10月1日、エコッツェリアにて第3回「環境経営サロン」が開催された。
キリン株式会社CSV推進部長の栗原邦夫氏が「キリンのCSVの取り組みについて」プレゼンテーションを行った。
「2013年1月1日、キリンビール、キリンビバレッジ、メルシャンを統合し、中野に本社組織を移転しました。新会社キリン株式会社(日本綜合総合飲料事業会社)を発足させる際、これまでバラバラだった企業の価値をあらためて再確認する作業を進めました。弊社社長の磯崎功典から『CSVという概念を経営コンセプトの中心に据えよう』と話があり、社内で合意しました」
「CSV Creating Shared Value」=共有価値の創出は、社会にとっての価値と企業にとっての価値を両立させ、企業が本業ビジネスを通じて社会課題を解決していくという新しい考え方だ。
日本の企業にはまだ馴染みの薄い「CSV」という言葉を掲げて新たな部署を立ち上げたキリン。
そのねらいをより具体的に知るために、JR中野駅前、再開発地区の中にある新本社社屋を訪ねた。
総合受付の脇にあるスペース「ココニワ」。中野に移転した際にキリンの従業員と地域の人たちの心がつながる庭にしよう、との願いから作られたという。
キリングループの歴史から未来まで、見て、聞いて、触ることを通じて体感する展示とともに、中野のまちを紹介するコーナーもあった。
企業の玄関口から、「CSV」というコンセプトを感じとることができる。
「従来の環境問題などのCSR活動を継続していくだけでなく、次のステップを考える中から、CSVという切り口が浮上してきました」と栗原氏は振り返る。
「沿岸部にあったキリン仙台工場は約2.5メートルの津波に襲われました。15基機のビールタンクのうち4基機が倒れ、中から白い泡が吹き出すといった惨状でした。建物の一階は水浸し。周囲の住民や事務所にいたスタッフ481人は屋上に避難し、翌日に全員救出されるという、まさしく当事者としての被災体験をしたのです」
その過酷な体験を通して、被災地支援の必要性がリアルに会社全体にへ伝わった。売り上げの一部や従業員と家族からの寄付等お客様にお買い上げいただいた商品の売り上げや利益の一部に基づいてよって「3年間に60億円」を拠出するという大型プロジェクト「復興応援キリン絆プロジェクト」が、すぐさま立ちあがった。
「最初は、緊急性が大事だから現地へ行って炊き出しをしよう、といった声も確かたしかにありました。しかし、トップから『一過性ではない、継続的な取り組みを』という言葉があり、私たちキリンが取り組むべき支援とは何なのか、掘り下げていったわけです」
最初はまさしく「雲をつかむようでした」と、CSV推進部企画担当・太田健氏も振り返る。
同時に、水産業の現場をリサーチしていった。
「被災地の漁業は、農業とはまた色合いの違うニーズがありました。私たちはサステナブルという概念を大切にしてきた企業なので、漁業の中でも特に『養殖』の復興支援に取り組むべきだろうと。岩手県はワカメ、宮城県は牡蠣、福島県は青海苔を中心に、養殖再開に向けた施設・設備の復旧支援に着手することになりました」
復興支援の第一ステージステップとして、農業機械の支援金5億2100万円、養殖設備支援金4億2220万円を拠出した。
「日本サッカー協会とキリンが共同で全国で開催してきた取り組んできた全国でのサッカー教室を、被災地に適した形に変えて実施しています。元日本代表選手あるいは元選手が必ずコーチとして訪問し足を運び、直接子どもたちを指導するのです。香川真司選手や小倉隆史選手さん、城 彰二選手さんも参加しました。彼らが一緒になってボールを蹴るだけで、たちまち子どもたちの笑顔が輝くんですよ」(栗原氏)
2013年、キリンの復興支援も「第2ステージ」に入っている。
テーマは、「生産から食卓までの支援」。生産物のブランド育成や販路拡大にも力を注ぐ。
「収穫された気仙沼茶豆を工場のレストランや38店舗のキリンシティで提供するなど、収穫から食卓まで循環していくCSVを目指しています」
さらに東北の農・水産物のブランド化や6次産業化の促進、販路拡大といった課題を推進していくにはどうしたらいいのか。
大切になってくるのが地域のプロジェクトの担い手やリーダーだ。そうした人材育成を目指して進行中の取り組みがある。
「東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト」だ。
朝の7時15分。大きな窓から朝日が差し込む。
東京駅前の新丸の内ビル、エコッツェリアに三々五々、受講生が集まってくる。20代~60代と年齢層はバラエティに富んでいる。
丸の内朝大学の特別クラス「東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト」。
「復興プロデューサーカリキュラム in 東京」の授業が始まった。
数日前にオランダ農業の現場視察から帰国したばかり、というメンバーたちから、熱気を帯びた報告が続く。
「オランダの現場では、農業生産者は孤軍奮闘していません。研究者、ビジネスマン、設備専門家、金融といったさまざまな専門家がチームを作っているんです。だから強いんです」
「大型の栽培施設の中に、おしゃれなレストランも併設されていた。東北で実現したら面白いモデルケースになるのでは」
東北で農業関連のプロジェクトを起こしたい人、東京で東北の農産物をビジネス化したい人、今の仕事のスキルと組み合わせて復興支援をしたい人と、さまざまな動機で集まってきた受講者56名。授業、ワークショップ、現地視察、議論を繰り返し、具体的な事業計画をアウトプットしようとみんな真剣な目つきだ。
1年間のカリキュラムを通して座学にはとどまらない、実践的プロデューサーに育てあげる試みだ。
授業は東京だけでない。東北大学でも場所の提供などの協力を得て、平行並行して行なわれている。こちらは農業経営者むけのカリキュラムだ。
すでに農業に従事している人が、経営戦略を立て他産業と連携するリーダーとなるための育成プログラムを展開している。
最終的には、東京で育った復興プロデューサーと、東北の農業経営者、その両者が連携して、日本の農業を新たに創作り変替えていくような事業を起こす。究極の目標だ。
実は、キリンはこのプロジェクトに対して資金的な支援をしているだけではない。社員をこれらの授業に参加させている。受講者の一人、キリンCSV推進部の浅井隆平さんは言う。 「ここに来ると、どんどん今までにない人脈が広がっていく。ワクワクしますよ。新しい価値やサービスが生み出せそうな可能性を感じています」
プロジェクトの企画者で講師を務める古田秘馬氏(株式会社umari代表)は、「東京で会社に勤めているビジネスパーソンが、日常の中で継続的に東北を支援していく場を作りたい。仕事の前の早朝に、こうして集まってくるエネルギーが、東北の新しい農業ビジネスを生み出していくはず」と言う。
12月にはいよいよ受講者による企画プレンゼテーションが、キリン本社で披露される予定だ。
また、宮城県女川町「女川ブランディングプロジェクト」に日本財団と協力して5000万円を拠出。こちらは水産物のブランド支援や6次産業化などを目指す試みだという。
「環境経営サロン」で議論されてきたように、「CSV」には3つの側面がある。
①「製品・サービスのCSV」 ②「バリューチェーンのCSV」 ③「クラスター/競争基盤のCSV」だ。
キリンの取り組みをこの視点から見ると、①「製品・サービスのCSV」には、アルコールゼロの商品「キリンフリー」や「ボルビック」といった商品が該当する。商品の力そのもので社会の課題を解決していく事例だ。
一方、②「バリューチェーンのCSV」としては、高品質原料の安定供給調達や包装容器の軽量化によるCO2排出量の削減など、バリューチェーンを新視点で最適化することによって、社会の課題を解決していく。
③「クラスター/競争基盤のCSV」については、地域における人材、周辺事業、輸送インフラなどを通して地域に貢献していく。
東北の「復興応援キリン絆プロジェクト」もこの事例の一つだ。
11月5日、「CSV商品」を名乗った初めての商品が登場した。
「氷結 和梨」。
「福島県産の梨の果汁を使い、福島を元気にする商品です。売り上げ1本につき1円がを東北の農業の震災復興支援策に活用していきます」と企画担当の内田晴子氏。
栗原氏は言う。
「『氷結』というナショナルブランドによってを使えば、安心して福島産の元気とおいしさ果実をお客様にお伝えし、消費者に楽しんでもらうことができたら嬉しいです。キリンだからこそできる支援を、具体的に実践していく。それが企業の社会的役割だと思います」
健康的な社会があってこそ、会社は存続できる。本業を通して社会に貢献するCSVの理念が、キリンの中核を担う。
「被災地の人たちが、私たちを動かしてくれました」という言葉が、特に印象的だった。
エコッツェリアに集う企業の経営者層が集い、環境まちづくりを支える「環境経営」について、工夫や苦労を本音で語り合い、環境・CSRを経営戦略に組み込むヒントを共有する研究会です。議論後のワイガヤも大事にしています。