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複雑・深刻化する社会問題、膨大な情報が氾濫する中、誰もが自分で考え、決めていくことが求められています。普段はビジネスパーソンの多い大手町で「丸の内サマーカレッジ」が開催され、高校生・大学生が集い、講義とワークショップを通して現在の社会状況やさまざまな価値観に触れ、サステイナブルな社会を創っていくためのアイデアや自分の未来を思い描きました。「就職する上での価値観が変わった」「何度も参加したくなる」といった感想が飛び出すこのイベントは今年で7回目。8月9日にオンラインでオリエンテーションを行い、8月14日~16日のメインプログラムには、会場の3×3Lab Futureにおよそ90名の学生が集まり受講しました。
3日間のプログラムでは、エコッツェリア協会の田口真司と小西政弘が司会を務め、「社会を良くすると志を持って活躍されている方、多様な働き方をしている方のお話を聞き、最後にはグループ発表を行います。皆さんが自分ごととしてやりたいこと、社会に貢献したいことを自由にアウトプットしてください」と田口。初対面の参加者同士が交流を重ねて、アイデアを生み出す"熱い"夏が始まります。
<1日目>
講演1「『学び』を『実践』へ発展させる3日間のはじまり」
・・・長岡健氏(法政大学経営学部教授)
講演2「持続的で豊かな未来の実現へ」
・・・佐藤岳利氏(株式会社佐藤岳利事務所 代表取締役社長)
・・・鎌田恭幸氏(鎌倉投信株式会社 代表取締役社長)
フィールドワーク「大丸有街歩きツアー」
「スマホを開いて、X(旧Twitter)で自由につぶやこう!」
プログラムが始まる前から、会場内で参加者に声をかける講師の姿が見られました。法政大学経営学部で組織論の講義を行う長岡教授です。講義を聴いて何を感じ、何を得たかを自分の頭で考えて発信してほしいと学生に呼びかけていました。
講演がスタートすると、長岡氏は冒頭に法政大学において取り組む「カフェゼミ」を紹介しました。カフェゼミの授業は街のカフェや商業スペース等で行われ、学生や社会人が組織を飛び越えて創造的な対話の場づくりに挑戦しています。サマーカレッジでも同様に、従来の自分にとらわれず、過去の自分を健全に自己否定しながらチャレンジしようと語り、オンラインが当たり前になった今でも、参加者がひとつの場所に集まり対話する重要性を学生たちに示しました。
「空間コミュニケーションには、目的達成のために情報収集を行ってパフォーマンスを追求する『井戸的空間』と、目的がなくても集まりなんとなく対話をして気づきが生まれる『焚き火的空間』があります。サマーカレッジは『焚き火的空間』。何気ない会話から気づきを得る場にしていきましょう」
同氏は他にも今の時代には「グループ・ジーニアス」という考えが必要とされていることも紹介しました。これは、チームでの議論や対話から1人では考えつかないようなアイデアを生み出せるというもので、アメリカの心理学・教育学者であるキース・ソーヤーの『凡才の集団は孤高の天才に勝る』からの引用です。また、「フロー理論」も重要で、スポーツをしている最中に集中力が増してゾーンに入る状態を指し、身体が自然に動いて頭が働き、良いアイデアが生まれやすくなることも話しました。サマーカレッジでは、初対面同士がチームをつくり、創造的なグループワークを行います。グループワークでこの状態を生み出すには、チームで適切な目標を持ち、全員が自主性を持って動くことが必要だと語りました。
「自主性と協力は一見矛盾しているように見えますが、状況に応じてスタンスを切り替え、両方を目指すことはできます」と長岡氏。作業をしつつ考えて話し続けることがチームにとって良い状態を生み出すようです。
「雑談でも構わないので場の雰囲気をつくり、誰も我慢していない状況をつくりましょう。そのためには、指示をせず、優劣を決めるための議論をせず、いい意見が出るための雰囲気をつくること。一般的にではなく『あなたの意見』を聞くために対話をしましょう」
同氏によると価値観や生活、習慣などが近しい者同士が行う「会話的コミュニケーション」と、あまり親しくない者が情報を交換し、価値観を分かち合う「対話的コミュニケーション」があり、日本人は後者が苦手とのこと。会話だけではクリエイティビティは生まれないものの、親しくなくても創造性に向かっていい雰囲気をつくることはできるとし、「この3日間は自由に、リラックスして、見知らぬ人と出会える場所で、ぜひチャレンジしてほしい」と学生を後押ししました。
丸の内サマーカレッジでは、定期的にグループに分かれて感想をシェアする時間が取られます。普段の学校の授業とは一味違う講義から学んだことやこれからの3日間への期待を共有し合いました。
昼休憩を挟み、株式会社佐藤岳利事務所代表取締役社長の佐藤岳利氏を迎え午後の講義がスタートしました。同氏は「森とともにある新しい豊かな未来を創造する」をミッションに掲げ、フェアウッド100%による家具・空間づくりに取り組んでいます。国産材やFSCなどの認証木材を使う「WISE・WISE GREEN PROJECT」を提唱し、森を増やすことで、地域に暮らす昆虫や動物、植物などの命をつくり、地域社会を良くすること、そして地域社会から世界が平和になり、みんな一緒に幸せになっていくことを目標としています。
現在の仕事のルーツは学生時代、そして就職先での出来事にありました。就職活動を始める前に「自分が何をしたいのか」が分からなくなった佐藤氏は、愛車とともにアメリカ縦断・横断に挑戦しました。盗難に合うハプニングにも遭いながらも日本に戻り、乃村工藝社へ入社。アメリカ放浪の経験を買われて7年に及ぶ海外赴任が続きました。香港、シンガポール、マレーシア、タイ。インドネシアのスンバ島レンデ族、スラウェシ島トラジ族など貨幣経済もない少数民族が暮らすエリアで過ごすこともありました。
「お金という概念がなくても、歌って、踊って、家族と楽しく生きている人を見て、人生観が大きく変わりました」
人の手が入った木材を使い、建物の内装に関わる仕事生活を送る一方で、環境問題から目をそらすことはできませんでした。激しい気候変動、海水温度の上昇、豪雨や床上浸水などの大災害が起こり、絶滅する植物・昆虫も少なくありません。昨今人類が生存できる安全な活動領域とその限界点を定義する概念である「プラネタリー・バウンダリー」も注目されるようになりました。
毎年330万ヘクタールの原生林が減少し、今ではほとんど残っていない現状もあります。植物オイルを得るために木を伐ってファームプランテーションを作る等の活動が行われているからです。ヨーロッパやアメリカでは違法伐採への輸入規制があるものの、日本では加工された木の輸入が可能なため、建物の内装や家具として使うことで資材を買い支え、間接的に環境破壊しています。
「サラリーマン時代に過ごしたボルネオ島は、かつてジャングルの島と言っていいほどで、オランウータンをはじめとする多様な生き物がいましたが、今はもう残っていません。少数民族の皆さんもプランテーションをつくるために住まいを離れざるを得なくなりました」
佐藤氏はこれらの状況を見て、伐採地の森林環境や地域社会に配慮した木材や木材製品のみで商売・ビジネスをしたいという思いが増すようになりました。自身の子が大人になった時に仕事を誇れるかを考え、2008年にフェアウッドにコミットすることを決めました。
フェアウッドでは、違法伐採ではない木材(合法材)や、近隣地域の森林から生産された木材(国産材・顔の見える木材)、生態系や社会に配慮して持続可能に管理された森林からの木材(森林認証材 FSC、SGEC、PEFC)などを守る必要があります。不可能ではありませんが、責任ある調達とデューデリジェンス(投資先企業の価値やリスクを調査すること)が求められます。また、チェックやモニタリングを怠らず、自社が考える持続可能性にあった望ましいものを示さなければなりません。世界を相手に言語や法律の壁を越えて精査を行うのには手間暇がかかりますが、そこにトライし、パイオニアになりたいという志を持って取り組みます。
日本の95%の広葉樹がチップとなり、バイオマス発電などの燃料に使われています。佐藤氏は全国を走り回って人脈を構築し、木に携わる人たちの生活が成り立つかどうかも見極めながら家具や材木を購入しました。海外の安い材木を安い労働賃金の国で作って販売されるものとの戦いは骨が折れますが、地域の事業者も含めて経済を成立させたいと奮闘します。
佐藤氏が考える「森と共にある新しい豊かな未来」はどのようなものでしょうか。3つのポイントが挙げられました。
1つ目は地域の木を地域内で価値化すること。地域内で加工・製品化し、消費地に届ける、信頼できるサプライチェーンを作ります。地域へのこだわりがきっかけでアウトドア用品を扱うPatagonia(パタゴニア)からのオファーがあり、出店地エリアの森林と地域の事業者を使うことを条件に、一緒に空間づくりを行いました。また、スターバックスのフラッグシップ店舗などにも携わっています。
2つ目は地域の森を可視化すること。切らない林業として森林サービスを構築し、森に携わる人達にお金を届けます。キャンプビジネスや森林浴、ウォーキングツアーなど、森を傷めずに人と自然がともに歩んでいく産業が生まれています。
最後は仲間を増やし、社会を変えること。フェアウッド研究部会を立ち上げて月1回会合を行うほか、NPO・NGOに携わり、子どもから大人まで幅広い世代を対象に森林に関する事業や出前授業なども行います。
「トレーサビリティ(製品の原材料調達から生産、消費、廃棄まで追跡可能にすること)が明らかなフェアウッドを使った建築・家具、サービス産業を通して、日本の山・森・地域・林産業に携わる人たちと繋がり、自然と人、人と人、地域と都市を結んで誰もが豊かさを実感できる社会をつくりたい。これからも丁寧に誠実に取り組んでいきたいです」
午前の講義にも参加した佐藤氏。夏休みの時間を使い、丸の内サマーカレッジで真剣に未来を考えようとする学生にも感銘を受けたと語り、熱いエールを送りました。
「このなかに株式やFX、投資信託など投資をしている方はいますか」という問いかけにパラパラと手が挙がりました。「持続的で豊かな未来」を実現する投資についてお話いただくのは、鎌倉投信株式会社代表取締役社長の鎌田恭幸氏です。自然・伝統・文化・革新性がある場所をと、鎌倉にある築100年の日本家屋を拠点に会社を興したのは2008年11月。熾烈なリーマンショックを乗り越えて今があると話しました。
鎌倉投信にはファンドが2つあり、1つは「結い2101」。2万人ほどの顧客から500億円ほどを預り独自の視点で「いい会社」に投資をしています。もう1つは「創発の莟」。これからの社会を創発するスタートアップに投資し、事業を育成・支援します。これらのファンドを通し、投資や金融の循環を通じて、よりよい未来を、心豊かに成長できる社会づくりを目指しています。
「そもそも何のために投資をするのか。銀行預金の利息はほんの0.1%ほどです。仮に100万円を預けたとして、200万円になるには700年かかります。一方で、世の中のものの値段は上がるので、お金の実質的な価値は下がります。運用をすることで物価の上昇にも負けずにお金を増やそうという考えです」
投資の目的には、「普段、生活に使わないお金を蓄えておく」、「物価の上昇に負けないようにする」、「物価の上昇を上回る運用によってお金をさらに増やす」の3つがあると鎌田氏。この目的にふさわしい資産運用を行うのが、投資の基本的な考えです。
投資商品は、株式、国債、為替、金、不動産、ワイン、絵画など幅広くありますが、実体経済にある程度連動して資産価値が上がりやすい株式や不動産などは、投資対象の中心的な役割を担うでしょう。日本に100社ほどある投資信託の運用会社のなかで、「結い2101」は「社会と未来をよくするいい会社にのみ投資する」という点で特徴があります。
「『いい会社』が発展・成長を続けることで世界はよくなります。世の中をよくしようと奮闘する会社をお客様に知っていただいて、行動変容にもつなげたいです。鎌倉投信の取り組みを多くの人に知っていただき、顔の見える関係性を作っていくことが独自性となるのです」
ここ5年ほどの間で世界はとてつもないスピードで変化しています。環境問題の制約が経済活動や社会活動において大きな意味を持つようになり、低コストで調達したものを低価格で提供していく仕組みが限界をむかえつつあります。これまでのような自分のお金を増やすことだけを目的とした投資に未来はあるのでしょうか。貨幣経済は、お金を介した人と人とのつながりですが、グローバル経済ではこの当たり前の営みが見えづらくなってしまったのではないかと鎌田氏。
「消費であれ投資であれ、学生であっても一人ひとりが使うお金が経済につながるので、消費も投資も社会と未来を選択する投票活動となり、自分のお金の使い方が未来を選択しています」
第4次産業革命のような変化のなかで、さまざまな産業分野の構造が根底から変わっています。すでに情報・通信技術の技術革新が起こり、個人の情報発信が力を持つというパワーバランスの転換も見られます。リモートワークや副業など働き方も変化があり、社会全体で関係性の再構築がされています。シェアリングや、ボランタリー経済の概念も浸透してきました。鎌田氏は、大きな転換期であればあるほど、自己をしっかり持つことが大切だと話しました。大きな経済環境の変化、社会情勢の変化があるという前提の上で、自分はどう生き、仕事に向き合うのか。この軸を持つことが必要です。
だからこそ、鎌倉投信が投資する会社は「これからの日本に本当に必要とされる会社」です。人も会社も個性が大事と考え「人」「共生」「匠」をポイントに、人の強みを活かす、循環型社会を作る、独自の技術サービスを持つなどの視点で70社へと投資し、その利回りは運用開始以来で年率6%ほど。特徴のある小さな会社やニッチな部分でナンバーワンの会社が多いようです。
また、投資企業の取り組みを顧客に知ってもらうため、受益者総会®も行っています。投資信託を購入する顧客(受益者)が集まり、毎年テーマを決めて投資先の経営者が講演します。サイボウズやマザーハウスといった名だたる企業の代表者の話を聞くと「すべてはたった一人の想い」から始まっていることが分かります。
「投資の本質は縁をつなぐものであり、出会いがあるもの。経営者と出会って、ボランティアや寄付を始めた人、投資先への転職をした人もいます。投資のリターンは、お金だけではなく、社会を豊かにできる、自分の発見、成長にもつながると思っています」
最後に、学生に向けてメッセージを送りました。学びや人との出会いや仕事は自分の土台となる価値観を磨き、自分の役割や使命を知る過程です。また、人とのよい縁が運を作り出すとも語りました。
「いい出会い、よい縁ができるためには目の前のことを一生懸命やるという姿勢が大事です。お金がない、経営力がない、知名度がない。それでも向き合う純粋な動機があり、いろんな人の応援を受ける人をみてきました。人生は過去も未来もなく一瞬一瞬の連続です」
役割や使命は、自分から探しに行って見つけるものではなく、人生のなかで一生懸命人に貢献しようと思って仕事をしてきた人に見えるものであり、そのときに腹を決めてやるかどうかの瞬発力も大切だと鎌田氏。未来をつくる学生たちへの健闘を祈って、講義は締められました。
本日最後のプログラムは、フィールドワーク「大丸有街歩きツアー」です。大手町・丸の内・有楽町エリアの変遷を学んだあと、グループに分かれて街を歩きます。
三菱地所から応援にかけつけたガイドの案内で三菱地所本社を見学し、Marunouchi Street Park 2024 Summer、ホトリア広場を回りました。Marunouchi Street Park 2024 Summerは、丸の内仲通りにて都心の広場や公園的空間の在り方を検証する社会実験です。東京駅前のオフィス街ど真ん中を貫く道路に交通規制をかけて公園空間をつくり、手ぶらでピクニックが楽しめるエリアも用意しています。道路上に設置された大きなテーブルにはよく見ると10cmごとにラインが引かれたデザインとなっており、これによって人との距離感を図ることができるという仕掛けには参加者も興味津々。人と人が集うまちづくりについて考えました。また、皇居のすぐそばに位置する「ホトリア広場」では、皇居の植生を反映させ、かつてお濠に生育していた水草を復元しているといった取り組みに、驚きの声もあがりました。
「丸の内仲通りに遊びに来たことはあるのですが、裏話を聞けたのが良かった。細かいところにこだわりを感じました」「まちづくりの奥深さを感じました」といったコメントが挙がりました。
講義とフィールドワークに、もりだくさんの一日。明日は、引き続き講義を聞き、グループワークにも取り組みます。