三菱一号館美術館で開催中の『トゥールーズ=ロートレック』展。
ロートレックといえば、パリの歓楽街。そう誰もが連想してしまうほど、19世紀末のパリ・モンマルトルを華やかに描き出した、ロートレックのポスターの数々はあまりにも有名ですね。実は、彼が活躍したのは、モンマルトルのシンボルでもあるダンスホール『ムーラン・ルージュ』のポスターで一躍脚光を浴びた27歳から、36歳で病没するまでの9年間。短い間でありながら、この時代このまちを体現するアーティストとなったロートレック。彼が生きた世紀末パリとはいったいどんなまちだったのでしょう?
ということで、開催記念トークショー『ロートレックと世紀末モンマルトルの文化』に潜入。社会的、文化的な背景を少しばかりお勉強してきました。
三菱一号館美術館
開催記念トークショー『ロートレックと世紀末モンマルトルの文化』
「ロートレック芸術を成立させたもの。才能、リトグラフの実用化、そしてモンマルトルの大衆文化」
―富田章氏(東京ステーションギャラリー館長)
「ロートレック芸術を成立させた3大要素。まずは才能です。作品としてポスターがあまりにも有名ですが、その卓越したデッサン力は画家として再評価されるべきでしょう。2つめは、19世紀に実用化されたリトグラフという手法。リトグラフがあってこそ、勢いやかすれといった、彼の自由な線描をそのまま印刷することができました。そして、最後はモンマルトルというまち。この時代、産業革命による人口増加で、都市の人口は過密に(19世紀初めには54万人だったパリの人口は、20世紀初めには271万人!)。当時セーヌ県知事であったオスマン男爵によって、大通りの敷設、上下水道整備など、パリの大改造が行われます。この過程で庶民、お金のない学生やアーティストなどは周辺部へと追いやられていくのですが、モンマルトルもそのひとつ。ここで、劇場やダンスホール、カフェ・コンセール(ステージのある飲食店)、サーカスに、娼館と、いわゆる大衆文化が花開きます。この猥雑さのなか発信されるアートのクオリティが高まっていった時代にロートレックが居合わせた。彼は描く主題をこのモンマルトルで見つけたのですね」
パリが近代都市として現在の原型をかたちづくった時代。当時のモンマルトルというのは、絵画のみならず、演劇であれ、音楽であれ、面白いものが次々と湧き出てくる、ダイナミックなパワーに溢れるまちだったようです。
「ポスターという最先端の広告メディアとロートレック。これも幸せな出会いでした」
―吉田紀子氏(美術史家/中央大学准教授)
「世紀末のパリには、人口集中により、不特定多数の人々つまり"大衆"というものが初めて誕生しました。この不特定多数の人々に対して情報を発信できる、文字情報だけではないニューメディアとしてポスターが登場します。新聞、雑誌に次ぎ、"共和国の壁画""我々の時代の文化"ともてはやされた、当時最先端の広告メディア。今、シャンゼリゼ通りなどでみられるポスターポールはこの時代からあるんですよ。ロートレックは、その自由で繊細な線描、大胆な構造、色使いで、グラフィックアーティストとして、ポスターデザインの可能性をすべてやりきった感がある。ここにも才能とメディアといった、幸せな出会いがありました」
19世紀末にもうパリにはあのポスターポールが存在していたとは!
当時、ポスターというと一級下のアートとして扱われていたのも事実ですが、ロートレックはこの当時からハイブローなクラスからも、アートとしての高い評価を受けていました。
「ポスターであるとか油彩であるとかアートのフィールドにこだわらない。出自の良さもあるのかもしれないが、線描の自由さ、主題の取り方、モデルとの関係性などを見ても、彼にはタブーがない。トランスジェンダー的な視点すら感じさせる現代性がロートレックの非常にユニークなところですね」
と、モデレーターの高橋明也氏(三菱一号館美術館館長/本展監修)が、ロートレックのその独自性を解説してくれました。
今回の展覧会は、代表作のポスターはもちろん、ロートレックが家族と過ごした故郷アルビ周辺での日々や親友で画商のジョワイヤンとの友情を示す油彩、一般の眼にはめったに触れない試し刷り、身近な人への献辞や署名のある作品、親しい友人を招き自ら料理をふるまった晩餐会のメニューなど、多彩な作品を含む180点で構成。ロートレックのバックグラウンドを垣間見られると人気を博しているようです。
展覧会は12月25日まで。
丸の内の年末の喧騒に重ねて、三菱一号館美術館で、世紀末パリに思いを馳せてみるのもよいかもしれません。
2010年4月に開館した三菱一号館美術館に続き、来年2012年10月には東京ステーションギャラリーのリニューアルオープンも予定している、丸の内。
まちと才能の幸せな出会いをどう演出していくのか――今後一層、丸の内が発信するアートの力に注目していきたいですね。
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