2014年1月21日、新丸ビル10階エコッツェリアで開催された「第5回環境経営サロン」。ゲストスピーカーとして登壇したドコモ・ヘルスケア株式会社代表取締役社長・竹林一氏は「デジタルヘルスケアが創る未来」について熱く語った。
「技術の進歩でストレスなく身体の状態を測定できる時代になり、スマートホンも普及した。今後重要になってくるのは、そうしたデジタル機器を活用しながら、いかに健康であり続ける仕組みを構築し、提案できるか。新たな世界観を示しながら、一人一人に応じたスマートな仕組みを実現していきたい」
幅広いネットワーク網を持つNTTドコモ(以下ドコモ)と、高いセンシング技術を持つオムロン ヘルスケア(以下オムロン)が2012年7月、手を結んで生まれたドコモ・ヘルスケア株式会社。
「伝える」と「測る」を融合し、健康という価値を追究する竹林一社長に話を聞いた。
手首にカラフルなリングを付けて現れた竹林氏。鮮やかな緑色のリングは、1月29日に発売した新しいウエアラブル端末「ムーヴバント」だ。
「これを付けているだけで1日の歩数、移動距離、消費カロリー、睡眠時間が計測できます。データはブルートゥースでスマホへと転送されます」
計測だけでは終わらないところがポイントだ。
「健康管理支援サービス『からだの時計 WM』とセットで使うとさらに便利です。記録されたデータをもとに、おすすめの24時間の過ごし方や、疲労回復やダイエットなどに関する効果的なアドバイスが受けられます。また、約1000本のヘルスケアコンテンツが使い放題となっているだけでなく、健康に関する電話相談も365日、無料で受けられるんですよ」
パソコンにむかって長時間座り続けてストレスは増す一方。体も心も不調になりがちな現代人に、健康管理の提案をする新たなツールの登場だ。
「アプリの監修者である東京女子医科大学の大塚邦明先生は、『IT社会になって生じたさまざまな健康問題を、もう一度、ITネットワークを駆使して改善する試み』と表現しています」
一方で、同社は女性向けに絞りこんだアプリも提供している。「カラダのキモチ」は2013年6月にサービスを開始し、すでに契約数34万件を超えた。女性たちの心を掴み絶好調の伸びを見せている。
「オムロンの婦人体温計とセットで利用できます。この婦人体温計は約10秒で検温でき、測定したデータをスマホへ転送するとグラフ表示されるので、変化が一目で分かります。基礎体温を記録することで、毎日の身体や心の状態が把握できる。それが未病、病気予防へとつながっていくわけです」
働く女性が増え体調を崩す人も多い。しかし、婦人科にかかることに抵抗感を抱く女性もまた多いのが現状だ。
「受診しないまま、40代、50代になってから病を発症するケースを未然に防ぎたい。このアプリによって食、運動、アロマといったさまざまなアドバイスを楽しく受け取っていただき、日常的に体調管理していただければと思います」
「カラダのキモチ」は、女性の体に関するデリケートな情報を扱うため、より細かな配慮や作り込みが必要だった。アプリの開発は女性リーダーが担当し、インターフェイスにも独特の工夫が生かされている。
「たとえば、利用者の分身であるキャラクターが画面に現れ、メッセージやアドバイスを伝えます。第三者からのメッセージではなく自分の分身のささやきとつぶやきなので安心感があります。また、異常が推定された場合や乳がんチェックで症状が見つかった場合などは、医療機関への受診推奨メッセージが表示されます。所定の条件を満たせば見舞金の支払いも受けられる。私たちは機器を売るだけではなくて、『からだと社会をつなぐ』というビジョンのもとに、ライフスタイルそのものを提案し、販売しているのです」
街のドコモショップに立ち寄ると、興味深い光景に遭遇した。
携帯電話が並ぶ棚に、オムロンの婦人体温計と「からだのキモチ」、ムーヴバンドと「からだの時計 WM」のパンフレットがセットで陳列されていたのだ。
重要なのは「健康を測る機器」というより「健康であり続ける仕組み」であり「ライフスタイルの提案」という竹林氏の言葉を象徴するような光景だった。
今、オムロンの血圧計は世界でナンバーワンのシェアを持つ。体重計や活動量計も高いシェアを占めている。
センシングを支える測定技術は向上し、正確な数値が測れるようになった。だが、そうした技術の問題以上に大切な点があるんです、と竹林氏は言う。
「例えば日本の津々浦々まで血圧計が行き渡っていますが、血圧が高いという健康問題はいまだに解決していない。ハードウエアを開発してつなげたら人が元気になる、というわけではないのです。データをいかに読み取り、いかに問題解決の糸口へとつなげていくか。どうやって健康になって頂く仕組みをつくるか」
そして、こんな興味深い事例をあげた。
「オムロンは家庭で測った血圧データを自動的にサーバー転送できる3G通信付きの血圧計を開発しました。スマホや通信手順等の難しいことがわからなくても、おばあちゃんたちが計測した血圧の数値は医師が見られる。クラウドへ自動的に送信され、わかりやすく分析され表示されるシステムです。さて、それによって何がわかったか。何が見えてきたと思いますか」
実は、高齢者の「一日の行動」が克明にわかってきたという。一日に何度も血圧を測っていた。そしてかつて数字を手で記入していた時は「いちばん良い数値」を選び出して医師に提出していたことも浮き彫りになった。
「一番良い数字を書き込む、という行動を高齢者がとっていたとすると、ふだんの状態の数値ではないことになる」
血圧測定の目的は、「健康な状態を維持する」ことにある。最先端の血圧計で測定・分析する仕組みが、一人一人の生活習慣を把握することにつながる。
「センシングとネットワーク、的確なデータ分析が、健康的な暮らし方への提案につながったという事例です」
最近、「ライフログ」という言葉が注目されている。ウエアラブル端末の普及によって、24時間の生活の克明な数値が記録できるようになった。 そうした細かな数値データは、これまで人間の意識からは抜け落ちたり、死角になって見えていなかった「生活習慣」までを、克明に見せてくれる力を持っているのだ。
血圧の数値だけではない。3G血圧計の中には、温度計もセットされている。
「血圧と室温を一緒に測定し、分析することによって、今度は室温と血圧の関係性も見えてくるわけです。もし、室温が上がると血圧が下がる、という相関関係があるとすれば、起床1時間前にエアコンを入れるといったタイマーを設定すればいい。血圧上昇のリスクが室温のコントロールで抑制できるわけです。センシングとネットワークによって健康になる仕組みをつくる、というのは、例えばそういうことなのです」
だから、「今さかんに研究・開発されているスマートハウスの課題も、エネルギーの問題だけではないはず」と竹林氏は言う。
ここで思い出されるのが、環境経営サロンのプレゼンテーションでも紹介された「慶応型共進化住宅・エコハウス」。リーダーの慶應義塾大学大学・池田靖史教授は「環境技術の側面のみならず、生活する人の体温や脈拍といったデータを自動測定して、そのデータを空調や照明等の制御に反映させていく新しいシステムを構想したい」と語っていた。
健康課題を解決するスマートハウスとは、まさしくドコモ・ヘルスケアの活躍する場でもあるのだ。
クラウドデータの利用料金が手頃になってきたこともあり、ビックデータの活用法がさかんに議論されている。そうしたビッグデータもドコモ・ヘルスケアが活用する貴重な情報資源だ。
「『にっぽん血圧マップ』を見ていただくと、気温と血圧との関係性が浮き上がってきます。さらにビッグデータの分析と個人のデータ分析とかけあわせることによって、よりきめの細かいテーラーメイドの病気予防の提案が生まれてくるはずです」
今、竹林氏が強調するのは「ゴルゴ13」モデルだ。漫画の名作も一人の作家から生まれるのではない。複数の脚本家等がチームとなり作業を進めている。
「私たちだけで何かができるわけではありません。『食』『運動』『保険』『医療』と、さまざまな他の取り組みと連携することによってスマートヘルスを創り出す『生態系』を作り上げていきたいのです。『住宅』との連携から新しい仕組みが生まれる可能性もあるし、『美容』『結婚式場』といった一見遠いところにある項目かもしれない。健康以外のさまざまな領域とつながることは、良い刺激になり新しいシステムが生まれる力になるはずです」
「プロデューサー的な能力を発揮し、自社の強みを異ジャンルと掛け合わせていくことで面白いものが出てくる」と竹林氏は言う。
いよいよ65歳以上の人口が3千万人を超えた日本。医療費削減の観点からも、健康を維持し未病を維持するためのサービスが注目されていくはずだ。スマートヘルスの維持は、まさしく社会的課題の解決といっていいだろう。
「環境経営サロン」で議論してきたCSVというテーマには、3つの側面が含まれている。
こうした視点からドコモ・ヘルスケアの取り組みを観察してみると、
「健康状態のデータや病歴といった究極の個人情報を使うサービスですので、ドコモとオムロンの信頼性は大きな強みです。健康寿命を延ばすお手伝いをする中で、2020年東京オリンピック時にはぜひ、元気で健康なお年寄りがおもてなしをしてくれる日本を、世界にお見せできたらいいなと思います」と竹林氏は語った。
エコッツェリアに集う企業の経営者層が集い、環境まちづくりを支える「環境経営」について、工夫や苦労を本音で語り合い、環境・CSRを経営戦略に組み込むヒントを共有する研究会です。議論後のワイガヤも大事にしています。