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【丸の外NEWS by greenz.jp】 市民の「やりたい!」が集まる水辺をどう実現するか!?規制緩和を進め、可能性を広げる「水都大阪」

2011suito.jpg「水都大阪フェス2011」 (c)水都賑わい創出実行委員会

東京が「緑の街」なら大阪は「水の街」?

高層ビルが立ち並ぶ東京ですが、緑化が進み街の中の緑がどんどん増えてきています。もともと皇居や明治神宮などもあり、意外と緑が豊富な東京、実は「緑の街」と言っていいのかもしれません。日本で東京都並ぶ大都市といえば大阪、大阪は東京よりもさらに環境が悪いというイメージがないでしょうか?そんな大阪でも都市環境の向上が課題となっていて、その解決策の一つとして、大阪を水の街=「水都」にしようという動きがあるらしいのです。

まちぐるみで歳のイメージを変えようというこのプロジェクト、水はヒートアイランド現象の対策にもなりますし、水辺に憩いの場があればリラックスもできます。緑もいいですが、水も年の様々な問題を解決する鍵になるのかもしれませんね。

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市民の「やりたい!」が集まる水辺をどう実現するか!?規制緩和を進め、可能性を広げる「水都大阪」

presented by greenz.jp(greenz.jpは、丸の内地球環境新聞をプロデュースしています、じつは。)

2009年から大阪で始まった都市プロモーション「水都大阪」。「食い倒れのまち・大阪」は聞いたことがあっても「水都大阪」はなじみがない方は多いかもしれません。

どうやら専門家の間では「大阪の水辺は規制緩和が進んでいる。次に何をするんだろう!?」と注目を浴びているのだとか。もちろん専門家だけではなく、市民が夢を実現する場としての水辺づくりが進んでいます。大阪市立大学工学部都市学科・建築学科准教授であり、水都大阪推進委員会事務局のアドバイザーをされている嘉名光市さんに「水都大阪」についてうかがいました。

水都大阪2009・2010の成果とは

嘉名先生の研究室へおじゃましました。 (c)楢 侑子嘉名先生の研究室へおじゃましました。

水都大阪との出会いは、2008年でした。「水都大阪2009」という8月から10月に行われるイベントの準備段階で、その年はアート色の強いプログラムが進んでいました。プログラムへまちづくりの要素も入れていきましょうということで、当時まちづくりの研究を一緒にしていた橋爪紳也さんに誘われて水都大阪推進委員会のアドバイザーとして関わるようになりました。

「水都大阪2009」「水都大阪2009」 (c)水都賑わい創出実行委員会

2010年の秋は行政主導で3日間限りのイベントが開催されたんですが、これが不人気で、「このままではマズイ。2011年はどうしましょう」と再び事務局から声がかかったんです。

「水都大阪2010」「水都大阪2010」 (c)水都賑わい創出実行委員会

2009年の成果を振り返ると、アートは仮設だから、期間後は何もなくなってしまうでしょ。残された資産はというと、「地域で何かやろう」と、手を挙げた市民たちが作り上げたものだったり、"サポーター"として参加してくれたボランティアスタッフの心に芽生えた「もっと盛り上げたい」という気持ちだったりするんです。「何か継続できる形」を目指さないと、結局イベントをやったという事実しか残らないので、2011年はそこをちゃんとやりましょうということになりました。

水辺は可能性と規制だらけ

水辺のまちづくりや景観にとっても詳しい嘉名先生。一枚の写真を見せながら、"行政による規制"について分かりやすく話をしてくださいました。

東横堀川 (c)嘉名光市東横堀川 (c)嘉名光市

水辺って、とっても色んな可能性があると思うんです。でもこの写真を見ると全然よくないでしょ。全然よくないけど、一つひとつ全部に理由があるんですよね。水質が悪化したり、地盤沈下して水害を受けるようになり防潮堤が必要になったり、車の交通量が増えたから水路を埋め立てたり。

でも今改めて見直すと、ポンプ場が出来ていたり、防潮堤が出来たり、上下水道が整備されたり、自動車も減らしていこうって普通に言ってますよね。そうなると、こうあるべき理由がなくなっているんです。今なら水辺に寄り添った全く違う都市を実現出来る可能性がある。それなのに、実際はものすごい規制だらけで何も出来ないんです。

技術的には問題がなくても、近代化で変化していった環境に対し、ひとつずつ積み上げてきた"規制"のせいで、みんながよいと思えることが実現出来なくなっているのが現状だということです。

参加型のイベント「水都大阪フェス2011」へ

ところで、中之島周辺では春は「春の舟運まつり」、夏は「天神祭」、冬は「OSAKA光のルネサンス」が行われています。そこで秋はトライアルやチャレンジとして、規制緩和を進めて水辺の新しい可能性を探る期間にすることになったそうです。

「水都大阪」の継続性を考えると、行政、経済界、地域の人にプラスして、とにかく色々な人たちが関われる仕組みが必要だと考えました。そこで「水都大阪フェス2011」はこれまでの流れをよく理解しており、この考え方に賛同してくれている人ということで、民間企業のE-DESIGN・忽那裕樹さん、studio-L・山崎亮さん、ハートビートプラン・泉英明さん、iop都市文化創造研究所・永田宏和さんへイベントのディレクターをお願いすることになったんです。

「水都大阪フェス2011」のディレクター陣 (各種資料をもとに嘉名光市作成)「水都大阪フェス2011」のディレクター陣 (各種資料をもとに嘉名光市作成)

また、一般市民がボランティアとしてイベントへ関われる仕組み、イベントについて情報発信する仕組み、また普段行っているプログラムを水辺で披露してもらう仕組みをつくりみんなで一緒に水辺を盛り上げようと考えていったんです。

通常、行政からの発注はやることが決められた上で「業務委託」として依頼されるケースがほとんどです。「水都大阪フェス2011」では行政と民間企業が協働する形が実現したことに大きな特徴があります。また、予算の枠組みについても、府市経済界の元々の予算にプラスして、企業の協賛を募りより多くのお金をより多くの人たちで使う方向へシフトしたということです。

こういう予算の考え方は、海外では一般的なケースなんですよ。考えただけでもお得でしょ。自分の持ち出し予算は同じなのに、みんなで使えるお金が増えるわけですから。ここに2010年と、2011年を比較したシートがあります。

2010年と2011年の比較 (c)嘉名光市2010年と2011年の比較 (c)嘉名光市

2010年は開催日数3日間、プログラム数17軒、運営に参加した人数が420名なんです。これでは「水都大阪」の波及効果は低いですよね。なので、2011年は規模を大きくしましょうと。規模が大きくなると予算は3500万円では収まらないから、協賛を募り、元々の予算と一緒に使えるようにしましょうと。2000万近くの協賛が集まり、結果的に5500万円規模のイベントを実現することが出来ました。

2010年までは"予算をイベントとしてどう使うか"というやり方でしたが、2011年からはその考え方を辞め、"参加者のやりたいことを実現するためにはどうするか?"というイベントへと変化していったんです。

結果、「水都大阪フェス2011」には多くの新しい企画が生まれたようです。一体どんな取り組みだったのでしょうか?

「大阪水辺バル」が誕生しました。期間限定で臨時の船着き場をつくり、"食べ歩き"と"船巡り"を掛け合わせた新しい事業です。船着き場を作るのも、船の運航も地域の人々がお金を出しており、ほとんどが民間の手によって実現されました。行政は規制緩和を行い、「水都大阪」全体のプロモーションを行うことで広告を手伝っています。
大阪水辺バル

「大阪水辺バル2011」 (c)水都賑わい創出実行委員会「水都大阪フェス2011」のプログラムの一つ、「大阪水辺バル2011」 (c)水都賑わい創出実行委員会

また、フランスのヴェリブ(Velib)をお手本にしたコミュニティサイクルの「COIDECO」も実験的に行われました。これも2012年のプログラムに登場します。
COIDECO

「水都大阪フェス2011」コイデコのブース (c)水都賑わい創出実行委員会 photo楢 侑子「水都大阪フェス2011」COIDECOブース (c)水都賑わい創出実行委員会 photo楢 侑子

ほかにも、市民の方々が普段行っているプログラムを水辺へ持ってきていただき、期間は9日間、来場者数18万7812人、プログラム数46事業と、2010年に比べて格段に規模が大きくなりました。それなのに、イベントに対する苦情がほとんどなかったんですよ。これは、お客さんへも「水都大阪フェス2011」はプロが仕切る"チケットを買って楽しませてもらう"タイプのイベントではないことが伝わっていることを物語っていると思います。

「アウトドアYOGAまつり」 (c)水都賑わい創出実行委員会 photo楢 侑子「アウトドアYOGAまつり」 (c)水都賑わい創出実行委員会 photo楢 侑子
「R+気流部」 (c)水都賑わい創出実行委員会 photo楢 侑子「R+気流部」 (c)水都賑わい創出実行委員会 photo楢 侑子
「ドラゴンボート水上ツアー ツール・ド・水の回廊2011」 (c)水都賑わい創出実行委員会 photo楢 侑子「ドラゴンボート水上ツアー ツール・ド・水の回廊2011」 (c)水都賑わい創出実行委員会 photo楢 侑子
「財団法人山本能楽堂『少年少女 水辺でうたい隊2011」 (c)水都賑わい創出実行委員会 photo楢 侑子「財団法人山本能楽堂『少年少女 水辺でうたい隊2011」 (c)水都賑わい創出実行委員会 photo楢 侑子

2012年以降の「水都大阪」はどうなる?

「水都大阪」の政策に大きな転換があった2011年。では、2012年はどうなるのでしょうか?

基本的には2011年の延長ですが、着実に発展しています。昨年は時間がなくて、既に民間の団体が持っているプログラムを水辺で披露してもらったんですが、今年はアイデアを募集して、市民の「これやりたい」を実現してもらえるような枠組みを用意しました。「何かやりたい」と思ったときに「それいいね!」と言いながら、相談に乗ってくれる人がいるのはいいですよね。

2012年8月11日「水都大阪フェス2012」オリエンテーションの様子2012年8月11日「水都大阪フェス2012」オリエンテーションの様子 (c)楢 侑子

2015年には「水都大阪」のシンボルイベントを行うそうですが、ここへ向けての取り組みは何かされているのでしょうか。

私自身、がんばっているのが「北新地ガーデンブリッジカフェ社会実験」という、橋の上をカフェにする取り組みです。

2012年は、10月13~21日の9日間限定でオープン!  (都市魅力戦略会議資料より) 2012年は、10月13~21日の9日間限定でオープン!(都市魅力戦略会議資料より)

行政のルールからすると、"橋の上をカフェにする"なんていうのは、とんでもないわけなんですよ。ただ、この橋は人通りがすごいわけでもないし、そんなにむちゃくちゃを言ってるわけではないんです。

行政もそれは分かっているのですが、いざ実現しようとなると、府や市の川や公園を管理する課の責任者が集まってたくさんの会議を重ねないといけない。"これではやっていけないな"と気づいてもらって、行政の組織改革を即すことが目的でもあるんです。

公共性があると判断できたら、後は民間のNPOなり組織なりに自治を任せるという「包括占用」という制度が、海外では取り入れられている例もあります。こうした自治を担えるように、企業も市民も水辺には可能性があることに気づいて、当事者意識を持って「水都大阪」に参加してもらえるようになるといいんですけどね。

"前例がない取り組み"を進め"規制緩和"を即すのは、とっても手間と根気がいりそうです。嘉名先生へ原動力をおうかがいしました。

単純に、「何で、魅力的な水辺が実現できないの?」ってことですね。

(江戸名所図会巻之六より)(江戸名所図会巻之六より)
ビルバオ (c)嘉名光市ビルバオ (c)嘉名光市
アムステルダム (c)嘉名光市アムステルダム (c)嘉名光市
ソウルの清渓川 (c)嘉名光市ソウルの清渓川 (c)嘉名光市

社会実験を続けて、企業や市民が関わりやすい枠組みをつくっていけば水辺にもっと興味を持ってもらえるし、水都への関心も高まっていくはず。"行政って規制がきつくて何もやらせてくれないと"思っているかもしれないけど、実際は耳を傾けてくれるんですよ。どうしたら規制を越えて実現できるのか、それを考えるのが「水都大阪」ですね。

今は水辺が好きな人が集っているイベント。それは大事なことだけど、"一過性のイベント"を越えるには、「水辺には可能性がある。あそこに行けば夢が実現できる」と思ってもらえるようにしないと。...なんて、楽しそうに言いましたけど、なかなか大変です...。いやいや、夢は大きいんです(笑)!

「みんなで水都大阪へ遊びに来てくださいね!」と、嘉名先生。 (c)楢 侑子みんなで水都大阪へ遊びに来てくださいね!」と、嘉名先生。 (c)楢 侑子

行政と、企業と、市民の立場が違えば役割も違うのは周知の事実。お互いに「出来ない理由」をあげつらうのではなく、実行する方向へエネルギーを循環させていく、そういう流れが起こっていることがよく分かりました。