まったという。さらに、エネオプトパースを使用最大電力15%抑制に取り組む事業者に対して貸出するプログラムを9月まで実施した。貸出後のアンケートでは「予測機能が役に立った」「15%削減目標が達成できているかリアルタイムで確認できた」等、この夏の取組みにエネオプトパースが活用されていたことが実感のこもったコメントが寄せられた。
山武が、企業にとって節電が急務となった2011年の夏に合わせてエネオプトパースなどのサービスを提供できたのは、エコファクトリー化やエコオフィス化の推進に力を入れてきた豊富な実績をもっているからだ。2009年には改正省エネ法の施行に合わせて、事業者全体の温室効果ガス総量把握・管理を支援するインターネットSaaS/ASPサービスの「CO2マネジメントシステム」と、エネルギー消費量やCO2発生量などの情報を一括して可視化するとともに特定箇所のエネルギー効率改善を検証するエネルギー管理システムの「EneSCOPE(エネスコープ) 改正省エネ法対応版」を相次いでリリースした。エネスコープは、使用電力によってCO2を何t排出するかを即座に換算して把握することができ、電力会社の違いによるCO2排出量の変動にも対応する。
自社の環境対策にも抜かりはない。千代田区の本社はテナントだが電灯の間引きや消灯など運用面での工夫をこころがけ、2011年の4月から8月にかけての電力使用量を3割削減することに成功した。また、神奈川県にある藤沢テクノセンター内の新技術棟は、高遮熱ガラスや自然通風、氷蓄熱、透水性舗装などを採用し、CASBEEの最高ランクであるS評価を得ている。山武では2011年の冬、そして2012年夏に向けて、顧客のニーズや要望に合った最適な省エネ設備投資の方法を提案していく考えだ。
オフィスのエコ化を進めていくには、消費電力の6~7割を占める照明や空調関連の機器を、省エネ型のものへと入れ替えていく必要がある。中央区に本社を置く空調機器と計装制御の技術商社である東テクは、こうしたいわゆるリニューアル市場の拡大に対応して、空調・電気設備や防災、通信、環境ビジネスなどあらゆる管理制御を一元化したシステムを提供している。節電や省エネ対策では、コージェネレーション型発電機の販売・施工からESCO事業の拡充まで全般を手がける「トータル・ソリューション・プランナー」を目指している。
具体的には、エコオフィスの実現に役立つ冷凍機・チラー・ボイラーなどの熱源設備、空調設備、搬送動力設備、照明設備などの機器交換から、計装制御を土台とした設備の運用改善(チューニング)に至るあらゆる提案を行っている。特に東日本大震災後は、大型蓄電池設備に対する引き合いが多いという。企業が事業を継続するための計画であるBCPの観点から、災害時においても最低限の電源を確保したいという要望をもつ企業が増えているのだ。同じような理由で、電源の安定供給を実現するガスコージェネレーションシステムのニーズも高まっている。東テクでは、ガスコージェネの排熱を活用する冷凍機やボイラー設備までラインナップすることで、総合効率の向上を図るためのシステムの提案を行っている。
また、ESCO事業については東テクグループの日本ビルコン(株)と連携して、設計・施工・保守・計測・検証までの一貫した体制を整備。24時間サービスを提供するカスタマーセンターを用意して、顧客に対してワンストップかつワントゥーワンのソリューションを提供している。ポイントは「我慢」を強いるのではなく、「無駄を排除した」節電を目指している点。計画から完成までわずか数ヵ月の期間で、オフィスビル全体のエネルギー消費量を15%以上削減することができるという。
企業のエコオフィス化を後押しする仕組みもある。一般社団法人環境共創イニシアチブ(SII)は2011年7月、緊急節電対応事業として行った「住宅・建築物高効率エネルギーシステム導入促進事業(建築物に係るもの)」の対象事業を決定した。建築物に関する高効率エネルギーシステムを建築主などが導入する際にかかる費用の一部を補助するもので、墨田区にある東テクの自社ビルにおける節電パッケージ導入工事も対象となった。 SIIの補助金を得て8月末に完成した同ビルでは、強制対流循環システムや空調機器の間欠運転、直管型LED照明の採用などの対策を施した結果、約19%の省エネを達成できる見込みだ。東テクは自社ビルでの節電モデル事業をもとにして、リニューアル市場でさらなる攻勢をかける方針を打ち出している。
エコオフィスを実現するために企業が進めるさまざまな取り組みをみてきたが、オフィスワーカーにとっては省エネに加えて快適化の向上も譲れないポイントだ。オフィス家具大手のイトーキは、企業理念として省エネと快適性の両立を目指す「新Ud&Eco style」を掲げている。1999年に打ち出した、Ud(ユニバーサルデザイン)とEco(エコデザイン)の融合により持続可能な共創社会の実現に貢献しようという「Ud&Eco style」を2010年に見直し、「人も活き活き、地球も生き生き」という、より積極的で前向きな考え方をプラスした考え方に進化させた。
こうした理念を追求してたどり着いたのが、「10フレームソリューション」だ。オフィスのあり方を環境負荷の観点から探求し、オフィスにおける環境負荷の起因をとらえるとともに、企業がとるべき低炭素化対策を10個のフレームで整理する。イトーキではこの考え方を起点として、環境保全に役立つだけでなくより知的生産性の高い働き方と働く場を実現する、「EcoWorkplace(エコワークプレイス)」と「EcoWorkstyle(エコワークスタイル)」というコンセプトを発信している。たとえば、自社のワーキングショールームに導入した「イトーキ省エネ快適照明システム」は、デスクまわりなど作業空間(タスク)の明るさはそのままに、周辺(アンビエント)の光量を落とす「タスク&アンビエント照明」を応用したもの。LEDによる省エネ化の追求と、人が視覚的に感じる明るさを考慮した照明設計を施すことで、約60%の照明省エネ効果と快適性の両立を実現した。
自社の事業所や関連会社での節電や省エネにも熱心だ。15%以上の削減目標を達成するため、社内に「節電対策プロジェクト」を設置。2011年7月1日から9月いっぱいにかけて、工場のオフィスを含む全事業所でピークカットに取り組んだ。また、期間中は、事業所やフロアごとに責任者を選任してチェックシートによる進捗管理を行うとともに、プロジェクト事務局への月2回の報告などを実施して、取り組み内容や達成の度合いを全社で共有した。
精神的健康や身体的健康といった健康的側面と、働きがいなどの職務満足度を同時に満たすオフィス環境を提案する動きもある。丸の内地球環境倶楽部では、2010年度に「健康になるオフィスワーキンググループ(WG)」を開催した。同WGにはイトーキも参加し、オフィス環境と働く人の健康、知的生産性などのかかわり合いを「見える化」する手法の開発を、東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻の吉村忍教授とともに行った。同WGに参加した企業との協業による「オフィス健康コンテンツ」は、同社のショールームで展示されている。
節電の動きと相まって、急速に進みつつある大丸有のエコオフィス化。エコオフィスを取り巻く環境から、今後も目が離せない。
節電を機に環境への取り組みを強化したある会社は、照明や空調などの省エネに努めるだけでなく、さまざまなエコアクションの積み重ねがピークカットにつながるということをあらためて実感したという。エコオフィス化に技術やシステムの導入は欠かせないが、一人ひとりがオフィス環境を変える行動を起こすことが何より重要だ。