2012/03/30
東京の中心で夜、空を見上げる人がどれ程いるだろう。月の光にさえ気付かぬような場所で人々に夜空を指し示す折毎に、応える歓声は都会の生活が如何に星空から離れたものかを物語る。満天の星など望むべくも無い空に数える程度の弱々しい光を探して、何を語ろうか。
生活に近い話からしよう。「光害(ひかりがい)」という言葉がある。人工の照明光が至る所で夜を照らす現代、必要外の範囲に及ぶ漏れ光は、樹木の生育や動物の行動など生態系に悪影響を及ぼすのみでなく、交通や住環境など、人間自身の活動にも障害をもたらす。良好な照明環境とは何か、寂しい夜空を見上げれば、自ずと考えざるを得ない。
その環境に変化を起こしたのが、一年前の恐るべき震災だ。電力供給の低下を受けて私達の生活で重要な課題となった節電の効果は、目に見える形で夜空を変えた。
街と星の共存を目指して光害の強さを測定している「星空公団」の調査によれば、東日本大震災を境として夜空の明るさが40%程度も減少しているという。屋外照明などが消灯された影響であるらしい。
その暗くなった夜空で、この冬に改めて星の輝きに気づいた人もいるのではないだろうか。
何しろ冬の夜空は、一年の中でも特に豪華だ。春を迎えた今もまだ、宵の空に巡ることが出来る。
二つの1等星を持つオリオン座、右肩の赤いベテルギウスは、間もなく大爆発を起こすと見込まれる末期の星。
ひと際明るいおおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンを結んだ「冬の大三角」は東京でも必ず見つかる(写真下)。
辺りには、おうし座、ぎょしゃ座、ふたご座も、1等星の輝きで空を飾っている。
賑やかな星座に加えて更に空へと目を惹くのが、夕の西空に並ぶ二つの輝星。
圧倒的な光を放つ"宵の明星"金星と、太陽系最大の惑星・木星の姿は、小口径の望遠鏡でも楽しめる(写真左)。
東の空の高いところには、赤々とした色を見せて火星が昇っている。近くに1等星レグルスも輝くこの辺りは、しし座。春の星座の領域だ。
環境活動家ではない私には、もう少し考えたいことがある。
宇宙を一夜の瞳の楽しみとするのみでなく、この瞬間の人類の視界と接続してこそ、現代を生きる資質なのではないか。「どうせ分からないこと、知っても得にならない知識、遠くて考える必要のない世界」だと切り離してしまう、知性の引き篭もりは切ない。
宇宙の中の地球、そして生命。全て自らを了解する根幹に繋がっていく。太古より続く「最も実用的でない学問」の系譜が根底から変革し続ける世界知が、我々の文明の根拠にある。この連載は、もう一つ、先端の宇宙科学の切り口と交互に織りなしていくことになる。 そちらではきっと貴方をその世界知の"今"に出会わせてくれる。
「天文学者ってロマンティストですね。」貴方がそう思うなら、貴方を裏切る意味で正しいかも知れない。彼らがそうであるとすれば、それは感傷的な神秘主義の係累ではなく、世界を解し得る人間の理性を信頼している点においてなのだから。
この街で、空を見上げるすべての人に、そして、空を見る意義を知らないすべての人に、ここに寄せる拙い文が、その目を空へと上げる案内になればと願う。
東京大学大学院にて電波天文学を学び、野辺山やチリの望遠鏡を用いて分子雲進化と星形成過程の研究を行う。
国立天文台では研究成果を利用する人材養成や地域科学コミュニケーションに携わり、2012年からは現職で広く学術領域と社会とのコミュニケーション促進に取り組む。修士(理学)。日本天文学会、天文教育普及研究会会員。東京都出身。
自然科学研究機構 国立天文台 広報普及員
(社)学術コミュニケーション支援機構 事務局長
天文学普及プロジェクト「天プラ」 プロジェクト・コーディネータ