東日本大震災からまもなく11ヶ月。津波によって多くの命が奪われ、生き残った方々も様々なものを失いました。多くのものを失う中で被災者の方々が必死に探したもののひとつが「写真」でした。写真には亡くなられた人や失ったものの思い出が残っています。人や物が帰ってこないのならせめて写真だけでもと探す方が多いのだそうです。
そんな写真探しの手伝いをするボランティアプロジェクトが「思い出サルベージアルバム・オンライン」です。これは被害にあった地域で見つかった写真を洗浄、複写し、データベース化して持ち主が探せるようにするもの。今もそのプロジェクトは続いています。
思い出サルベージアルバム・オンライン
しかし、洗浄しても復元できず、持ち主がわからないような写真もあります。しかしそんな写真もあなたの思い出の写真と同じように持ち主にとっては大事な写真だったはずです。そんな写真を通じて被災者の想いに触れてもらい、被災地支援にも役立てようというプロジェクト「LOST & FOUND PROJECT」を紹介します。
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presented by greenz.jp(greenz.jpは、丸の内地球環境新聞をプロデュースしています、じつは。)
東日本大震災で東北沿岸を襲った巨大津波。その津波は多くの人の命を奪い、甚大な被害を沿岸地域に与えました。そんな被災地のひとつが宮城県山元町。津波で町の面積の約半分が水につかり、2000軒以上の建物が全壊、600人以上の方が亡くなりました。
そんな山元町で集められた津波の被害にあった写真の展覧会が現在行われています。被災者に写真を返すというプロジェクトから生まれた被災者を支援するための展覧会、いったいどのようなものなのでしょう。展覧会を企画したカメラマンの高橋宗正さんにもお話をうかがいました。
展覧会の話の前に、津波の被害にあった写真を持ち主に返還する「思い出サルベージアルバム・オンライン」プロジェクトについて説明します。
山元町では、瓦礫の撤去を行う中で多くの写真が発見され、それは自然と集められるようになりました。震災直後から山元町に入り、支援活動を行なっていた日本社会情報学会の災害情報支援チームは5月頃からそれらの写真を持ち主に返そうという「思い出サルベージアルバム・オンライン」プロジェクトを始めたのです。
このプロジェクトは、発見された写真を収集、洗浄、複写してデータベース化するもので、被災者はそのデータベースを検索して自分の写真を探し、持ち帰ることができます。回収された写真は約70万枚にのぼり、これまでにアルバム約1100冊とバラの写真約19200枚が持ち主の手へと返っていきました。
この活動に写真の専門家が必要と聞き、活動の初期から参加してきたのが、フリーのカメラマンとして活動する高橋宗正さん。自ら写真の洗浄や複写を行うと同時に、カメラや三脚の寄付を募り、ボランティアの学生でも洗浄や複写ができるようなシステムを構築することに貢献しました。
しかし、いくらデジタル技術が発達しているとはいっても、発見された写真の中には損傷がひどく洗浄しても持ち主がわからないものも多くあります。捨てられるしかないこの写真を高橋さんは取っておくことにしました。そしてその写真を展示するマイプロジェクト「Lost & Found Project」を立ち上げたのです。
はじめてとなる今回の展示では、写真を展示すると同時にポスターを販売し、販売額から経費などを除いた7割を仮設住宅の人たちに自治会費として使ってもらうという計画です。
「どうしてはじめたのか?」という問いに高橋さんはこう答えます。
プロジェクトについて話すとたくさんの友達が「手伝いたい」と言ってくました。それで実際に手伝ってもらうと、みんなが口をそろえて「実際に見るとこんなに違うんだ」と言うんです。それで、多くの人に見てもらえる機会を作りたいと思ったんです。
それと同時に、「出来ることがあったらやりたい」と言ってくれる人も多くて、そういう人がその気持ちを形にできるきっかけも作りたいと思いました。それで、実際の写真を見てもらえればそういう形につながるんじゃないかと思ったんです。
こういう写真ってみんな家にあるじゃないですか。だからこれを見れば実際に背景に人がいるんだなということを感じてもらえると思うんです。そうしたら、1000円や2000円でポスターを買うっていう行動で被災地とつながることが出来る。直接「ここ」と「ここ」をつなげることで少しずつ集まって贈れるものが出来るんじゃないかと思うんです。
ギャラリーの壁に貼られた1000枚を越える写真には被写体をかなりはっきりと判別できるものもあれば、ほとんど真っ白のものもあります。これを見てまず思うのは、「津波によって写真ってこんな風になってしまうんだ」ということです。
津波によって流されて失われるのならわかりますが、流されたわけではなく、ただ潮水につかっただけで写真はこんなにもひどい損傷を受けてしまうんだということです。そんな写真が本当にたくさんあるということに圧倒されます。
そして、判別できる写真を目を凝らしてみると、そのどれもが私たちみなが日常や旅先や記念日に撮っているようなスナップ写真であると気づきます。自分のものであれば、見ればそのときのことがすぐに頭に浮かぶようなそんな写真。
この壁に貼られた写真の一枚一枚が本当はそのように持ち主の思い出と繋がっているはずだったと思うと、今度はその思い出の量に圧倒されてしまいます。
しかしそれは、高橋さんの言う通り被災者と一枚の写真を通じて直接「つながる」感覚でもあるのです。
このような順調に見えるプロジェクトですが、進めていく上ではもちろん苦労もあるはず。マイプロジェクトならではの苦労についても聞いてみました。
仕事ではないといっても中途半端にやるわけには行かないので、いろいろなことを決めるのも作業をこなすのもほんとうに大変です。そもそもの展示の方向性を決めるとか、場所はどうするとか、ポスターにするのか写真集にするのかとか、そういうことを決めたり、海外でもやることが決まったので、いろいろなものを英訳するとかいうことも必要になって来ます。もちろんぜんぶ自分でやることはできないので、手伝ってくれる人に割り振るわけですけど、本当にやることはたくさんあります。
でもやっぱり一番の悩みは運営費ですね。この写真を入れる袋だけでも10万単位のお金がいるし、今後の移動費とか滞在費も捻出していけないといけないですし、補助金に詳しい人に手伝ってもらって補助金の申請なんかもしているんですが、何とかして運営のサイクルを作って行かなきゃと思っています。
「忙しい時はプロジェクトの合間に仕事をする感じだった」という高橋さんですが、それでも続けているのは「中途半端にはできない」という以外にも写真家ならではのこんな理由もあるようです。
たくさんの写真を見て、こんなにみんな写真を撮るんだというのと、家とか全部なくなっても写真を探すくらい取り戻したいものなんだと思いました。普段は画角が...とか作品について考えているわけですけど、そうじゃなくて写真が果たす役割と言うか、みんなが写真をどういうふうに思っているかということを考える貴重な機会になりました。
「お金」というほとんどのマイプロジェクトに共通する問題を抱えながらも、小さく続けていこうという高橋さん。みなさんも写真を見て賛同したい気持ちになったら、飲み会を一回我慢してポスターを買ってみてください。それを持つことは被災地とつながっていることにもなるのです。
2012年1月11日(水) ~ 2月11日(土)
場所:AKAAKA Gallery
OPEN | 12 : 00 ~ 19 : 00
CLOSE | 月・火