2012年3月から始まった、食の共同調達実験「大丸有つながる食プロジェクト」。安全安心、身体によい食材を大丸有エリアの飲食施設が提供するだけでなく、消費者と生産者を効率的な物流でつなぎ、情報や人の交流を進める「食の共進化」を目指す先駆的な試みだ。始動から4ヵ月、現在20店舗が参加し、こだわりの食材・顔が見える関係構築に関心を寄せるテナントが熱い視線を注ぐ今、このプロジェクトの実情と、その先に見える、さらなる可能性を探ってみた。
環境に配慮したまちづくりをコンセプトに、大丸有エリアの開発を進める三菱地所は、かねてから「食育丸の内」という大きなテーマを掲げ、「食」と「農」に関する取り組みを行ってきた。
その実践プロジェクトとして「丸の内シェフズクラブ」、「シェフズランチ」、「イートアカデミー」、「丸の内マルシェ」などユニークな試みが展開され、「食育」が目指す「食を通じて心身共に健康になれる社会づくり」を発信している。
そして今回、新たに実験的プロジェクト「大丸有つながる食プロジェクト」がスタート。折しも始動した3月は日本中を震撼させた東日本大震災の1年後、食の安全があらためて問われる契機となったタイミングだった。
「実は震災の前の週まで、食育の活動で東北、福島に交流ツアーを組んでいたのです。しかも当初の日程では当日は会津にいる予定でした。そんな偶然もあって、あの震災でダメージを受けた東北を応援しようという気持ちになりました」と述懐するのは、三菱地所商業施設営業部の副長、綿引浩之さんだ。
綿引さんによれば、それ以前から食育的見地から「頑張る生産者への応援」が議論され、その具体化を模索していた矢先の出来事だったという。
「とくに大丸有エリアという、生産地と遠く離れたステージで、何をどう応援できるのか。なかなか確答は得られませんでしたが、関係部署から食材の調達を直にやっていく実験をやりたいとの申し出があり、それならシェフズクラブメンバーや見識ある飲食店経営者の賛同も受けられるのでは、と冒険に踏み出したわけです」(綿引さん)。
そうして進発した「大丸有つながる食プロジェクト」とは、大丸有エリアの食提供者と生産地を、実際の食材取引を行うことでつなぐ取り組みで、もとより安全安心で身体によい食材を厳選して消費者へ届けることが前提となる。
それは消費者と生産者、そして食を提供するレストランの三者をつなぎ、それぞれ食に関する意識を高める試みでもあるが、さらに共同調達による運送頻度の低減による炭酸ガス抑制、運送コストの削減、荷捌きエリアの渋滞解消など環境負荷減少にも有効と言える。
そしてもう一つメリットがある。
「もう10年以上、飲食店の企画や誘致活動をしてきましたが、出会った繁盛店や人気店、有名店の経営者の中には意識の高い方が多くて、これからは美味しいだけではなく食育的な見地を喚起、啓発していかないとダメだとおっしゃる。いまや美味しいのは当たり前でプラスアルファの付加価値の部分が必要です。それは健康的であることや、作法の美しさや食への造詣の深さなどですが、とくに安心安全の担保、産地の明確化、食材のストーリー性などがニーズとしてあるというのです」(綿引さん)。
つまり食の提供者である店側も、「地域へのつながり」が求められているというのだ。浮上したエリア内レストランの産直、共同調達の構想はその意味からも有力な仕組みといえる。
さらにと、付言するのは運営に当たるエコッツェリア協会事務局次長の平本真樹さんだ。
「都市における食の分野では、プラットホームとして取り組む際に、まず環境問題を重要視していたのですが、そこには共同物流、食料残さという二つのキーワードがありました。後者は業態の問題もあり難題ですが、共同物流は解決策があるように思えました」。
物流トラックをシェアすれば、CO2を下げることは明らかだが、実際の取引を動かさなければ机上に載せたプランが画に描いた餅となる。いまだ物流の当事者や受け入れる店側の対応も見えない。いずれもたんなる実験では継続的な取組みにはなりえない。
このプロジェクトを支えるのが有機農産物など安心安全な青果を扱って信頼と実績のある大地を守る会だ。
「僕にとっては3年越しの挑戦だった」と語る同社事業戦略部の戎谷徹也さん。実はこのプロジェクト立ち上げを早くからイメージしていた、もう一人の仕掛人でもあるのだ。
「以前から丸の内地球環境倶楽部『都市の食WG』で、地域のレストランによるこだわり食材の共同調達の仕組みづくりを検討してきたのです。適正な食材の価値基準を明確にした上で、共同の注文書を使って物流を一本化、低炭素物流を進める新たな都市の実験をしたかったわけです」。
ここで戎谷さんが言う"こだわり"とは、安全性だけでなく、地産地消型食材、環境保全、地域食文化への貢献に寄与する食材を意味するのだが、そのこだわりは認定品というお墨付きがつけられる。それがプロジェクトにも盛り込まれることとなった。
戎谷さんにお話を聞いたのは、丸の内永楽ビルディングの商業ゾーン「iiyo!!(イーヨー!!)」にある、大地を守る会と雑穀ライフスタイルショップ&カフェ「Keats」がコラボした農園カフェ&バル「Daichi&Keats」。「つながる食プロジェクト」を具現化した、いわば旗艦店である。 "農家のおもてなし"をコンセプトとし、国産の有機野菜などこだわりの食材が並ぶメニューには、それぞれ生産者の名前が添えられている。
注目すべきは、店舗入口に掲げられた認定マーク。プロジェクトに参加しているレストランだけにマークが付与される。ひと目で、食の安全、地産地消に積極的に取り組んでいる店だとわかる仕組みになっている。
さらにプロジェクトに不可欠なのは物流担当者だ。
「もともと大丸有の勉強会やワーキングがあって、参加させていただいていたのですが、正直、いつも机上の話のような感じを抱いていたのです。現場から見ればフードでエコとかの話は、ありがたい話だけで終わるような気がしました」。と告白するのは、まつの取締役・営業企画開発室長の重藤悦明さん。同社は有機農産物など安心安全の青果物流で定評あるアグリ専門企業で、契約農場を100ヵ所以上有し、1,000名を超える生産者と提携する産直流通のパイオニアとして知られている。
「しかし、話を進めるうちに実際の現場で我々が経験したことに、感嘆の声が上がるわけです。議論の場では経験することのない、最前線の現場の話ですから無理もないことですが、それで我々の経験が活かされるならと考え、参画しました。さらに、共同調達についても、私どもとしては、もともと積極的に取り組んでいたものだったので、このプロジェクトの根幹部分として押し上げたかったのです」(重藤さん)。
こうして机上のプランに、安心食材を担保する大地を守る会、物流を担当するまつのが参画、三者が手を組むことで、プロジェクトは現実のシステムとして動き始めた。
さて、受け入れ側の反応はどうか。レストランではないが、両手を上げて歓迎するのは、「キッズスクウェア 丸の内永楽ビル」を運営するアルファコーポレーションの専務、坂本秀美さんだ。
「6月に参観日と給食試食会を開催し、保護者の方にも食べていただきましたが、大変好評でした。乳幼児は食を自分では選択できないので、提供する側に配慮が求められます。まして成長過程でもっとも食育が大事な時期でもあり、食の安全性が優先されます。さらに食の知識、楽しさを伝えていくことも保育所の大切な役割と考えています。その点、この取り組みは私どもの求めにピッタリで、近隣に働く保護者の方々にプロジェクトをご存知の方も多く、安心されているようです」。そこでは毎日、給食の展示をし、産地なども表示して好評だという。
参加を決めたシェフズクラブのメンバー、タイ料理のマンゴツリー東京の館山修・総料理長は次のように話す。
「シェフ同士のつながりで参加させてもらいましたが、将来的にはいい取り組みだと思います。それに共同調達で、同じ野菜が違う料理方法で食べられるのは、料理人を刺激します。しかし反面、地産地消だ、共同調達だという話ですが、まだ今一つ枠がしっかりしていないように思います。正直なところ、なかなか継続的には入っていません。でも時間はかかるかもしれませんが、この流れを断ち切らずに、少しずつでも売る、買う、流す、の三つが回っていけばいいと考えています」。
マンゴツリー東京
現在、プロジェクト参加店舗はエリア外も含めて20となった。当然、参加数が増えれば、それだけメリットは膨らむ。だが画期的な試みだけに、試行錯誤の連続で容易には進まない。
そうした現状に、平本さんは、こう答える。
「やはり安定供給が非常に難しいし、配送日も流通の都合で制約が出たり、お店からすると使い勝手がまだまだでしょう。とくにいい生産者のものはロットが限られるのが課題です。ですから、もちろん強制、強要ではなく、良ければ使って下さいというスタンス。むしろ、流通自由化の一つの選択肢が拡がればいいと思っています」。
「また、レストランやホテルに限らず、社員食堂を持つ企業が、都市農村交流やCSR活動の一環として、食材購入と生産地体験の連動を進める、などの取り組みも、大丸有らしい方向性の一つとして考えています」。
そもそもこのプロジェクトは、大丸有の食の提供者が、提供する食を通してエリアで働く人々を元気にし、あわせて環境共生社会を目指すというもの。
その背景には大丸有という日本を代表するステージから、発信して行くことで日本全体を活性化しようとする狙いが窺えてくる。就労人口23万人、拠点とする企業の売上はGDPの2割を越えるエリアとして、地方と都心を結びつけるまちが、まさに大丸有なのだ。
壮大な計画なだけに、確かに課題は多い。しかし、このプロジェクトを語る人たちは、どこか、胸が躍る気分を抑えられないように語る。たとえば......、
「実際に生産者に会いに行くと、その空気感、さらにはどのような思いで作られたのが如実にわかります。大丸有で食べていただいたお客さまが、食を通じて、生産者や生産された土地に思いを馳せる。まず、これが大事だと思います。そこから農業への話題に敏感になったり、日本の農業を守りたいと思うようなったり、現地へ足を運んでみたりするのではないでしょうか」(綿引さん)。
また、まつの営業推進部部長、大和督さんもこう語る。「安定供給が大きな課題です。こだわりの食材は、手間ひまかけて作っている。当然、天候やさまざまな要因で、安定的に供給できなくなることもあり得ます。レストラン側は、予定していた食材が入らなかった場合に、ごめんなさい、では、すまされない。今後は、そういう点を追究していかないといけないでしょう。ただし、このプロジェクトは、モラルやマナーと同じで、人びとの心の中にじっくり浸透していくもの。時間はかかるかもしれませんが、実現できたら、食への関心が高まり、日本の食が大きく変わる可能性を秘めています」。
その発言を受けて、同社営業推進課マネージャーの山本望さんは次のように話す。「野菜をただ運ぶだけではなく、本当に美味しい旬の野菜がなにかをしっかり伝え、さらには、調理法なども提案する、プロデューサー的な役割も私たちに求められます。そのためには、生産者の声に、もっと耳を傾ける必要があります。このプロジェクトを通して、消費者の方々も、生産者のことを少しでも知ることで、野菜を食べる機会が増え、美味しいだけではなく、より健康的になり豊かな暮らしができると、確信しています」。
消費者と生産者が「つながる」。戎谷さんによると、そこにはこんな効果もあるという。「安全性にこだわった米を無農薬で作るということは、単に農薬をまかないだけでなく、田んぼを通じた日本の美しい水系・景観や、田んぼをめぐる生態系を守ることにもつながります。たしかにお金さえ払えば、カルフォルニアやタイ米など手に入りますが、この田んぼの機能は輸入しようがありません。環境保全という技術は、田んぼという装置があってこそ。有機農業ができるシステムをつくれば、その地域の水系保全にもなるわけだから、このプロジェクトは、環境保全の担い手にもなるのです」。
歩き始めたばかりの「つながる食プロジェクト」だが、すでに机上の論から、形を見せ、次のステップへ進化する時を迎えている。「はっきり言って、共同調達のコンセプトでやっているお店は、まだ多くはありません。皆さん、これまでの仕入れ先があるので、プロジェクトに関心を寄せていただいても、全面展開にはいたっていません。その一方で、当初は想定していなかった託児所のキッズスクウェアさんの参画など、ニーズがしっかりあることも、プロジェクトを動かすことで見えてきた。それは、このプロジェクトの方向性が間違っていなかったことを示すものと考えています」(平本さん)。
食の安全は個々人によって、かなり物差しが違うものだ。またデータとして検出結果を表示しても生産者と流通はともに利害関係者で、データを見せない形で済ませてしまうおそれもある。消費者は確かめようがないのだ。それを埋めるのは信頼であり、それを担保できるシステムがあるかどうかである、と戎谷さんは言う。
「原価に流通経費、販売マージンを載せればいいと考えがちですが、我々の仕事は信頼を確かにするするために、プラスもろもろの経費を上乗せしなければなりません。しかも安全という眼には見えにくいものを保証するのは、かなりしんどいことなのですよ」。
当然、安全を保証したものは高くなるが、戎谷さんに言わせれば、むしろそれが適正価格だということになる。逆に安いものは、なぜ安いか。そこにはそれなりの仕組み・理由があることを意識すべきかもしれない。
それは共同調達の場合も同じだ。店には店の仕入価格帯が設定され、正常な卸値をつけてマッチングすればものが売れる、というほど甘くはない。しかし、料理人の中には環境や安全性に配慮した食材を使いたいという人は確実に存在する。それを上手くつなげる仕組みへと改善させながら提案し続けたい、と戎谷さんは模索している。
そうした点と点をどうつなげるか、一つの工夫が欠品回避システムである。当初の注文書システムでは欠品など、供給の不安定が生じる。そこでアグリ物流のまつのの出番となる。認定マークのついた食材に欠品がある場合は、まつのが扱う一般流通のもので補填するわけだ。まつのにとっても、点と点で運んでいたものが面の展開となり、コストダウンというメリットとなる。
三者ウインウインのシステムとなったはずだが、レストラン側のニーズは仕組みだけではないため、参加店の広がりはゆっくりだ。しかし、一方で生産者側の反応はよく、わざわざ自分たちが作った食材を提供するレストランを見に上京する人もいるほどだという。戎谷さんがこう語る。
「生産者の方たちにとっては、自分たちが丹精込めて作った食材を出しているお店は"俺たちの店"みたいな感覚になるのです。飲食店に掲げられている自分の写真や名前を見て、そして、美味しそうに食べているお客さんを見て、気恥ずかしそうにしていても、その喜びが伝わってきます。消費者の方と生産者をつなぐことで、生産者のプライドにもつながっていき、農業に対しての思いも強くなると思うのです。それに共感した農村出身者や都市居住者が、就農意向が高まっていくなどで、後継者問題に苦しむ農業にも、いずれ明るい光になる気がするのです」。
ひたすら美味しく安全な食材を届けたい、大地を守る会。たんなる運送業ではなく、こだわりの野菜をプロデュースしたいと意気込むまつの。大丸有というまちと両者が手を携えて進むプロジェクトは、まだ歩き出したばかりだ。
困難なプロジェクトである。それもかなりの......。そんな感慨を抱きながら取材を始めたが、お話をいただいた方々の高揚感に、心躍る気持ちに。何気なく口にしている食事。その食材が、誰の手でどのように生産され、どのように運ばれ、どんな人が調理しているのか──。わずかでも想像することから、日本の「食」が変わるかもしれない。「食材を食べたときに、生産者の顔が浮かび、その土地に思いを馳せる」。お話を聞いた方々の満ち足りた表情にヒントがあるようだ。