2014年1月21日、新丸ビル10階にあるエコッツェリアにて「第5回環境経営サロン」が開催された。「米国家具メーカーの持続的な差別化戦略 健康と環境の問題解決」と題したプレゼンテーションを行ったのは、松崎勉氏(ハーマンミラージャパン株式会社代表取締役社長)。
「今の時代、消費者が求めているのはもはや物質的満足や機能的な満足だけでなく、健やかな身体や暮らし、精神的な充足ではないでしょうか。私たちの企業は、家具やオフィス空間の提案事業によって、健康を含めた社会課題を解決していくことを目指しています。CSVとは、社会課題の解決と同時に企業が儲かる戦略であり、いかにCSV的な経営を実践できるかが、今後問われていくと思います」
アメリカの家具メーカー、ハーマンミラー社が日本へ進出して50年。そして3年前、世界で唯一の直営店「ハーマンミラーストア」が東京・大丸有の一画にオープンした。
ストアの2階、ハーマンミラージャパンのオフィスに松崎氏を訪ねた。
そのオフィスには見たこともないユニークな空間が広がっていた。
蜂の巣を連想するような、六角形の枠が机の上に置かれている。
「この六角形の空洞をふさげば境界を仕切るパーテーションになりますし、空洞をいかせば、向かいの人と顔が見え会話もできます。オフィスのニーズや好みに合わせて、このハニカムスクリーンの組み合わせ方を変えていく。圧迫感が少なく、空間を柔軟に区切ることができる家具の提案です」
ユニークなのは仕切りだけではない。オフィスの中にはなんと、「立ったまま仕事ができる」コーナーもあった。 バーカウンターのような背の高い机の上に、小さなノートPCが置かれている。
「ここが私の今日のデスクです。メールをチェックしたり簡単な打ち合わせをするには、むしろ立ったまま仕事をする方が都合が良い。このスタイルならフットワークが軽やかで思考も固まりません。日々、仕事の内容によって仕事をする場所も変わります」
「文書や企画書を作るといった、ぐっと集中したい仕事の時は、ここへ移動してくるわけです」
半円形の机は手軽に折りたためたり、複数組み合わせることが可能。PCのモニター画面は自在に動くアームにセット。思索にふけるためのソファもあれば、人間工学の視点で設計されたワークチェアも並ぶ。
フレキシビリティがテーマです、と松崎氏は言う。
「コストをかけず、素早く変化に対応できるオフィス空間を提案したいのです。例えば3年後にどんな変化が起こっているか予測できない。そんな速度の時代の中に私たちは生きています。働き方が変化しているのですから、オフィスがフレキシビリティを持つのは自然なことでしょう」
この空間は、実はハーマンミラーが提案する「リビングオフィス」という概念によって創られている。
「リビング」とは、「生き生きしている」「有機的に動く」という意味あいだ。
「チーム分担作業」「プレゼンテーション」「Co-クリエイト」「ハドル」「ルーティンワーク」「思索」......モードを10種類に分類し、それぞれの仕事に適した空間デザインを提案することが事業の柱の一つ。ちなみにこのオフィスは「各モードに適した「ヘイブン」「ハイブ」「ミーティングスペース」「コーブ」「フォーラム」「プラザ」「クラブハウス」というセッティングから構成されている。
「通常、オフィスといえば机が四角く並び、会議室と応接室でワンセットといった固定観念があると思います。しかし私たちはその前提から自由になり、もっと別の空間を提案したいのです。例えばオフィスを『作業の場』ではなく、人と『交流する』『意見を交わす』場だと定義すれば、互いにインスパイアされたり創造的な発想が生まれてくる空間の形も見えてきます」
一方で、PCワークに従事する人の健康問題も深刻になってきている。
「以前にも増して長時間のPC作業が増え、健康問題も大きくなっています。肩こりや腰痛も含めた『MSD』-筋骨格系障害で苦しむ人が多い。肩や腰が凝るという症状だけでなく、猫背の姿勢が続けば内臓が圧迫されるし、座ったままでは鼠径部が圧迫され血流が悪くなり、免疫力が低下する。身体に負担のある姿勢が、諸々の病気の原因になりうることもリサーチでわかってきました」
人間工学に基づいたワークチェア等の家具。そして自由度の高い空間デザイン。両方を組み合わせながら、「健康」という社会課題を解決していく「リビングオフィス」。
労働する環境の質をより良いものにしていくことが目的だという。
今後もますます社会はIT化していくでしょう、と松崎氏は続けた。
「労働形態が無機的になればなるほど、人間はバランスをとろうとして、それとは反対のベクトルを求めます。人工的な素材に囲まれれば、あたたかな手触り感・質感、変化に富んだ素材感を求めるもの。弊社はそうした社会の変化をいち早く察知して、アメリカの老舗ファブリックメーカー・マハラムを買収し、多種多様な素材感のあるファブリックを家具に組み合わせています。オフィスや暮らしの空間に、多彩な手触りとあたたかみを提供したいのです」
ハーマンミラー社の特徴の一つは、なんと言ってもデザイナーと対話しながらのモノ作りにあるだろう。
創業当初、デザイナーのギルバート・ローディは、創業者D.J.デプリーにこう提言したという。
「家具は正直でなければならない」
その言葉を真摯に受けとめた創業者デプリーは、ライフスタイルの変化に沿って社会のニーズを満たす家具というものを作り始める。
「問題を解決するためのデザイン」という哲学はここから始まった。
そもそも歴史を振り返ると、アメリカの伝統家具といえば木製が当たり前だった。
「しかし第二次世界大戦後、アメリカですら物不足に陥りました。そこで、合板を成型したりプラスチック、ワイヤー、金属といった、それまで家具に使われてこなかった素材を採用し、機能性とシンプルなデザインの家具を追究しました。まさしく『デザインが社会の問題を解決する』ということの出発点でした」
イームズ、イサム・ノグチ、アレキサンダー・ジラードなどの優れたデザイナーと手を組み、まったく新しい素材を大胆に採用して、デザイン性豊かなモダン家具を提案した同社。それはやがて「ミッドセンチュリー」と呼ばれる家具文化となり、世界中へと広がっていった。
常に時代のニーズを察知し空間を提案してきたハーマンミラーは今、また時代に適応した素材とデザインによって、新たな空間文化を提案しようとしている。
同社の環境への取り組みも一貫している。製品を作る際はすべて、本社環境品質活動チーム・「Environmental Quality Action Team(EQAT)」の考え方のもとに進められていく。
たとえば「デザイン・フォー・エンバイロメント」グループは「クレイドル・トゥ・クレイドル」(ゆりかごからゆりかごへ)という取り組みをしている。これは「生産→使用→生産」というリサイクルを保証する環境認証だ。
また、2020年までに「廃棄物ゼロ達成」という目標に向かって進んでいるという。
一方、「グリーンビルディング」は、建物の環境負荷を少なくするチームだ。
「ミシガン州にある本社の建物はグリーンハウスといい、工場とオペレーションを行っています。長い廊下に大きな窓が設置され、すべての従業員の上に明るい光が降り注ぐ。健康にも良い影響を与え、クリエイティブな発想を生み出す、質の高い仕事環境を実現しています」
日本独自の取り組みも進めているところです、と松崎氏は胸を張る。
「主力商品のアーロンチェアのオーバーホールの取り組みを始めました。2万3千円という費用が必要ですが、お客さまのニーズはとても多い。メンテナンスなので家具の販売とは相反する部分もありますが、消費者の方々と『ものを大切に長く使う』という価値観を共有できるということは実に嬉しいことです」
「環境経営サロン」で議論してきたCSVというテーマには、3つの側面が含まれている。
①「製品・サービスのCSV」
②「バリューチェーンのCSV」
③「クラスター/競争基盤のCSV」
こうした視点から、ハーマンミラーの取り組みを見てみると、①「製品・サービスのCSV」には、人間工学から作られた身体に負荷の少ない家具類、そうした家具を含んだ「リビングオフィス」空間の提案等が該当する。
②「バリューチェーンのCSV」は、廃棄物をゼロに近づける、製造工程や建物の環境負荷軽減等EQATの取り組みや、日本で始まったオーバーホールのサービスが該当するだろう。
③「クラスター/競争基盤のCSV」としては、アメリカ本社での地域環境活動、世界へスタッフを派遣し土地のニーズに答える「ギフトコミッティ」、その事例としての宮城県での家具作り支援プロジェクト等があてはまる。
家具そのものからオフィス、家庭、学校、病院、さらにビル全体や社会全体の居住環境へ。より良い環境を作っていくことが同社の目標だという。
「創業者デプリーは、『ビジネスはその製品とサービスによって判断される。そして同時に、人間性についても吟味され判断されるべきなのだ』という言葉を60年も前に残しています。働く人にとっても社会に生きる人にとっても、より良い環境を創り出す哲学を企業活動と一体化し、今後ますますCSVの実践に結びつけていきたいと考えています」と松崎氏は語った。
エコッツェリアに集う企業の経営者層が集い、環境まちづくりを支える「環境経営」について、工夫や苦労を本音で語り合い、環境・CSRを経営戦略に組み込むヒントを共有する研究会です。議論後のワイガヤも大事にしています。