洗練されたシンプルなデザインと、丁寧に仕上げられた木の質感。思わず手に取りたくなる魅力がある木工のステーショナリーや雑貨、ラジオなどを揃えるインドネシアのブランド「magno」は、2006年の日本での販売を皮切りに、ヨーロッパ各国、北南米、アジア各国の店頭にも並ぶ世界的なデザイン・プロダクトへと成長しました。今回は、magnoの製品デザインから生産までを手がけるインドネシアのプロダクトデザイナー、シンギー・カルトノ氏をお招きしてセミナーを開催しました。
自然とプロダクトと人の関係を問い直し、magnoを通して故郷の村の雇用問題の解決や植林活動に取り組むなど、「プロダクトデザイナー」の肩書きからは想像出来ないほど幅広く活動するシンギーさんの講演内容をレポートします!
magnoの製品は、2つの木材によるシンプルなデザインが特徴です。これには、「シンプルなものこそ長く使われる」というシンギーさんの考えがあり、およそ8年前に制作された木のラジオは、今でも根強い人気を誇っています。
シンギーさんは、製品を通して「自然」と「プロダクト」と「人」の関係性を問い直したいと言います。
magnoの製品は、2つの木材によるシンプルなデザインが特徴です。これには、「シンプルなものこそ長く使われる」というシンギーさんの考えがあり、およそ8年前に制作された木のラジオは、今でも根強い人気を誇っています。
シンギーさんは、製品を通して「自然」と「プロダクト」と「人」の関係性を問い直したいと言います。
「これまで人は、自然を支配しようとし、プロダクトを『使う対象』としてしか見てこなかったと思います。たとえば人が住んでいる家と、人が住んでいない家があったとしましょう。人が住んでいる家では、人が家自体に働きかけ、人と物との交流が盛んに行われます。この時、プロダクトは人に使われる対象ではなく、人にとっての生活の一部になるのです。そして人も、自然の一部としてあるべきだと考えています」
「木は私たちに色々なことを教えてくれる」とシンギーさんは語ります。木が教えてくれる3つのことに、「生命」「バランス」「有限性」を挙げました。
「木は、容易く育ってはくれないこと、柔らかさや固さといった相反する特性を持ち合わせていること、時が来れば自然に還るということから、それぞれ『生命』『バランス』『有限性』について私たちに教示してくれます。木は決して完璧な存在ではなく、不完全であることがその良さであると思っています」
magnoの人気商品である木のラジオも、あえて「未完成」に留めています。
「私がデザインした木のラジオは、グラフィック要素がなく、塗装もなく、周波数のメモリもついていません。この完全でないところが、ユーザーがラジオを使うことを覚える余地を残すのです。これによって、ユーザーは使うことをマスターしなければならず、ユーザーとプロダクトの関係を深めていくのです」
シンギーさんがめざす製品のテクノロジーレベルは、100%ではありません。ユーザーが本当に必要としているテクノロジーレベルを見定めることがデザイナーの仕事であり、そのレベルに留める勇気を持つことが大事だとシンギーさんは熱を込めました。
木を用いたビジネスをするにあたって、シンギーさんはいかに環境破壊を防ぐかを考えたと言います。magnoのコンセプトである「Less Wood More Works」には、こんな思いが込められています。
「同じ1本の木でも、それを薪として使う場合と、それを元に木工の製品をつくる場合では、後者のほうが多くの雇用を生み出すことができますし、木の消費スピードを下げることができます。木を元に優れた製品をつくることが、私のビジネスです」
伐採する木は極力少なくして、多くの木を植えることをモットーとしているシンギーさんは、1年間で80本の木を伐採する分、10,000本の木を植える活動をしています。近隣の住民に苗木を配ったり、スタッフに対する木についての教育も欠かしません。
magnoのスタッフは、ほとんどが故郷の村の若者達。これは、シンギーさんが村に戻って起業する1つの目的に、村の雇用問題を解決することがあったからだと言います。
中央ジャワの村で高校までを過ごしたシンギーさんは、高校時代にバンドン工科大学の学生の話をきっかけにプロダクトデザインの道を歩みだします。大学時代に電動自転車をつくるも、ハイテクノロジーを支えるインフラがインドネシアにはまだ整っていないことに気づくと同時に、コミュニティの問題に関心を持ち始めたシンギーさん。直観を信じて故郷に戻り、2003年にmagnoを立ち上げます。
「村には多くの課題がありました。産業デザインを実践するインフラが整っておらず、優秀な人間は都市に出たまま戻って来ません。伝統的な村から近代的な村へと移り変わっていく中で、村では生産よりも消費活動の加速が進んでいます」
労働集約型で、初期投資も少なく、高度なテクノロジーを必要としないクラフト産業が、消費ばかりが先行する村の生産活動の在り方を変える有効な手段ではないかと考えたシンギーさん。とはいえ、限られた資源、環境下でビジネスをしていくことは、決して簡単なことではありませんでした。
「最初は借家のリビングルームから始めました。道具にお金をかけることもできず、結婚指輪を売って資金繰りをしなければならない程でした。商品を初めて市場に出すときにも苦労がありました。どれだけ新しくて哲学がある商品でも、ちゃんとメディアに伝えることができなければ、うまくいかないことを思い知ったのです」
その後、「Assist on」というオンラインショップに木のラジオを掲載したことで状況は好転します。木のラジオの評判は瞬く間にインターネット上で広まっていき、アメリカやドイツから販売代理店として木のラジオを販売したいという依頼が舞い込みました。
今ではデザイン性の高い商品を取り扱う各店舗で置かれるようになり、ブリット・インシュランス・デザイン賞(英国)やアジアン・デザイン賞(香港)、グッドデザイン賞(日本)ほか、magnoはいくつもの国際的なデザイン賞を受賞しました。
現在は、村に合った発展の形を目指して、あらゆるプロジェクトに注力しているシンギーさん。村の主要産業である農業とクラフトを掛け合わせたビジネスや、オーガニック農業プロジェクト、自転車を用いた環境を考えるツーリズムなど、シンギーさんがプロデュースする活動は多岐にわたります。
「デザイナーは素晴らしい知識を持っています。しかし、それは同時に危険なことでもあります。この素晴らしい知識をプロダクトデザインに使うのは10%に留め、残りの90%は自然環境を良くすることにつぎ込むべきだと私は思います」
故郷の村の課題解決に一心に取り組むシンギーさんの講演に、会場からは大きな拍手。プレゼンテーションの後は、参加者から次々に質問が飛び出し、その後の懇親会までシンギーさんへの質問攻めは続いていました。
写真:望月 小夜加
プロダクトデザイナー/ソーシャル・アントレプレナー。1986-1992 バンドン工科大学卒。プロダクトデザイン/アート&デザイン専攻。1992-1995 バンドンの手工業に特化した企業でプロダクトデザイナーとして働く。1995-2003 海外向けの手工業製品を扱う会社「Aruna Arutala」を創業。生産管理や木のおもちゃ、工芸品のデザインを主に担う。2003- 現在 現在の会社「Piranti Works」を創業。小さくて機能性の高い木製のクラフト製品を扱う。
3R(Reduce:減らす、Reuse:再活用、Recycle:リサイクル)と3rdプレイス(家と職場以外の場所)づくりを目指し、毎月ゲストをお招きしたセミナーを実施します。