2013年1月29日、エコッツェリアにて第4回「環境経営サロン」が開催された。株式会社ヤクルト本社・中央研究所参与(元中央研究所分析センター部長)の木村一雅氏が「ヤクルトの事業特性を生かした社会貢献」と題してプレゼンテーションを行った。
「私たちは生命科学の追究を第一義として、腸内細菌研究を通じて社会に貢献することを考えてきました。「ヤクルト」という商品を製造・販売するだけでなく、商品を通して予防医学や健腸長寿といった価値を社会へ届けています」
ヤクルトの創始者、代田 稔博士が始めた腸内細菌の研究。それはやがて「ヤクルト」という商品に結実し、感染症から人々を守る「予防医学」の実践となっていった。
医学博士・代田氏の精神を引き継ぎ、研究を続けているヤクルト中央研究所(国立市谷保)。研究所が果たす役割や意味あい、今後の社会におけるヤクルト商品のインパクトや価値について、木村氏に話を聞いた。
JR中央線・国立駅からまっすぐに走る大学通り。両側にモダンな店や住宅が建ち並ぶ文教地区だ。
その一方、国立市の南側地域には、のどかな田園風景が残っている。
1000余年の歴史を持つ谷保天満宮の周囲、湧水が流れせせらぎを作る谷保エリアに、ヤクルト本社中央研究所はある。
「自然が豊かで、かつ文教地区を擁する市ですから住民の方々の意識はとても高い。そんな地域の方々に理解され、また愛される研究所を目指して、今、施設が新たに生まれ変わろうとしているところです」
2015年のヤクルト創業80周年を前に、中央研究所の建物・施設は建て替えが進行中だ。国立市より初の企業誘致推進における事業拡充支援の認定を受け、敷地を拡張し、2010年食品研究棟が完成した。さらに最新鋭の研究棟4棟(研究管理棟、医薬品・化粧品研究棟、品質・技術開発棟、基礎研究棟)の建設が進む。すべてが完了するのは2015年10月末の予定だ。
「今回は、"見せる研究所"ということも意識しています。創始者・代田 稔の研究の足跡や歴史を展示する代田記念館、研究成果の発表などに活用できる国際会議場などの施設が誕生します。国内外からの関係者、ヤクルトレディ、また、従業員の子どもたち、小学生・中学生からの見学要請もあります。商品だけではなく、代田の研究の精神や哲学についても理解を深めていただく場として、活用できればと思います」
地下水の温度差を利用した熱交換システム、ソーラーパネルを活用し、壁面・屋上緑化なども実施。環境負荷を減らす努力を重ねている。
研究所の敷地北側は緑に覆われた崖線「ハケ」、南側は用水路。周囲との調和を目指して、緑化を進め、遊歩道の整備などの工夫を重ねてきた。
「月に一回、私たち研究員も清掃をしたり、国立市のイベントに協力するなど、地域とつながる努力を重ねています」
ヤクルトの中で継承されてきた「代田イズム」。
その理念の一つの柱が、「病気にかかってから治療するのではなく、病気にかからないための予防が重要である(予防医学)」という考え方だ。
「ヤクルトが初めて製造・販売されたのは1935年。当時の世の中は赤痢やコレラなどの感染症が流行っていました。代田は人々を感染症から守りたいという一心で、ヒトが栄養素を摂る腸に注目し、1930年、胃液に負けず生きて腸まで到達する乳酸菌 シロタ株の強化・培養に成功したのです。そしてその5年後にはヤクルトという乳酸菌飲料が生まれました」
代田博士は、消化管に生息する微生物(腸内細菌)が疾病の罹患に関わる一方で、疾病を予防するのもまた、消化管内の有用微生物であることに着目、腸内細菌の研究に力を注いだ。
当時は世界的にも見ても腸内細菌についての研究は非常に少なく、ヤクルトが先鞭をつける形になった。
「腸内細菌を研究していくことによって、さまざまな発見がありました。当初は解明されていなかった、乳酸菌の整腸作用や免疫調節作用、感染防御作用が次々に証明されていったのです」
代田氏は、会長に就任した後も中央研究所で研究を支えたという。
「創始者がいかに学術的な研究を大切にしていたか、伝わるエピソードだと思います。代田の探究の姿勢は経営者というより学者でした。また、「ヤクルト」という商品にこだわらず、『腸にとってそして健康にとって良い菌は他にもいるはずだ』『健康を追究する研究をとことん進めるべきだ』と熱く語っていました。その情熱的な探求精神が現在の研究所に継承されています」
現在、中央研究所では徹底した安全性と品質保証を基本に、おもに基盤研究(腸内細菌叢、免疫)と応用研究(食品、医薬品、化粧品)7つの分野で研究を進めている。
「食品メーカーでは商品開発の際、費用を負担して外部へ研究委託をするケースが多いのですが、ヤクルトではその研究を主体的に行うことにこだわっています。他の大学の研究機関と協力しつつ"あくまでヤクルト自身が主体的に進めていく"というスタイルを貫いています」
さらに、代田博士が強調したことがある。それは、「誰もが手に入れられる価格」ということだった。
「感染症予防の一つとして広めていくには、より多くの方に1日1本、手軽に飲んでいただくことが重要と考え、医薬品としてではなく食品として売り出すことにしたのです」
人の命を救うことは生命科学研究の第一義、という代田博士の哲学が、時代のニーズと合致し、「ヤクルト」は手軽な乳酸菌飲料として社会に広く受け入れられていった。
「低価格で手軽に」という考え方の中に、たしかな「公益性」が息づいている。
乳酸菌の働きと同時にもう一つ、「美味しい」ということにもこだわっているのです、と木村氏は言う。
「あえて一週間ほど時間をかけて原液を作ります。もっと早く発酵を終えることは可能ですが、手間をかけています。食品である以上、美味しい、ということはとても大事な価値です。弊社の生産技術者たちのこだわりが、美味しい味と高い飲用効能、二つの価値を両立させたのだと自負しています」
1991年、特定保健用食品、いわゆる「トクホ」の制度が始まった。これをきっかけに保健効果のエビデンスに注目が集まった。
「食物繊維やビフィズス菌、乳酸菌など、腸の健康に対する実績のある成分を含む商品にまずトクホ認定がおりました。ヤクルトは、食品の保健用途という分野において先駆的な役割を担ってきた商品だと自負しています」
また、1960年代から「予防医学」のみならず「治療医学」の領域も展開してきた同社は、特にがん分野(オンコロジー)における医薬品開発事業に力を入れている。
「乳酸菌を使った医薬品の他、医療分野で今、注目されている研究成果の一つがシンバイオティクスという考え方です。手術後の感染症抑制効果が認められ、抗生物質を補完する療法として注目されています」
もう一つ、ヤクルトの販売方法に注目したい。
それは独自の宅配制度、ヤクルトレディ(以下YL)だ。このシステムがスタートしたのは約50年前、1963年。当時は、女性が男性と同じように働くことにまだ戸惑いがあった時代。そんな中で女性の社会進出を後押しするパイオニア的な役割も担った。
「価値普及」という言葉を木村氏は使う。
「YLさんは単なる商品の配達員ではありません。代田の哲学の運び手、なのです。ヤクルトの販売とは、『予防医学』『健腸長寿』という社会的な価値を商品と一緒にお届けする『価値普及』の仕事だと考えています」
消費者に商品の特性について理解してもらうことは大切だという。無理な営業をしなくても継続的な購入につながるからだ。そのためYLは「菌の科学性研修会」等の社内研修制度によって乳酸菌 シロタ株についての知識を深め、商品特性を理解し販売する。YLの中には商品に対して高い関心を抱く人、「研究現場を見たい」という人もいる。
「今回、中央研究所に代田記念館という展示施設の建設を進めているのは、そうしたご要望に応える目的もあります。YLの方々にぜひ代田が研究に注いだ情熱を追体験していただいて、それを販売活動に活かしていただけたらと思っています」
1972年から続いているのがYLによる「愛の訪問活動」だ。
商品を届けながら、独り暮らしの高齢者の安否確認や話し相手になるこの活動は、144の自治体と契約・実施している。見守り対象の高齢者は4万人を超え、関わっているYLは3,426人にのぼる(2013.3月末)。
YLの活動は地域作り、ネットワークの形成への協力にもつながっていく。高齢者への詐欺犯罪防止活動でチラシを配ったり子どもの見守り等、市町村の活動にも力を貸している。
日本国内だけではない。海外32の国と地域にも広がったヤクルト。アジアを中心として、多数のYLが現地で活躍しているという。
「途上国では、かつての日本のように感染症の予防が社会課題ですが、十分に商品を届けることがなかなか難しい。貧困地域などにも商品を届けるためには、地域に密着したYLさんの力がとても重要です」
ヤクルトは、商品の製造・販売という本業を推し進めることによって、健康的な社会を創ることを目指している。
「CSV Creating Shared Value」=「共有価値の創出」とは、企業が利益を上げることと、そうした本業を通じて社会課題を解決していくことの調和を意味する。
「環境経営サロン」で議論してきたCSVというテーマには、以下3つの側面が含まれている。
(1)「製品・サービスのCSV」
(2)「バリューチェーンのCSV」
(3)「クラスター/競争基盤のCSV」
ヤクルトの取り組みを、このCSVの視点から見てみると、(1)「製品・サービスのCSV」には、まさしく「ヤクルト」という商品、そこから生み出されてきた医薬品等が該当する。
(2)「バリューチェーンのCSV」は、環境行動計画の推進やYLによる予防医学の啓発、ヤクルト容器を活用した水浄化システム等が該当する。
(3)「クラスター/競争基盤のCSV」は、YLの「愛の訪問活動」が高齢者の見守りや地域の安全に寄与。東日本大震災の復興支援活動、国立市との連携、地域コミュニティとの活動なども含まれる。
「私個人としては、ヤクルトの仕事を通じて「予防医学」という哲学を伝え社会に貢献できる商品を作り、お届けできることに幸せを感じています。これからの高齢社会において、ヤクルトの役割はますます大きくなります。社会のニーズや問題の解決とリンクしていく道筋をさらに探っていきたいと思います」と木村氏は語った。
エコッツェリアに集う企業の経営者層が集い、環境まちづくりを支える「環境経営」について、工夫や苦労を本音で語り合い、環境・CSRを経営戦略に組み込むヒントを共有する研究会です。議論後のワイガヤも大事にしています。